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負け組女が自撮りしようとした理由

 私の人生は何だったんだろう。

 本当だったら私は二か月後には花嫁になっているはずだった。

 だが、私と婚約者は破局した。

 結婚する予定だった男は、二股相手の女性が妊娠したからと嬉しそうに報告したうえで、私のもとから去って行ったのである。


 私に残されたのは、寿にはならなかった退社による無職称号と、雀の涙の退職金と結婚資金として貯めていた金が引き出された空っぽの通帳である。


「ハ、ハハハ。式場のキャンセル料、その他の慰謝料も踏み倒して海外に逃げやかったとは!私の貯金を盗んだうえで!!」


 私は自分の情けない通帳を壁に投げつけた。

 どん。

 本当の意味での壁ドンを隣の住人にされた。


「すいませんね!煩くて!私は明日の住居費も払えない負け組なんだ!」


 どん、どん。


 ちくしょう、情けってものが無いのか!


 やっぱおばちゃんより若い子でしょう?


 三十五の男は別れ際に私にそう囁いて嘲った。


「三十一でもお前の浮気相手よか綺麗だわ!若いだけのデブスじゃないの!」


 私は立ち上がると鏡の前に立った。

 そして、今着ているダボっとしたジャージ上下を脱ぎ棄てた。

 モデルみたいに細いとは言えないが、結婚式を目指してダイエットしてジムで鍛えた身体にはぜい肉はあまりついていない。


「まだおっぱいだって垂れていないわ!Gカップが何よ!Cはブラが無くとも形が良くて垂れないおっぱいなのよ!お前の女房は年老いたら腰まで乳が垂れ下がるはずだ!」


 どん、どん、どん。


 私は壁に向かって思いっきり蹴り込んだ。


 どおん。


「お前こそうるさい!」


 私の怒鳴り声のあと、隣の壁は反撃するどころか沈黙した。

 私は小さな勝利に少々溜飲を下げると鏡の前に戻った。

 そこで胸を持ち上げたり、腰をひねったポーズをしたりと、自分の裸体を鏡に映しながら私は私を振った男を罵っていた。


 いや、虚しくなっていった。


 結婚が決まってからの半年、私がどれだけ努力したと思っているの?


 退社するからって大事にしていた自分が発案して動いていたプロジェクトを人に譲り、引継ぎをして、その成功を眺めるだけとなったむなしさ。

 でも、私に海外赴任に付いて来て欲しいって願ってくれたから、それこそ私にしか出来ないプロジェクトだと思ったから私は仕事を諦めたのに。


 私はいつの間にかしゃがみ込み、膝を抱えて泣いていた。

 そして泣きながら気が付いた。

 私はあの男と付き合っている時、あの男の胸や肩に顔を押し付けて泣いた事なんてあっただろうか。


「我儘聞いて慰めていたのは私ばっかりだったじゃない。」


 私は顔をあげた。

 鏡の中の私は情けない顔をしていた。

 伊織真音鈴いおりまねり、三十一歳。

 こんな顔をしている女じゃ無かったはずだ。


 私は近くにあるスマートフォンを取り上げて今の自分に、鏡の中の自分のカメラを向けた。

 今のこの状態の自分を撮る。

 情けないこの自分がさらに情けないものにならない戒めとして、今の私を撮る。


 パシャリ。


 カメラの音が部屋に響き、私はそこで固まった。

 私のスマートフォンの画面には私は映っていなかった。

 男がこちらを睨んでいる画となっていた。

 薄汚れた肌には対照的すぎる金髪が輝き、豹よりもどう猛そうな表情をした男の双眸に嵌るのはサファイヤのような青い瞳。


「え、ええ?」


 私は思わず鏡を見返した。

 鏡から太くて大きな腕が二本にょきッと生え、それが私の両肩を掴んだ。


「え、え、え?えええええ!」


 私は鏡の中に引き込まれた。

 全裸な状態で!

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