領主の館にカヴェが向かいたかった理由
カヴェの言う通り、領主の館は祭のようにごった返していた。
ただし、領地の農民が立ち入ることができる場所は、専用のパーティ会場にしつらえられた裏庭と館の厨房を中心とした一階部分、それも館の主や祝いに来た貴族客とかち合う可能性のある場所への道が通行止めにされたところまでである。
カヴェが企んだ領主の館の客間で色々など、とてもとても。
さらに祝いに領主館に押し寄せている農民達は互いに誰か分かっている状態であったので、私達が彼らに紛れ込むどころか私達が何者かという疑惑の目が集まる結果となり、私達はかなり悪目立ちしてしまったようである。
確実に毛色が違う私のせいで悪目立ちしているだろうから、誰かが私達の身元を調べるように役人を呼び寄せられたらかなわない。
「カヴェ。急いでここを離れた方がいいわ。」
カヴェは両目をぐるりと回してから、ごめん、と私に口パクした。
「ごめん?何か考えがあるの?」
「いや。えっと。中に入れるなら、ほら、入りたいだろ?君と俺の為に。」
「ま、まあ!そ、そうね。だけど、あなたが危険になるのは嫌だわ。」
「ええと、自分の館は無くなっちまったから、せめて似たような綺麗な家でと思ってね。汚い所や野っ原で君を抱きたくはない。」
嬉しいわ!
最初の夜にそそくさと野営準備して「やろうか」なんて言わずに、私に今の台詞を言ってくれていたら、私は野宿状態でもあなたとしていたかもね。
そんな風に思ってから、ハッとした。
彼はどこで気持ちが変わったの?と。
「カヴェ?」
カヴェの動きが変わった。
彼は凍ったように固くなり、視線は私ではなく遠くのどこかに定まっている。
私は彼が見ているものへと視線を動かして、私でさえ体が凍った。
凄い美人がそこにいた。
ただし、農民に料理を運んできただけの館の使用人らしく、飾りのない修道女のような茶色のドレスに少々汚れやシミの見えるエプロンを付けているという姿であった。
だが、そんな服装で霞むことなどない、とても美しい人だった。
長い金髪を簡単に一つ髷にしているだけ、なのに、金の輝きを消すことが出来ないほどに煌ていて、化粧などしていないだろうに唇は咲き誇った花びらのような彩を誇っているのだ。
女性は大盛りに持った料理の皿をテーブルへと運んでいて、細い体だからかかなりよろめいていて不安定だった。
私の隣のカヴェが彼女がよろめくたびにあからさまに息を呑み、私はカヴェの様子に彼女がカヴェにとってどれほど大事な人なのか分かってしまった。
なんだかんだ言って私を抱くことはせず、なんだかんだと理由をつけてこの領主の館に潜り込もうとしていた訳、それをはっきり理解してしまった。
騎士が恋した人のために童貞を守るってよく聞く話じゃないって。
彼は最初から目的があって馬を走らせていたんだ、と。
そうよ。
逃亡者の癖に彼が進む道は迷いが無かった。
私は自分が恋敵にもなれなかった美女を、羨み妬むどころか、気が抜けたようにしてぼんやりと見つめてしまっていた。
「え、うそ。」
見つめていたから気が付いたが、あの美女がよろめくのは、料理皿が重すぎるだけでもなく、彼女が非力なだけでも無かった。
彼女は一緒に歩く他の召使達に、彼女の美しさへのやっかみなのか、肘で小突かれ、体をぶつけられて押されとしているのである。
それに気が付けば私こそ彼女がよろめくたびに息を呑み、いつの間にか彼女に嫌がらせする連中を殴ってやりたい気持ちになって拳を握っていた。
そんな私とカヴェが見守る中、彼女はようやく野外テーブルに辿り着き、持っていた料理をそこに置く事が出来た。
彼女こそホッとひと息を吐き、無意識に顔をあげたそこで、彼女は彼女を見つめていた私達に気が付いたのである。
正しくは、カヴェに。
彼女の真っ青な青い瞳は大きく見開かれ、美しい顔も凍り付いた。
お化けを見た様な反応をした彼女は、逃げるようにして身を翻して館の中へと駆け戻って行ってしまった。
私の右肩にカヴェの右手が乗った。
乗ったどころか掴んで来た。
「カヴェ?」
「ここを出よう。彼女の無事は確認できた。」
肩を抱かれた私は、カヴェに引っ張られるようにして歩かされ始めた。
カヴェは口元をしっかりと結んでおり、その強張った顔は自分に話し掛けないで欲しいと私に言っているも同じである。
私はなんて男の甘言に惑わされやすい女なんだろう。
自分への一目惚れ説を信じ切っていたなんて情けない。
昨日逃げたばかりの私達の行き先を、憲兵達があの町で待ち受けるようにして網を張っていたのも理解できる。
逃げたカヴェが彼女のためにこの町に必ず来ると、追手は確信していたのだ。
それだけカヴェがあの女性に寄せる気持は、誰が見ても否定できない誠実で真っ直ぐなものだったに違いないわ。
「生きていて良かった。俺のせいで殺されたと思っていた。」
「カヴェ。良かったわね。」
「ああ。あいつが新しい花嫁を迎えると聞いたから、俺は姉さんが殺されてしまったのだと思っていた。」
お姉さん、ですと?
「確かに!カヴェみたいに美人さんだったな!」
カヴェこそ金髪碧眼という組み合わせだったと、私は今さらに気が付いた。
と、いうことは、いうことは!!
カヴェはやっぱり私に一目惚れ説は揺るぎないものだ!
私はカヴェのチュニックを両手で掴んでた。
「マネリ?」
「カヴェ。あなたの冤罪を晴らしましょうよ。あるいはこの国を盗りましょう。領主夫人だったあなたのお姉さんをあんな使用人に落して、そんでもって若い女の子を平気で娶るような奴が許される世界なんか、ぶち壊しましょうよ。」
カヴェは私をまじまじと見返していた。
そして、数秒間固まった。
「ハハハ。マネリはやっぱり妖精かもな。」
カヴェは私の髪に右手を差し込んで私の後頭部に優しく手を添えると、私の顔が彼の顔の近くになるように私を持ち上げた。
私の唇に彼の唇が重なった。
私は彼のキスだけで足がぐらついた。
私から顔をあげたカヴェの顔は、ぐらついた私を完全に粉々にした。
自信を取り戻した男の顔をしていたのだ。
誰もが溜息を吐いてしまうほどに、魅力的な。
「それって、一緒に死んでくれるってことか?」
「死ぬ気なんて無いし、あなたに死んでほしくはない。だから、あなたがオメガのせいでラットになったら抜いてあげるって言ってる。それさえなければアルファは弱点が無い優位種なんでしょう?」
カヴェは私を少々乱暴に胸に引き寄せ、私を抱き締めた。
私は彼を手に入れた様な気持ちで彼の体に両腕を回した。
「次はもう少し持つからそれは言わないで。」




