5:ちびっこ狼王子があげた条件
私は、ベッドの上に座りキース王子を睨み上げた。
彼は動じず、にこにこしている。
「私はここに立ってる。これ以上は近づかないから、安心して」
「話が終わったら、帰るんでしょうね」
「うん、もちろんだよ。今回は、話しをしにきただけだからね。急なことで、アリスも納得できないことは分かる。だから、まず最初に、私の事情を説明しにきたんだ」
「花嫁を探しに来た理由?」
「そう。
私たち王族の男子は、卜部の神言に従い、花嫁探しに旅立つ習わしになっているんだ。
今回は、この国に獣姿で単身で乗り込み、最初に助けてくれた娘が花嫁と言われていた。彷徨い歩いているなかで、私はアリスに助けられた。最初に助けてくれたアリスは、間違いなく私の花嫁だ」
「確かに、助けはしたけど……」
「卜部の神言は絶対だ。倒れた私を抱き上げた時点で、アリスは僕の花嫁に確定だ。その上、ミルクにハムまでくれて、一緒にお風呂に入って、寄り添って寝てくれた。
もう、アリス以外に花嫁は考えられないよ」
ぽわんと頬を赤らめるキース王子。
『触った責任をとる』
そう言った背景はちゃんとあるのだと理解はできた。
しかし、ここで赤らめて思い出しているのは、触ったものの方よねえ。なんか、体目当てみたいで嫌なんだけど。
疑わし気な私にも、キース王子は動じず、柔らかくほほ笑む。
「昨日の夜、寝ながら子犬の私に色々愚痴っていた内容は覚えているよ、アリス。その話も踏まえて、私は君に提案したい。
一つ、卒業までは、この学園に通い、卒業まで学んでくれてかまわない。
二つ、私の国で、君は働きたければ、自由に働いて構わない。
三つ、これから半年、僕もこの学園に留学生として通わせてもらう。その間に、私のことが嫌いで、結婚したくなければ、断ってくれてもかまわない。断ったことを理由に、君に不利益は被らないようにする。もちろん、就職に不利が無いように、王や侯爵に進言しておく」
「まるで、私ばかり良い条件じゃない!」
好条件に悲鳴をあげる私にも、キース王子は笑みを崩さず、話し続ける。
「まだ条件はあるんだ。
四つ、侯爵家の養女となり嫁ぐための手続きは進めてもらう。万が一、私と縁がなくても、君は侯爵家の養女のままとする。これで、実家の子爵家との縁は完全に切れるだろう。
五つ、支度金の一部で、寮費を賄わせてもらう。だから、アリスは今後働かなくていい。空いた放課後は花嫁として必要な教養を身につけてもらう。その為の、講師はこちらで選定させてもらう。これは、私との縁が切れて、侯爵の養女になった際にも必要な能力だから、身につけて損はないよ。
六つ、残った支度金を君と子爵家で折半し、これをもって実家との手切れ金とする。
七つ、子爵家との縁が完全に切れてから、私がお婆様のお墓参りに連れて行ってあげる。
そして、最後。
八つ、君の母親の形見を探したい。これは私からアリスへの誠意だ。そのために、申し訳ないけど、母親と君との繋がりを示す物を一つ借りたい。
なにか、母親と君の思い出の品はないだろうか」
「待ってよ、条件が良すぎるわ。
なにもかも、私にとって良いような条件ばかりならんでいるじゃない」
「私がアリスに示せる誠意だもの。
それぐらい、私の花嫁は大切な存在なんだ。私の国にとってもね」
「なんで、たかが、花嫁じゃない。国の要人のご令嬢から選ぶ方が、国同士の繋がりもできてメリットもあるはずでしょう」
こんな都合が良い話なんてあるわけない。猜疑心にかられ、私は早口でまくし立てていた。
キース王子は変わらず穏やか。私を包み込むように笑む。
一歩も近づくことがないのに、恐れを感じた。
「それぐらい、他国から引き入れる王子の花嫁は大切な存在なんだ。獣人の私たちと生粋の人間は異種族だ。
その間に子どもが産まれる可能性は、同種間より低い。よほど良い相手ではないと子宝に恵まれない。
卜部の神言は絶対だ。
君以外に私の子を産める異国の女性は、またいつあらわれるか分からないんだよ。
私は、私の誠意をかけて、アリスを国に連れて帰りたい。これから半年、全力で口説きにいくよ。
だから、まず、誠意を示すため、アリスとお母様を繋ぐなにかを僕に貸して」
王族が放つ後光に畏怖を感じ、私はふらりとベッドから出て、机に向かった。引き出しから、一枚のハンカチを取り出す。
それをキース王子に差し出した。
「これ、母の刺繍してくれて私に残してくれたものなの。これでいいの?」
「うん、ありがとう。これを手掛かりに、君の形見の宝石を探して、買い戻してくるよ」
「それも支度金?」
「まさか。私のポケットマネーでだよ」
ハンカチを手にしたキース王子は光りだす。魔法使いが彼を移動させる予兆だ。光に包まれながら、彼は私の手を握り、もたげ上げたと思うと、その甲にキスをした。
光に飲まれ私は目を瞑る。
再び目を開くと、目の前には誰もいない。
「いったい、なんなの……」
目まぐるしい一日に、私は力なく座り込んだ。
翌日、キース王子は留学生として、最終学年のクラスに編入してきた。私が婚約者候補だと、すぐに学園中に知れ渡り閉口する。
放課後のお勉強も始まり、働く時間がまるっと淑女教育に当てられ、働くより一層大変になった。
新たな勉強にも、婚約者候補に見られることにも慣れてきたある日の放課後。講師を待っている教室に、キース王子がふらりとやってきた。
勉強の邪魔をしない彼にしては珍しい。
私が座る席の前に座り、背もたれを抱いて、彼は笑って言った。
「宝石をすべて回収できたんだ」
「宝石って、まさか……」
私が売った母の形見?
キース王子がポケットからハンカチを取り出した。
私が彼に貸したものだ。
きれいに畳まれているそれを、そっと私の前に差し出した。
私は恐る恐る、ハンカチの端をつまみ、開いていく。
鼓動がどんどん早くなる。
本当にそこに、形見があるの。
開き切った時、そこに現れたのは、三つの宝石。
ルビーのネックレス。
サファイアの耳飾り。
ダイヤモンドの指輪。
全部、母の形見だ。
「嘘だ……」
もう、二度と見ることはないと思っていたのに。
私の目に涙が溢れた。
「どうやって……」
「魔法使いと卜部に協力してもらったんだ。彼らも大切な花嫁のためなら、力を惜しまないさ」
ハンカチごと宝石を包み、私は胸に抱いた。
両目から涙が溢れる。ぼろぼろと涙をこぼしながら、声を殺して泣くしかなかった。
「ごめんね、放課後の講習前に。早く渡したかったとはいえ、ちょっと、これじゃあ」
慌てるようなキース王子の声が届く。
私は、頭を左右に大きく振った。
いいの、いいの。
これで十分、十分だわ。
「今度は、お婆様のお墓詣りにも連れて行ってくれるんでしょう」
「うん、もちろんだよ」
私は、涙が止まらないまま顔をあげて、彼に笑んだ。
「一緒に行こう。
そして、お婆様に結婚のご報告をしなくちゃ」
明日から、本編(キース編)始まります。
本当は番外編で2話ぐらいで終わらそうとおもったんですけど、なぜか10話になり、第二の本編になってしまいました。
子犬じゃなければ許されないおばかなわんこです。
引き続き、読んでもらえたら嬉しいです。