王都編――誘拐未遂事件①
「「アリス!!」」
フィンとクレイの声が聞こえアリスは、顔をそちらへ向ける。
悪人より悪人っぽい形相の二人が助けに来てくれたことは、この際気にしない。
「fふpklん;ぁkjs!!」
「なんだってー?!」
「おい、クレイ!」
フィンがサッと剣を抜き、男たちへ対峙する。
一方のクレイはと言えば、アリスの言いたい事が聞き取れなかったのか聞き返してきた。
「貴様ら、死ぬ覚悟はできてるな?」
「俺の妹にてー出したんだ。とことんやってやるぜー!」
刃物をアリスの首にあてがっていた男が、アリスの身体を抱え上げる。
必死に抵抗して阻止しようとしたアリスだが、大した威力もなく首元に手刀を入れられ意識を失った。
アリスはだらんとぶら下げられる形で、外へ運び出された。
クレイとフィンはアリスを奪還するため、走り出すが敢え無く数人の男たちに取り囲まれてしまう。
「くそっ! クレイ、ここは任せ――」
「フィンにぃ、任せるぜー!!」
二人ともお互いに、アリスを優先しようと声をあげるが丸被りだ。
フィンとクレイが、互いに譲らず、睨み合う。
空気を読まない賊たちは、お構いなしに切りかかった。
フィンが右に飛び、剣で男の背中を袈裟懸けに切りつける。
男の体勢が崩れるのを見越したクレイの短剣が、男の首を真っ向からはねた。
「まず、一人」
「どんどん、かかって来いよ。お前ら皆殺しだ」
フィンは、静かな怒りを湛えた瞳で賊たちを見る。
一方のクレイは、狂気に満ちた笑顔を浮かべた。
恐怖に負けた一人が「うらぁぁ」と叫びながら、剣を振り上げフィンへ向かう。
と、その時だった。
アリスを運んでいた男が、風の球をその身に受け、押し戻されるようにして店の壁へ激突した。
「お前たち、あれほどアリスから目を離すなと言っておいただろう?」
「すみません。父さん」
「父さん、ずるい! いいとこ全取りじゃん!」
魔法を発したのは、ゼスである。
発動と同時にアリスを救出し終えたのか、既にアリスを抱きかかえている。
「さっさとやってしまえ。兵が来ると面倒だ」
「はい」
「おうよー!」
「あ、あの壁で沈んでるのは残しておけ」
「了解」
「わかったー」
後は好きにしろと言わんばかりのゼス。
フィンとクレイが、凶悪な顔で再び笑う。
それと同時に、二人が眼にも止まらぬ速さで男たちを斬り伏せていく。
賊たちは「うぎゃ」「ぐはっ」と、短い悲鳴をあげ、血を流し倒れる。
そうして、五分もかからず賊たちは地に伏すことになった。
「こいつ、噛ませとくぜ?」
「あぁ、そうしてくれ」
「馬車の中に入れておく? それともロープで引きずっていく?」
「そうしたところだが、アリスが目を覚ましてトラウマになると可哀想だから……屋根にでもくくりつけておけ」
「わかった」
穏やかな親子の会話のはずだが、その内容は物騒極まりない。
出るに出られないラーシュは、どうしたものかと悩みながら一歩を踏み込んだ。
音を立てないよう踏み入ったはずなのに、ゼスを始めとした三人が同時にラーシュを振り返った。
「ひっ……」
短い悲鳴をあげたラーシュが、三人の覇気に気圧され数歩後ずさる。
「なんだ。ラーシュさんか、まだ残りがいたかと思ったぜ!」
「すみません。ラーシュ殿」
「い、いえいえ。それで、アリス嬢を攫った輩はどうなりま……」
どうなりましたか? と続けようとしたラーシュだったが、視界に血を流し倒れている賊の姿が映り言葉を止めた。
フィンが壁へ向かい意識を失った男の覆面を外す。
手慣れた様子で、手早く口元に布を押し込むと縛りあげていく。
それをクレイが抱え、馬車の方へ運んでいった。
「死んだのはいるか?」
「最初の以外は、気絶してるだけだよ」
「手加減したつもりだったけど、きっちり首に入っちまった」
賊たちの縛り上げが終わった頃会いを見計らってゼスが問いかける。
それにフィンは肩を竦め、クレイは笑いながら報告する。
「そうだ。ラーシュ殿。この中に顔見知りはいますか?」
ゼスは賊たちの顔が見えるように座らせて、ラーシュに確認を取った。
用心深くゼスは、ラーシュの視線を追う。
そうして、見回していたラーシュの視線が一人の男に止まる。
「……ガント……お、お前! なんでこんなことを!!」
震える手で、男の胸倉を掴んだラーシュは、怒気を含んだ声で男の名を叫ぶ。
ガントと呼ばれた男は、ぐったりとしながらだんまりを通す。
痺れを切らしたラーシュは、男の胸倉を離すと床に膝をついた。
「ゼス殿、フィン殿、クレイ殿。大変申し訳ありませんでした」
「ラーシュ殿、どうか顔をあげて下さい」
土下座して謝るラーシュに対して、ゼスはいつもの口調に戻り話を聞かせて欲しいと告げる。
それに頷いたラーシュは、ぽつりぽつりと語り始めた。
ガントは、二年前の冬の日廃れたある村でラーシュに拾われ、アダマンテル商会で働くことになった孤児だ。
その後、ラーシュなりに手を尽くしてガントの親兄弟を探したが、居場所はわからずじまい。
その事を憐れに思ったラーシュは、知人の老夫婦――後継ぎがいない――の元へ養子にしてくれるよう頼み、養子になったと言う。
それから二年。ガントは真面目に働き、やしない親を大事にしていた。
「それなのに……何故、どうして、こんなことを……」
悔しさをにじませたラーシュの呟きが、空しく響く。
「何故って、そりゃ。大事な奴を人質に取られたか、脅されたからじゃねーの?」
「クレイ!」
「だって、そうだろ? フィンにぃだって分かってんじゃねーの?」
「まぁ、それはそうだが……」
「い、一体誰に!!」
「ん-。そう言うの、俺にはわからねーよ。本人に聞きなよ」
クレイはチラリとガントへ視線向ける。
肩を震わせたガントは、視線を泳がせるとばつが悪そうな顔を俯かせ唇をかみしめた。
その行動の全てが、クレイの言う通りだと言わんばかりに――。




