おばかなわんこ⑦ ~拒否されるわんこ~
私たちは、魔法使いによって、城に飛ばされた。
警備の騎士達に囲まれたものの、私が隣国の第二王子だと理解した瞬間に、警戒は解かれた。
王への謁見を求めると、口々に祝いの言葉を口にしていた騎士達がそれぞれ役割を分担しあい、動き出した。
残された私たちは、二人の騎士に別部屋へと案内される。応接セットが中央に置かれた、調度品と絵画に囲まれた談話室だった。
アリスを応接セットのソファに座らせる。
人が入れ替わり立ち替わりやってきた。主要な人々が揃うまで一時間はかかるという。朝はまだ食べていないことを伝えると、待ち時間のために、朝食も整えられた。
アリスは、朝食を目にして、はっとなにかに気づいたような顔をした。
私はそんなアリスの隣に寄り添うように座る。
笑いかけると、驚くような目を向けられた。
昨日、あれほど仲良くしたというのに何を驚くのか?
「良かったね、軽食を用意してもらえて。僕も、人間らしい食事は久しぶりだ。
空腹というスパイスがきいた昨日のハムにはかなわないけどね」
感謝の気持ちを告げたのに、アリスは顔は蒼白になる。唇が震えだして、私の方が驚いた。
「……ごめんなさい。昨日は、その……、知らなかったとはいえ、私、あなたに残飯をあげてしまって」
「気にしないで、助けてくれたのは変わらないもの」
「あれは残飯よ。食べ残しよ。普通なら……、許されないわよね」
「んっ~。非常時だからね、問題にする方が可笑しくない? そもそも、私の行動は国の卜部が示した行為だもの。そうすることで、アリスと出会える運命は予言されていたんだから、どこにも問題はないんだよ。
本当に、あのハムは美味しかった。私の一生涯の好物になる。なにせ、アリスが最初に私にプレゼントしてくれた品だものね」
思い出しても、あのハムは美味しかった。
あれ以上の食事はしばらくは食べれないかもしれない。空腹は最高のスパイスだ。
城にいきなり飛ばされたアリスは、怖がっているのか小さくなって、どうしていいか分からない様子。
いきなりの展開に驚くのも無理はない。
私は少しでも彼女が落ち着けばいいなと思い、イチゴを手にし、彼女の口にきゅっと押し当てた。
「まずは食べてからだよ。もうすぐ王や国の要人との会談も始まるからね」
お腹がいっぱいになったら少しは落ち着くと思ったのに、なぜか彼女の目は、怯えて泣きそうになる。
なぜだ。
食事をすすめても、アリスはあまり食べない。
女の子とはこんなにも少食なのだろうか?
一時間後、食事が片づけられた。
文官が迎えに来て、移動する。通されたのは、会議室だった。
すでに要人も集まっている。
私たちが入室すると、彼らは立ち上がり、拍手と祝いの言葉を投げてくれた。
ありがとうという意味を含めて、手をあげた。
会議室の円卓に、私たちは座る。
すると、座っていた一人が立ち上がった。
彼は書類を手にし、軽い挨拶の後、全員に嫁について話した。
そこで、私もやっと彼女の経歴を少し理解できた。子爵家の娘であり、彼女の父親が存命というのは驚かされた。その父親には再婚相手がおり、異母兄弟もいるという。さらっと流すような紹介だったが、彼女に祖母しか家族がいなかった背景がより理解できた。
視線を感じ、横を向く。
困惑したアリスの視線をかち合って、私は、安心してという意味を込めて、ほほ笑んだ。
ここまで調べ上げられているということは、すべての手配も済んでいるということだ。
一時間という短い時間では上出来な動きだろう。
「心配しないで、今日、君が学園を休むことももう伝達済みだから」
アリスがどんな娘なのか、認識を共有し、最終確認が始まる。
色々、準備が必要とはいえ、まどろっこしい。
私個人の気持ちとしては、今すぐにでも、アリスを国に連れて帰りたいというのに。
ひとしきり、確認を終えたところで、突如アリスが手をあげた。
「はい! 言いたいことがあります」
一声を放ったアリスに、円卓を囲む人々の視線が向く。一瞬、彼女はひるんだものの、強い決意を称える顔をした。
口元を引き結び、言い放つ。
「私は、まだこの話に了承しておりません」
場がしんと静まり返る。
了承していない、という言葉が私の体のなかを駆け巡った。
どういうことだ?
日付は明かしていなくても、一月前から私が嫁探しをすることは周知されていたはずだが。
円卓を囲む人々も、国中に周知していると思い込んでいるためか、アリスに若干冷たい目を向けてくる。
これはいけない。
彼女が悪者になってしまう。
周知したと要人たちが思っていても、何事にも穴はあるものだ。これで、彼女が無理やり嫁いでくることになっても、私は嬉しくはない。
そんな周囲の視線を受けてか、アリスが両手でばんと机を叩き、立ち上がった。
「私は、キース王子と結婚するなんて了承してませんから」
場がいっそう静まり返る。
さすが私の嫁。
言いたいことを言う姿は圧巻。
惚れ直してしまうよ。
さりとて、アリスが責められる姿を見る気はない。
勝気なアリスも私にとっては可愛いのだ。
私は静寂を断つように、笑い出した。
場の空気が一転すると、私はアリスに睨まれてしまった。
「なんで笑うんですか」
「アリス。僕が渡来する予定は一月前から広く知らしめられていたはずなんだ。その時に、目的は花嫁探しであり、花嫁として選ばれた者は、必ず嫁ぐことというお触れが出されていたんだけど、知らない?」
「知らないわ!
だって、その頃は、学園に残って、寮から追い出されないための交渉に明け暮れていたんですもの」
「ああ、なるほど。
だから、花嫁に選ばれた者に拒否権なし、という勅令を知らなかったんだね」
アリスが、無言で仰天する。
本当に知らなかったのだなと私は、心の中で苦笑した。
立ち上がった私はアリスを見つめた。
誠心誠意、彼女に向き合っていくのは私だ。
ここで、勅令が出ていたんだからと無理やり連れて行く気はないさ。
笑む私に向け、ひるむまいとする彼女の勝気な眼光が光る。
私はそんな彼女を包み込むように笑みつつも、見下ろしていると、どうしても、彼女のたわわな双子月に視線を奪われてしまった。
そして、思わず、言ってしまう。
「(肉球で)触った責任はちゃんととるから」




