王都編――お茶会のお菓子作り①
飛び出していったクレイが戻り、アリスは無事ブリジット公爵邸へ戻る事が出来た。
翌日、アリスが倒れた事を知ったフェルティナたちによって、一日ベットの上だったのは言うまでもない。
そうして、翌々日の今日アリスは朝食を食べ終え、公爵邸の調理場へ足を踏み入れた。
お供は、フェルティナとゼスだ。
「今日は、よろしくお願いします」
「アリスお嬢様、ようこそお越しくださいました。新しき料理をお教え下さると聞き、今か今かとお待ちしておりましたぞ」
「が、がんばります」
人のよさそうな笑顔を浮かべたおじいさん――料理長が、糸目を開けキラリと輝かせる。
今日のアリスのエプロンは、フィルティーアがわざわざ今日のために作ったというフリルがたっぷりついた花柄のエプロンだ。
正直に言うと動きにくい。だが、着ないという選択肢は与えられなかった。
ま、作って貰ったものだし……着たくないなんて言ったら悲しませるよね。
仕方ないかと、一つ息を吐いたアリスは早速料理を始めることにした。
「じゃぁ、早速作りますね! まずは、一つ目濃厚カスタードクリームを使った果物の一口タルトです」
「ほう。濃厚かすたーどくりーむ……、聞いたことのないスイーツですな。ほほほ、楽しみですぞ」
「私は、皆さんに口頭で伝えるので、作ってみましょうね」
アリスは、欲しい材料を伝える。
タルト生地――アリスが作るのはクッキー生地だ。
バター、砂糖、卵、小麦粉。
卵は、割って卵黄のみにして貰う。
余った卵白は後で、別のお菓子に使うから取っておいてもらった。
小麦粉はふるって、砂糖は本来グラニュー糖がいいが、こちらでは手に入らないので諦める。
数人のシェフが動き、材料が作業台の上に置かれた。
そこにアリス特製一口大のタルト型を乗せる。
形は、ハート、星、クローバー、桜だ。
「これは……?」
「これは金型です。これに生地を入れて焼くと可愛いでしょう?」
「ほう……そう言うものですか」
質問に答えたアリスは、生地作りを初めて貰う。
バターは室温に戻して貰い、ゴムベラが無いので平たくしたスプーンで練ってもらう。
粘土状になったら、砂糖を加え、更に練る。
ある程度練り上げたら、卵黄を加えてよく混ぜ合わせる。
「あ、卵黄がバターと溶け合う感じになるまで混ぜて下さいね」
「はい!」
良く混ざったら、振るった小麦粉を加え混ぜていく。
ホロホロの生地になってきたら、手で捏ねるように混ぜるとよい。
「じゃぁ、手の空いてる方は、この型に油を塗って小麦粉を薄く振るって下さい」
「「はい」」
「いい感じに混ざったので、今度はこの台の上でこの棒を使って型より少し大きめに均一に伸ばしてください」
「はい」
クッキングシートがあればいいけど、神の台所にしかないので今回は油と小麦粉で代用する。
オーブンに入れて焼く時の重しを乗せるクッキングシートの代わりは、加工済みの火蜥蜴の皮を使う。
昨日一日ベットの上で、アリスはこれを必死に調べた。
「出来ましたね。そしたら、型に添わせて破れたりしないよう慎重に入れて行ってください」
「はい」
流石シェフだと、アリスは感動する。
口頭でしか伝えていないのに、皆てきぱきと作業をこなしていく。
「生地を肩に入れたら、フォークでこんな感じで、穴をあけて下さい。終わったらこの皮を生地の上に置いて、重しを置きます。出来る限り均一においてくださいね」
「はい」
すべての金型に重しが乗ったのを確認して、アリスはオーブンへ向かう。
今回アンジェシカに頼んで、出来る限り均一に焼けるオープン用のプレートを作って貰った。
「じゃぁ、焼いて下さい。この大きさだと――いえ、きつね色になるまで焼いて下さい」
一五分と言いそうになって、アリスは言い直す。
この世界では、分単位の時間がないからだ。
大体、どこでも一の鐘、二の鐘と言った形で二~四時間置きで時間を知る。
その鐘も地域や国によって違うのだが……。
「焼いている間に、果物と濃厚カスタードクリームを作りましょう」
果物は半分に切ったり、四分の一に切ったり、スライスしたりするだけなので割愛する。
濃厚なカスタードクリーム作り。
用意するのは、卵黄、振るった小麦粉、砂糖、牛乳、バニラビーンズ。
卵黄三個に対して、牛乳四〇〇ミリリットル。
「ボウルに卵黄、砂糖を入れて、白っぽくなるまで混ぜて下さい」
「はい」
アリスが作ろうと思えば一〇分はかかるだろう作業を、若い男性のシェフは五分ほどでこなしてしまった。
砂糖と卵黄が綺麗に混ざった事を確認しながらアリスは、羨まし気にシェフの腕を見つめる。
凄い! 私もこんな風に作れるようになれば、もう少しキッチンさんを楽させられるのに……。
あ、でもどう頑張っても、人間じゃキッチンさんには敵わないか。
「それぐらいで大丈夫です。次は小麦粉を入れます、少しずつ加えて、軽く粉が見えない程度に混ぜて下さいね。混ぜすぎると粘り気が強くなってクリームになった時に美味しくないので!」
「わかりました」
シェフさんの作業を見ていたアリスの耳へ、料理長とフェルティナの会話が届く。
「おぉ、流石アリスお嬢様じゃ! 分かりやすく伝えていらっしゃる」
「ディックさん、アリスを褒めてもお菓子しか出ませんよ?」
「ふぉふぉふぉ。そう言えば、あの年頃のフェルティナ様は、料理と言えば『焼いて!』でしたな」
「そうでしたっけ?」
「えぇ、そうでしたとも」
ママは小さい頃から、焼きが好きだったのね……。
だから、ご飯=肉塊だったのか。
図らずも聞いてしまった会話で、自身の長年の悩みの元が理解できたアリスは納得するように何度も頷いた。
「混ぜるのはそこでストップです。牛乳を温めましょう。ふちに小さい泡が浮かびはじめたら火を止めて下さい」
「はい。お嬢様」
「アリスお嬢様、タルト生地の方が焼けたようですが、確認をお願いします」
「はーい」
呼ばれたアリスは、オーブンへ移動する。
ゼスに抱き上げて貰いオーブンの中を覗き込んだアリスは、きつね色に焼けたタルトを一つ取り出して貰う。
「本当はだめだけど……一個ならいいか。フォークで真ん中をブスっとお願いします」
火の通り加減を見るために皮を少し動かして、フォークを刺すよう指示を出す。
刺さったフォークが引き上げられ、生地がついていない事を確認したアリスはプレートごとタルト生地を取りだしてと伝えた。
「アリスお嬢様、こちらもいい感じですよ。この後はどうしますか?」
「一気に入れてしまうと卵黄が固まるので数回に分けて牛乳を加えながら、ダマにならないように混ぜて下さい」
「はい」
「出来上がったタルトは、このまま粗熱をとります。ある程度熱が取れたら、型と皮、重しを外してください」
「はい!」
出来上がりに向けて、指示を出し終えたアリスはカスタードクリーム作りへ戻る。
ボウルを覗き込んだアリスは、綺麗に混ぜられたクリーム色を目にして瞳を輝かせた。
「えっと、この後ザルはないから、目の粗い麻の生地でこれを鍋にこしてください」
「はい!」
「それが終わったら、バニラビーンズ……えっと、この黒く乾燥した植物をナイフで切れ目を入れてその中身の粒を鍋の中に入れて下さい。そしたら中火に鍋をかけて木べらで混ぜてね」
後伝え忘れはないかな? あ、そうだった……!!
人に説明するのは本当に難しいとつくづく実感しながらアリスは再び口を開く。
「段階的にさらり、とろり、ドロリって感じに重たくなっていくからドロリになったら火を止めて鍋をあげてね。焦げやすいから常に混ぜ続けて下さいね! 出来上がったら、直ぐボウルに取り出して絹の布をかけて、パパに冷やす魔法をかけて貰ってください」
「わかりました」
「お、やっと僕の出番だね」
そう言うとゼスは、爽やかにウィンクして見せた。
後は任せても大丈夫だろうと考えたアリスは、とりあえず一つ目のフルーツたトル作りを乗り越えた。




