出会いと状況
何が起きたかわからないが、私は男の上に落ちてた。
される?なんかされる!
私は男から急いで飛びのこうとしたが、私の腕を掴む男の腕の力は強く、彼は私を離そうとはするつもりなど無いようだ。
「俺が召喚者だ。さあ、妖精よ、俺を解放してくれ。」
召喚者?妖精?
いやだ!
思考回路がイっちゃっている奴に捕まっちゃった!
パニックなんてものじゃない。
やられて殺されるって結果が確実なのだ。
だから私は本能に頼ることにした。
絶対的な恐怖の中で生き抜こうと考えたら、どんな生き物だって生き抜くための方法を脳みそが頑張ってひねり出してくれるはずじゃない?
そんな期待を自分の生存本能に賭けたのだ。
だが、私の脳みそは、怒らせないで言う通りにするのよ、なんて役に立たない誰でも思い付く事を私に囁いただけだった。
「さあ、いうことを聞いてくれ。」
「わかったわよ。何がして欲しいの?舐める?中出し?」
男は私が従順になったから安心したのだろか。
私を自分の体の上から降ろして、私から両手を外した。
それからもぞもぞと動いた後、自分の顔を仰向けて私に自分の首を見せつけて来たのである。
「鎖を外してくれ。」
男の首には金属の輪が嵌っており、その輪には太めの鎖がじゃらっとついていて、鎖は男の背中側にあった金属の柵に繋がれていた。
金属の柵?
私は改めて自分がいるところを見回した。
檻だ。
そして、檻の周りには帆布だろう幌?が張られている。
揺れているのはここが馬車の荷台だからということか?
「俺は罪人として護送されている。目的地に付けば見世物として性器を切られた上で処刑だろう。どうせ死ぬならば誇りを持って死にたい。」
「舌を噛めば?」
男は思いっきりむっとした顔をしたが、酷い言葉を放った私に暴力を振るう事は無かった。
よし、この人は、そういう人ではない。
ついでに言うと、見惚れるぐらいに美男子だ。
ザンバラに短く刈った髪だがそのせいで秀でた額やしっかりした顎のある輪郭をさらに際立たせている。
鼻筋をなぞってみたいぐらいに形の良い鼻梁に、深い目元は影があるが理知的な青い瞳が輝く。
薄汚れて殆ど裸の男であるが、いや、そのために無駄な贅肉も無い上に締まっている綺麗な肉体で彼を一層見事な男に見せているのだ。
私は知らず知らずのうちに唾を飲み込んでいて、その音が聞こえたのか男は口元をほんの少しだけ微笑ませた。
なんて素敵な唇と口元だろう。
って、私は何を考えているのよ!
「ごめんなさい。酷い事を言ったわね。でも、こんな太い鎖を私が外せるなんてその、出来ないわ。ごめんなさい。」
「お前は妖精では無いのか?」
「妖精じゃ無いわ。普通の人間です。」
「嘘をつけ。小さな胸、細い腰、そして私達とは違う琥珀色の肌にほんの少し小さくて尖った目元、どれも妖精であることを示しているじゃないか!」
「うるさい!腰が細い以外の人のコンプレックス全部言い放つな!」
「腰が細いのはいいのか?」
「そこは自慢よ。頑張ったもの!マーメイドドレスを着るために私は半年腹筋とダイエットに頑張ったのよ!」
「そうか。じゃあ、胸も自慢にするがいい。形がいい綺麗な胸だ。それから目もだな。尖ったような目の形は可愛いものだと思う。」
「ありがとう。」
「乳首がピンクじゃないのは初めて見たが。って。」
彼は暴力的では無い人かもしれないが、私はこういう人だ。
私の拳は男の腹にぶつかっていた。
男の腹の筋肉は鋼鉄のようだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫です。で、どうしてこんな目に遭っているの?それを知らなきゃ助けられないわよ?」
「それを知らなくても俺を助けなければ大変なことになるぞ。檻から逃げられなければ明日の夜には処刑場に着く。君が普通の人間だというならば、俺と一緒に殺されるかもしれない。」
「じゃあ、私を帰してくれる?」
男は大きく溜息を吐いた。
それでもって、がっかりした様に呟いたのだ。
「最後の望みだった。母の形見と引き換えに手に入れた魔道具での召喚は一度きりだ。今の俺には何もない。」
「でも、あなたをここから逃がしたら、その後に手に入れた魔道具で私を元の世界に戻せるってこと?」
男は顔をあげて、とっても晴れやかな笑顔を見せた。
殴ってやりたくなるぐらいにいい笑顔だ。
「わかった。考えよう。」
そう、考えるのだ。
私は会社ではプランナーとして頼りにされていたじゃない。
もう会社は退職しちゃったけれど。