表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

5:ちびっこ狼王子があげた条件

 私は、ベッドの上に座りキース王子を睨み上げた。

 彼は動じず、にこにこしている。


「私はここに立ってる。これ以上は近づかないから、安心して」

「話が終わったら、帰るんでしょうね」

「うん、もちろんだよ。今回は、話しをしにきただけだからね。急なことで、アリスも納得できないことは分かる。だから、まず最初に、私の事情を説明しにきたんだ」


「花嫁を探しに来た理由?」

「そう。

 私たち王族の男子は、卜部うらべ神言かむごとに従い、花嫁探しに旅立つ習わしになっているんだ。

 今回は、この国に獣姿で単身で乗り込み、最初に助けてくれた娘が花嫁と言われていた。彷徨い歩いているなかで、私はアリスに助けられた。最初に助けてくれたアリスは、間違いなく私の花嫁だ」

「確かに、助けはしたけど……」

卜部うらべ神言かむごとは絶対だ。倒れた私を抱き上げた時点で、アリスは僕の花嫁に確定だ。その上、ミルクにハムまでくれて、一緒にお風呂に入って、寄り添って寝てくれた。

 もう、アリス以外に花嫁は考えられないよ」


 ぽわんと頬を赤らめるキース王子。


『触った責任をとる』

 そう言った背景はちゃんとあるのだと理解はできた。

  

 しかし、ここで赤らめて思い出しているのは、触った()()の方よねえ。なんか、体目当てみたいで嫌なんだけど。

 疑わし気な私にも、キース王子は動じず、柔らかくほほ笑む。


「昨日の夜、寝ながら子犬の私に色々愚痴っていた内容は覚えているよ、アリス。その話も踏まえて、私は君に提案したい。


 一つ、卒業までは、この学園に通い、卒業まで学んでくれてかまわない。

 二つ、私の国で、君は働きたければ、自由に働いて構わない。

 三つ、これから半年、僕もこの学園に留学生として通わせてもらう。その間に、私のことが嫌いで、結婚したくなければ、断ってくれてもかまわない。断ったことを理由に、君に不利益は被らないようにする。もちろん、就職に不利が無いように、王や侯爵に進言しておく」

「まるで、私ばかり良い条件じゃない!」


 好条件に悲鳴をあげる私にも、キース王子は笑みを崩さず、話し続ける。


「まだ条件はあるんだ。


 四つ、侯爵家の養女となり嫁ぐための手続きは進めてもらう。万が一、私と縁がなくても、君は侯爵家の養女のままとする。これで、実家の子爵家との縁は完全に切れるだろう。

 五つ、支度金の一部で、寮費を賄わせてもらう。だから、アリスは今後働かなくていい。空いた放課後は花嫁として必要な教養を身につけてもらう。その為の、講師はこちらで選定させてもらう。これは、私との縁が切れて、侯爵の養女になった際にも必要な能力だから、身につけて損はないよ。

 六つ、残った支度金を君と子爵家で折半し、これをもって実家との手切れ金とする。

 七つ、子爵家との縁が完全に切れてから、私がお婆様のお墓参りに連れて行ってあげる。


 そして、最後。


 八つ、君の母親の形見を探したい。これは私からアリスへの誠意だ。そのために、申し訳ないけど、母親と君との繋がりを示す物を一つ借りたい。

 なにか、母親と君の思い出の品はないだろうか」


「待ってよ、条件が良すぎるわ。

 なにもかも、私にとって良いような条件ばかりならんでいるじゃない」

「私がアリスに示せる誠意だもの。

 それぐらい、私の花嫁は大切な存在なんだ。私の国にとってもね」

「なんで、たかが、花嫁じゃない。国の要人のご令嬢から選ぶ方が、国同士の繋がりもできてメリットもあるはずでしょう」


 こんな都合が良い話なんてあるわけない。猜疑心にかられ、私は早口でまくし立てていた。

 キース王子は変わらず穏やか。私を包み込むように笑む。

 一歩も近づくことがないのに、恐れを感じた。


「それぐらい、他国から引き入れる王子の花嫁は大切な存在なんだ。獣人の私たちと生粋の人間は異種族だ。

 その間に子どもが産まれる可能性は、同種間より低い。よほど良い相手ではないと子宝に恵まれない。

 卜部の神言は絶対だ。

 君以外に私の子を産める異国の女性は、またいつあらわれるか分からないんだよ。

 私は、私の誠意をかけて、アリスを国に連れて帰りたい。これから半年、全力で口説きにいくよ。

 だから、まず、誠意を示すため、アリスとお母様を繋ぐなにかを僕に貸して」


 王族が放つ後光に畏怖を感じ、私はふらりとベッドから出て、机に向かった。引き出しから、一枚のハンカチを取り出す。

 それをキース王子に差し出した。


「これ、母の刺繍してくれて私に残してくれたものなの。これでいいの?」

「うん、ありがとう。これを手掛かりに、君の形見の宝石を探して、買い戻してくるよ」

「それも支度金?」

「まさか。私のポケットマネーでだよ」


 ハンカチを手にしたキース王子は光りだす。魔法使いが彼を移動させる予兆だ。光に包まれながら、彼は私の手を握り、もたげ上げたと思うと、その甲にキスをした。

 

 光に飲まれ私は目を瞑る。

 再び目を開くと、目の前には誰もいない。


「いったい、なんなの……」


 目まぐるしい一日に、私は力なく座り込んだ。



 

 翌日、キース王子は留学生として、最終学年のクラスに編入してきた。私が婚約者候補だと、すぐに学園中に知れ渡り閉口する。


 放課後のお勉強も始まり、働く時間がまるっと淑女教育に当てられ、働くより一層大変になった。


 新たな勉強にも、婚約者候補に見られることにも慣れてきたある日の放課後。講師を待っている教室に、キース王子がふらりとやってきた。

 勉強の邪魔をしない彼にしては珍しい。

 

 私が座る席の前に座り、背もたれを抱いて、彼は笑って言った。


「宝石をすべて回収できたんだ」

「宝石って、まさか……」


 私が売った母の形見?


 キース王子がポケットからハンカチを取り出した。

 私が彼に貸したものだ。

 きれいに畳まれているそれを、そっと私の前に差し出した。


 私は恐る恐る、ハンカチの端をつまみ、開いていく。


 鼓動がどんどん早くなる。


 本当にそこに、形見があるの。


 開き切った時、そこに現れたのは、三つの宝石。

 ルビーのネックレス。

 サファイアの耳飾り。

 ダイヤモンドの指輪。


 全部、母の形見だ。


「嘘だ……」


 もう、二度と見ることはないと思っていたのに。


 私の目に涙が溢れた。


「どうやって……」

「魔法使いと卜部に協力してもらったんだ。彼らも大切な花嫁のためなら、力を惜しまないさ」

 

 ハンカチごと宝石を包み、私は胸に抱いた。

 両目から涙が溢れる。ぼろぼろと涙をこぼしながら、声を殺して泣くしかなかった。

 

「ごめんね、放課後の講習前に。早く渡したかったとはいえ、ちょっと、これじゃあ」


 慌てるようなキース王子の声が届く。

 私は、頭を左右に大きく振った。


 いいの、いいの。

 これで十分、十分だわ。


「今度は、お婆様のお墓詣りにも連れて行ってくれるんでしょう」

「うん、もちろんだよ」


 私は、涙が止まらないまま顔をあげて、彼に笑んだ。


「一緒に行こう。

 そして、お婆様に結婚のご報告をしなくちゃ」



明日から、本編(キース編)始まります。


本当は番外編で2話ぐらいで終わらそうとおもったんですけど、なぜか10話になり、第二の本編になってしまいました。

子犬じゃなければ許されないおばかなわんこです。


引き続き、読んでもらえたら嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ