カヴェが死刑囚になったわけ
鎖が切れればカヴェの本領発揮だった。
身長が百八十以上ある大柄な彼は、中世風のこの世界においても大柄らしく、この囚人護送馬車を警護する兵士を含めて六人など物の数では無かったようだ。
まず彼は私から布を剥ぎ取り後ろから抱き締めると、私に悲鳴をあげさせた。
すると馬車は止まり、仕切り板が外されて剣を装備した男達が顔を出した。
私はカヴェによって後ろ手に掴まれて、カヴェに跨がされているというスタイルでその男達に見られる事となった。
「何だ、その女はどうした?」
「俺への餞別だ。最初から乗っていたよ。気が付かなかったか?そうだな。お前たちは馬車を走らせる以外は知らないものなあ。」
「ひ、ひひ。いい女だな。」
「水が欲しい。交換でどうだ?」
男達は顔を見合わせたあと、開いた仕切りの向こうへと帰って行った。
だがすぐに後ろの方、御者席と反対側が檻の開閉扉があったらしく、彼らはそこに取りついたのだ。
私は演技でもなく脅えながらカヴェの体の後ろへと隠れた。
だって、捕まったら、失敗したら、私はやられて殺されるの決定なのよ!
しかし、その後は、前述の通りカヴェの本領発揮だったとだけ言っておこう。
映画みたいだったけど、剣による活劇はスプラッタムービーでしかないのだ。
「うぷ。」
「どうした。大丈夫か?」
「バラバラ死体を思い出しただけ。」
「ハハハ。死体の服は死んでも嫌って騒いだものな。人里に付いたらマネリの服を調達するが、寒くはないか?」
私はどうしても死体の服を着る気にはなれなかった。
でも、死体の服を着た男によって死体から剥ぎ取ったマントでくるんで貰っている状況では、着ておけばよかったと後悔しきりである。
だけど私は負けず嫌いだ。
「大丈夫。寒くは無いわ。」
「そうか。だがもっと俺に貼り付け。マネリが風邪をひいたら大変だ。」
カヴェは私を自分の胸にさらに引き寄せた。
私は硬い胸板に押し付けられて、温かさとカヴェの匂いを感じた。
臭いと思うべきなのだろうが、何故かその匂いにほっとしている自分がいる。
「ああ。自由だ。自由になれるとは思わなかった。これもマネリのお陰だな。」
「私は何もしていない。ぜんぶあなたがやり切ったんじゃない。」
カヴェは嬉しそうに笑い声を立てた。
そして、ええ!私の肩に顔をすりつけて来たのだ。
「いやだ。犬みたい。」
「確かに犬みたいだな。だが、マネリの匂いはいい匂いだ。」
「ありがとう。って、もっと擦り付けてくるなんて!」
「ハハハ。自由な香りは最高だ。マネリの匂いは甘くない。すっきりした匂いだ。ああ、俺を閉じ込める理由となったオメガの匂いとは全く違う!」
最後の言葉は本気で吐き捨てる感じだった。
私はびくっとしながらカヴェを見返した。
彼は私から顔をあげると、聞きたい?なんて尋ねてきた。
私は彼に深入りするべきではないと思い、いいえ、と答えた。
聞いてあげるべきだっただろうか。
いえいえ、この男に情を見せたら大変だ。
だって、六人の兵士を血祭りにあげて安全地帯と言える場所にまで馬を走らせた後、カヴェは、私とやりたい、と言い出したのよ。
いそいそと野営の準備だってしようしたのだ。
そこで私は自分が婚約者に捨てられたばかりだと告白し、今の私は結婚してくれない男とは絶対にやりたくないと伝えた。
すると彼は私の頭や頬を慰めるように撫でたあと、私の耳に唇を寄せた。
「君がやりたくなったら教えてくれ。」
やりたくなくなったわけではなく、私のゴーサインを待つつもりのようだ。
それでも私を思いやってくれているはずだと思うと、その時の私がカヴェに好感が湧いたの仕方がない出来事だろう。
やりたいだけの男、という注意書きは忘れていないけれど。
そうして再び馬に乗っての今であるが、私はカヴェと体が密着している時間が長くなればなるほど、彼への警戒心が薄れていっている。
温かい腕に抱かれて安心しきっている自分がいるのだ。
危険、危険だ。
「マネリは俺の事など興味ないんだね。」
興味を持ったら別れる時に辛いだろうが。
私はそっと彼から体を離した。
しかし、カヴェはそんな私を思いっきり自分の胸に押し付けた。
「カヴェ。」
「俺は可哀想なんだよ。聞いて慰めて。」
「カヴェったら。子供みたいな喋り方をして。」
「子供だったら良かったよ。アルファでもオメガに影響されない。」
「影響されるとどうなるの?勝手に引き合うとか、フェロモンに抗えないとか、あなたは言っていたけど。」
「オメガが発情すると変な臭いを発するんだ。それを嗅ぐとベータは平気でもアルファは否応なく発情して、好きでもないオメガを襲いそうになる。宰相の愛人がオメガでね、気が付いたら襲い掛かっていた。」
「ええと、もしかしてそれで。」
「そのとおり。全ての栄光も名誉もはく奪され、俺は死刑囚となった。唯一の戦勝は、俺はあのオメガにぶっこまないでいられる理性は保っていた事だね。ハハハそのせいで強姦されたとあの愛人が宰相に泣きつくとは思わなかったが。」
「つまり、していない罪で告発されたと?」
「俺は人間だ。したくも無い相手としたくはない。」
「そう。私とはしたいと思ってくれてありがとう。で、私をやり捨てたらあなたはこの先どうするつもり?」
「修道院に行って修道僧になる。俺は腕は立つ。僧兵として食わしてはくれるだろう。それに、修道院にはオメガもいる。適当に話の合う奴と番契約をすれば、俺は二度とオメガのフェロモンに惑わされないし、そいつも発情しなくなる。」
そうかあ、そうきたか。
私との行為の後は修道僧になるつもりなのか。
真面目過ぎか。
「どうした?やりたくなったか?構わないぞ。それに俺は一度でお終いでなくてもぜんぜん構わないからな。」
「台無しね。ほんっと台無し。」
カヴェは楽しそうな笑い声を立て、馬の足を少しだけ早めた。
驚いた私が彼にしがみ付くようにだろう。
ほんっと、むかつく。