王都編――母の覚悟
茶会に参加していたはずのフェルティナが、血相を変えて部屋を訪れた。
夫婦水入らずでお茶を飲んでいたアンジェシカとジェイクは、急いでフェルティナをソファーに座らせる。
落ち着いた頃ジェイクが代表して、何事かと問いかけた。
フェルティナの話しを聞いたジェイクは「やはりそうか……」と、眉間に深い縦ジワを刻んだ。
「アダマンテル商会の商会長は、口の堅い男だから心配はいらんだろう。だが、その嫁や娘から、情報が洩れる恐れがあるな」
「お義父さん、やっぱりゼスが戻り次第、転移でアリスだけでも戻しましょう」
「だがなぁ……。アリスは、ユリアさんと言う友人と茶会をするらしいじゃないか。今更ダメだとは言えないだろう?」
「ですが、あの子の安全が最優先ですわ」
「そうだが……」
渋い顔をしたジェイクを不安そうにフェルティナは見つめる。
アンジェシカはと言えば、何やらごそごそとマジックバックを漁っていた。
「あったわ。こんな時のために作っておいたのよ。コレ」
アンジェシカがマジックバックから取り出したのは丸眼鏡だ。
眼鏡が一体何の役に立つのかと言いかけたフェルティナは。アンジェシカが得意とするのは魔道具作りだと言う事を思い出した。
「その眼鏡は……」
「えぇ、これは魔道具よ。瞳の色を変えてみせるの。ほら、こんな感じに」
眼鏡をかけて見せたアンジェシカの瞳が、アクアグリーンから栗色へ変わる。
流石お義母さんだわ! これで、アリスが一度王妃に会えば別人だと……。
いいえ、ダメよ。あの時私はあの男にブリジット公爵の娘だと名乗ってしまった。
きっとバレているわ。
私のせいでアリスが、王家に巻き込まれてしまったら……そんな……嫌よ。
不意に手に暖かく柔らかな感触を感じてフェルティナは、下げていた頭をあげる。
「大丈夫だ。私たちに任せておけ」
「そうよ。私たちが守るわ。可愛い嫁も孫もね」
頼もしい義理の両親たちを前に、堪えていたものが頬を伝う。
「ひとまず、ガルたちには悪いが、公爵邸を離れるべきだな」
「そうですわね」
「説得するのに骨が折れそうだがな。ところで……聞き耳を立てるとは、いい根性をしとるようだな。ガル」
「フン、たまたま部屋の前を通りかかったら聞こえたんだ!」
開いた扉から、ガシガシと頭を掻きながらガルーシドが入ってくる。
それを視線の端に捉えたフェルティナは、急いで目元を拭う。
「嘘をつけ、フィルティーアから呼び戻されて、急いで戻ってきたんだろうが! 娘が心配で」
「……う、うるさい」
軽口のたたき合いは、ジェイクの勝利で終わる。
言葉に詰まったまま黙ったガルーシドは、フェルティナの頭をガシガシと粗く撫でると「俺もいる」と小声で告げた。
恥ずかしさを隠すためか、珍しくガルーシドの尻尾がぴこぴこ動いている。
「ガル……隠すならもう少しうまく隠せ」
「仕方ないだろう。待ちに待った女の子だったんだから……」
「あぁ、わかった。わかった。とりあえずだ。我らはこの家から出るぞ?」
「あー、その事なんだが下手に出ない方が良さそうだ。俺の方でも調べたんだが――」
ガルーシドはガルーシドなりに前回の事があり、調べを進めていた。
浮上してきたのはどこかの貴族から、王妃へ大金が渡されているらしい事だ。
王家にも色々あるが、このフェリス王国では国王、王妃、王子とそれぞれに決まった予算が議会で決められる。
その予算以上の買い物を王妃が、していると言う噂が王宮に広がりつつあった。
最近では、他大陸から一〇カラットはあるブルーダイヤモンドを購入して、夜会で身に着けていたと言う。
一カラット白金貨二〇枚以上もするブルーダイヤモンドを、王妃が購入したとなればどう頑張っても王家の予算では購入できない代物だ。
「ただ、本人はサファイアだと偽っていたらしいが、見た御仁が言うには『あの輝きはブルーダイヤモンドに違いない』と。それもあってここ数年分の購入品目を、こっそりうちで探ってるところだ。その金を渡したと言う貴族が見つかるまで、ここに居た方が安全だ」
「王も知っているのか?」
「あぁ、王直々の勅命だ」
「そうか……覚悟をしているのだな」
国王が既に動いていると知ったフェルティナは、意を決して口を開く。
「お父様、私……王妃にお金を渡した人物が分かるかもしれません」
「ティナ、それはどういう事だ?」
「ボリスか」
「そうです」
ジェイクに頷いたフェルティナは、これまでの事を踏まえながらゆっくりと話す。
「もし、あの時アリスはフードを深くは被っていなかった。もし、あの子の目を見られていたとしたら……、王妃がもし、それを知っていたら、狙われるのはアリス以外に居ませんわ」
たらればの話になってしまったが、フェルティナにはどう考えても王妃とボリス伯爵が繋がっているようにしか思えなかった。
「本紫の瞳の子供を売りに出せば、いくらの値が付くか……考えなくとも巨万の富を齎すだろうな。しかもそれが女の子なら余計に」
「面倒だな。ひとまず王妃の方はお前に任せる。私たちはボリスの方を探ろう」
私のせいで、そう自分を責めるフェルティナは堪えていた涙が、再び頬を伝うのを止められない。
そんなフェルティナの頭をガルーシドが荒く撫でた。
「じゃぁ、俺は仕事に戻る。ティナ、あんまり自分を責めるなよ」
「お父様……ありが、とうございます」
「あぁ、夜にな」
目元を拭いガルーシドを見送ったフェルティナは、落ち込んでばかりはいられないと思い直してパンパンと自分の頬を叩く。
「ティナ、とりあえず、お前はアリスと共に居ろ」
「いえ、私も動けます。王都であれば友人も多い。出来るだけ多くの茶会に参加して情報を集めます。アリスは私の子供ですから!」
顔をあげたフェルティナは、どこか覚悟を決めた顔をしていた――。
9日・10日は、お休みします。
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