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王都編――誘拐未遂事件②

 衛兵が駆けつけてくるのを見越したゼスは、馬車を呼ぶ。

 アリスを抱いたゼスと共に馬車へ乗るのはガント、ラーシュだ。

 フィンには御者を、クレイには屋根の上に乗せた賊を見張っている。

 二〇分かけブリジット公爵の屋敷へ戻ったゼスは、直ぐにジェイクの部屋を訪れた。


 抱いたままのアリスをソファーに寝かせる。

 アリスの側には、着飾ったフェルティナが付き添った。


 ゼスの報告を聞きながら庭先を見たジェイクは、ある一点を睨むかのように目を眇める。

 その視線の先には、怪しいと言うほかない王妃の姿が――。


「……と、いう事でアリスは無事でしたが、表に出さない方がいいかもしれません」

「わかった。精霊様が居て下さって良かった。心からの感謝を」


 姿が見えない三人の精霊に向かいジェイクは頭を下げる。

 返事は無いが、きっとアリスの側にいるだろう。


「こちらでも、王妃(キツネ)について色々と分かった事がある。だが、その前に……彼の事情を聞こうか?」

「はい」


 鋭い目を向けられたガントは、怯えたように肩を震わせた。

 それに構わず、ゼスはガントに歩み寄る。


「ガントさん、でしたね。我らに理由を教えて下さい。何故、アリスの誘拐に手を貸したのかを……」

「そ、それは……」


 言葉をのみ込んだガントは、頭を振り「ダメだ。僕は、何も、何も話せない!」と涙ながらに訴える。

 

 ガントの様子を見てとったアンジェシカは、ジェイクの側近くにより何事かを耳打ちした。

 落胆したかのように「仕方ない……か」と呟いたジェイクが、鞘から抜き身の剣を抜く。

 一歩、二歩と歩み寄るジェイクにガントが怯え、何度も「ごめんなさい。すみません」と謝るもその足は止まらない。

 ガントは震えながら後退り、追い詰められたところで両手で頭を守るようバツ印を作った。

 

 そして――

 ジェイクの剣が振り抜かれる。

 キィーンと言う音を立て、ガントの手首にはめられていたブレスレットが無残に斬り落とされた。

 そのままジェイクは、ブレスレットの中心部にある魔石を砕く。

 自分の手首を眺め、尻餅をついた状態で呆然としているガントにジェイクはふっと表情を和らげる。 


「ガント殿。これで、話して貰えるかな?」

「え、あ……はうぅ」

「あなた……せめて説明してからになさった方が……」

「盗聴魔法が仕掛けられた魔道具をつけられているんだ。説明したところで相手に筒抜けになるだけだ」

「まったく、あなたってば……」


 アンジェシカと会話を終えたジェイクは改めて、ガントへ顔を向けると「話してくれ」と問いかけた。

 それに頷いたガントは、ぽつり、ぽつりと事情を話し始める。


 クレイの睨んだ通り、ガントは三日前の晩から義理の両親を人質に取られていた。

 相手はわからず、家の中には物が散乱していたと言う。

 ガントは必死に両親を探した。だが、その痕跡すら残っておらず、途方に暮れて家に戻ったガントは、残されていた書置きを見つけた。

 そこには『ブレスレットを嵌めろ』と『両親を助けたければ、いう事を聞け』『裏切れば、死あるのみ』と書かれいたそうだ。

 

「なんてことだ……何故、私に、何故私に、相談しなかったんだ。ガント!」


 ガントの状況が分かり、ラーシュがガントの肩を掴みその身体をガタガタ揺らす。

「申し訳ありません。会長……」と、泣きながら謝るガントをそれ以上、誰も責めることはできなかった。

 

 二人が落ち着くのを待ち、ジェイクは再び問いかける。

 

「では、指示はいつ受けたんだ?」

「皆さんがいらっしゃる少し前です。近くの子が、僕あてだと手紙を持ってきて……」


 ガントはポケットから、くしゃくしゃになった紙を出す。

 それをジェイクに渡した。

 ジェイクは、ちらりと内容を確かめそののままゼスへ。


 受け取った紙を何度か撫でたゼスは、この紙が貴族が使う上質な紙だと気づく。

 書かれていたのは、アリスの特徴を書いた絵と『裏の洋裁店へ』と言う言葉だけ。

 他に指示は無い。


「ひとまず、彼の両親の事はガルーシドに任せよう」

「あ、いたいた! 父さん、こいつどーすんの?」

「そう言えば、捕らえていたな」


 タイミングを呼んだかのようにクレイが扉を開け、フィンが賊の一人を俵担ぎで連れてくる。

 気遣うことなくどさりと降ろされた賊は、意識を取り戻していた。

 賊には、全身を拘束する縄と自殺防止のため猿ぐつわを嵌められている。

 死ぬこともできないまま、敵の眼前に晒された賊はキッとジェイクたちを睨みつける。


「さて、一応聞こうか」


 そう言うとジェイクは賊に歩み寄り、耳元である名前を()()呟いた。

 一瞬だけ賊の目が、見開く。

 それを見逃さなかったジェイクは、ニヤリと口角をあげる。

 

「やはりそうか……インシェスに手を出す愚か者どもが、その野心根絶やしにしてくれよう!」

「父さん、どっちに動きますか?」

「伯爵だ。今回の件、糸を引いたのはボリス伯爵」


 未だ茶会が開かれているこの場にアリスを残していくのは不安だが、今動かねば逃げられる恐れがあるとジェイクは決断を下す。

 

「クレイ、フィルティーアに伝言を! フィン、お前はガルーシドに伝言を頼む。アンジェシカは、フィルティーアと共にアリスを頼む」

「えぇ、わかりましたわ」

「えー! 俺かよー」

「分かったよ。おじいちゃん」


 ブスくれるクレイの頭にポンと手を乗せたジェイクは「急げ」と二人を促す。

 二人が出ていくと同時に、アリスの方を振り向いたジェイクは精霊にだけ聞こえるよう小さな声で『頼みます』と頼んだ。

 姿を見せない精霊たちは『任せて!』と言う様に、ふわりとジェイクの頬に、髪に、腕に触れる。

 それを感じ取ったジェイクは、再び顔をあげるとゼスを伴い部屋を後にした。

 勿論、賊の処理の指示も忘れずに――。

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