おばかなわんこ⑩ ~誠意を尽くすわんこ~
魔法により城へ戻ってきた私は、受け取ったハンカチを魔法使いに渡した。
「これで、見つけられるのか」
「魔法使いに二言はございません。殿下」
「資金はいくらかかったも構わない。早急に取り掛かってくれ」
魔法使いはにやりと笑う。
「殿下、必要な資金は決まっております。その額分の金貨を用意していただければ十分です」
「その額とは……」
「アリス様が学園へ通い続けるために必要な半年分の学費になります」
「アリスはその額で売ったというぞ。買い戻すなら、その三倍は必要になるのではなか」
小首をかしげる私に、魔法使いは頭を左右に振った。
「私と卜部が協力すると申し上げたのです。ということは、アリス様の形見はすでに私の手の中にあるということです」
そこまで言われて、私もやっと合点がいく。
「時空を越えるか……」
はっと、私は息を吐く。
私の花嫁探しで、そこまでやるかと驚いた。
魔法使いは、不敵に笑む。
「卜部は鍵穴、魔法使いは鍵。
殿下のご結婚は、我が国の血脈を繋ぐための大事な試金石です」
「まあなあ。同族同士で結婚を繰り返せば、血が濃くなる分、厄も負うことになる。力は受け継いでも、途絶えては意味がない。
異国から花嫁を迎えることは、そんな我が国の秘儀を繋いでいく大切な習わしだものな」
「さようでございます」
「つまり、アリスは、初めから宝石を魔法使いに売っていた、そう言うことになるのだな」
「仰せの通りです。殿下」
「果報は寝て待て、か……。たのむぞ、魔法使い。
それまで私はアリスとの学園生活を楽しむこととするよ」
私が学園へ通うための編入手続きはすぐに行われ、翌日から、留学生として通うことを許された。
アリスがいる最終学年に編入する。
同時に、アリスが私の婚約者であると知らしめられ、彼女の気づかないところで、護衛が立つようになった。
本来は私のための護衛だが、アリスも守るように依頼したのだ。
婚約者に内定したアリスを貶めるような者がでないとも限らいない。何事も万全を期しておきたいだけである。
平和な学園では私の心配はただの杞憂で終わった。特におかしな動きをする者はいなかったのだ。
「あの子が、婚約者に内定した子なんだあ」
などと、物見遊山はたまにおり、そんな声が聞こえてくる分には、気分が良いのでほっておいた。
どうだ。私の嫁、可愛いだろう。世界一だろう。
などと言いたかったけど、そんなことを言ったら、アリスに嫌われそうだからやめた。
魔法使いからも、最初は友達という距離感を大切にするよう言われている。
学園で分からないことがあれば、例え分かっていたとしても、知らないふりをして、アリスに聞くようにしていた。
異国からきた王子に対して、アリスは無下にせず、親切に応じてくる。感謝を伝えれば、嫌な顔はしない。好感触にほくほくする。
やっぱり、私の嫁最高。
本当は抱き着きたいけど、我慢する。そこだけが、少ししんどい。
そうやって少しづつ近づき、それなりに話せる同学年という距離までたどりついた。
私、なかなか頑張った。
本当は、後ろからでも抱き着いて頬ずりしたい……。
だが、気づく。
もしかしたら、子犬のまま、会えば、抱き着かせてもらえるのではないかと。
夜に、魔法使いの瞬間移動で、嫁の部屋に送り込んでもらえれば、あの双子月と添い寝できるのではと……。
いかんせん、魔法使いがいないと始まらない。
アリスの宝石を持って来てくれた後のお楽しみにしておこう。
放課後のアリスは忙しい。隣国へ嫁ぐための勉強がびっしりと組まれている。
アリスにとって、必要なことだと分かっていても、すぐそばにいるのに、会う時間が削られてしまうのは、やっぱり寂しい。
魔法使い、早く戻ってこないだろうか……。
それから数週間ほどたったある日、お目付け役の魔法使いが帰ってきた。
もちろん、彼の手には、アリスから借りたハンカチと彼女の大切な宝石があった。
受け取った翌日。
アリスが講師を待っている放課後の教室に、私はふらりと訪ねた。
私が来たことでアリスが驚いたようだ。
いつもは、邪魔しないように気を使っているが、用事が用事だ。
アリスも珍しそうな顔をした。
彼女の席の前にある椅子にまたがり、その背もたれを抱いて、私は笑む。
「宝石をすべて回収できたんだ」
「宝石って、まさか……」
アリスの目が見開かれる様を眺めながら、私はポケットからハンカチを取り出した。
アリスに借りたハンカチだ。中には彼女の大切な宝石が包まれている。
私はそっと彼女の前に差し出した。
アリスは恐る恐る、ハンカチの端をつまみ、開いていく。
彼女の手は少し震えているように見えた。緊張し、ドキドキしているのかもしれない。
畳まれたハンカチを開き切った時、そこに三つの宝石が現れた。
ルビーのネックレス。
サファイアの耳飾り。
ダイヤモンドの指輪。
全部、アリスが手放した彼女の母の形見だ。
「嘘だ……」
私が見守る目の前で、アリスの目に涙が溢れた。
「どうやって……」
「魔法使いと卜部に協力してもらったんだ。彼らも大切な花嫁のためなら、力を惜しまないさ」
ハンカチごと宝石を包み、アリスが胸に抱く。
両目から涙が溢れる。ぼろぼろと涙をこぼしながら、声を殺して泣き始めた。
これから講義だというのに、こんなに泣かれるとは思っていなかった。喜んでくれるとは確信していたけど、これは誤算だ。
「ごめんね、放課後の講習前に。早く渡したかったとはいえ、ちょっと、これじゃあ」
慌てる私に、アリスは頭を左右に大きく振った。
「今度は、お婆様のお墓詣りにも連れて行ってくれるんでしょう」
「うん、もちろんだよ」
震える彼女の声に、強く同意した。
するとアリスが、涙が止まらないまま顔をあげて、微笑んだ。
「一緒に行こう。
そして、お婆様に結婚のご報告をしなくちゃ」
アリスの言葉に私もじわっと胸が熱くなった。
アリスが喜んでくれた。
泣いているけど、幸せそうに笑ってくれた。
飛び上がるほど、嬉しかった。
その夜、私は久しぶりに子犬の姿になり、魔法使いの瞬間移動でアリスの部屋に飛ばしてもらった。
部屋が光りだし、私が現れても、もうなれたのか、彼女は驚かなかった。
「……、キース王子よねえ……」
アリスに呼ばれて嬉しくなって、尻尾を左右にぱたぱた降ってしまう。
抱っこして、抱っこして!
舌を出して、はっはっとねだる。
アリスが私の前に、寝衣姿でしゃがみ込んだ。
「その姿は、狡いと思うわ」
アリスは、ちょっと口をすぼめて、片眉をゆがめた。
なんでだろう。
あんなに、子犬の時は優しくしてくれたのに……。
最近は人間の姿でも、普通に話してくれるようになったのに……。
宝石を渡したら、一緒にお婆様のお墓に結婚の報告に行こうと約束したのに……。
悲しくなった私の耳が垂れ、尻尾の動きが鈍くなる。
アリスは、口元を歪めて、片目を開き、もう片方の目を歪ませる。
私のこと嫌いなの……。
せっかく仲良くなれたと思ったのに、悲しくなる
「きゅーん」
泣くと、アリスが大仰にため息を吐いた。
「それ……、反則だから」
そう言うと、アリスの腕が伸びて来て、私を抱き上げてくれた。
嬉しい、嬉しい。
両耳がピンと立ち、尻尾を思いっきり降った。
はっはっと舌を出して、喜んでしまう。
「子犬姿は、可愛いすぎよ」
そう言って私をぎゅっと抱きしめる。
ああ、念願の双子月。
その谷間に私はすっぽりと包まれる。
まさに私の定位置。
嫁よ。
国へ行ったら、双子月を崇める社を建ててやるからな。
このために、私は頑張ったのだ。
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