王都編――インシェス協定
アリスがモフモフに攻撃を受けている頃、ジェイク、ゼス、フィン、ガルーシドの四人は王族と共にテーブルを囲んでいた。
こうなった理由は、アリスが過呼吸を起こし医者を手配したのが第一王子であるケルドファンだからである。
「いやー、まさか剣狂、魔狂と呼ばれるお二人と第三騎士団長が親戚だったとは……世の中、不思議なものだな」
「本当に、そうですわね~」
齢六〇になろうかと言う王は、皺が多く刻まれた顔をくしゃりと崩し笑う。
王妃はと言えば、その顔は笑っているものの目が笑っていない。
これまで出会った王族、特に王妃や王太后といった婦人は考えを読ませないように教育されている。
だからこそだと考えたジェイクだが、この王妃の笑顔が非常に嘘くさい。
何か狙いがあるのではないかと思えて仕方がなかった。
「ところで、お倒れになったお嬢様は大丈夫だったのかしら?」
「はい。見て戴いたオグス殿の話では、しばらく休めば目が覚めるだろうと……」
「そう。それは良かったわ」
王妃は自分で話題を振っておいて、まったく興味のなさそうな返事をした。
その行動がジェイクの危機感を更にあげた。
一体この女何を考えている? アリスの事ではないとすれば、我々のことか? だが、我々とこの国に何のかかわりも――。
あぁ、なるほど、この女は我らを欲しているのか。
王妃の狙いが分かったジェイクは、紅茶を飲むふりをしてゼスへ視線を向ける。
既にその考えに至っていたゼスは、気にした素振りもなく一度咳払いを返した。
「ところで、ジェイク殿。お願いがあるのだが」
「何ですかな? 第一王子殿下」
「ケルドと」
「ケルド殿下」
「ぜひ、私に剣術を教えていただきたい!」
「剣術を? 私に?」
「えぇ、そうです! あの剣狂と呼ばれる貴殿に剣を習えば、私もきっと強くなるでしょうから!!」
何か狙いがあっての事かとジェイクが警戒をするよりも早く、ケルドファンはその理由を答えた。
ジェイクの中で一つの答えが浮かぶ。
この小僧は、脳筋か、と……。
「こちらにいる間であれば、教える機会があると思うが……我らも長くこちらに居る訳ではないからな……」
「そう、なのですか……」
ジェイクは、無難な言葉で断りを入れる。
それにケルドファンは、残念だとばかりに項垂れた。
そんな息子に王妃は、軽く笑い声をあげる。
「あらあら、ケルド。フラれてしまったわね」
「母上……」
「仕方ない子、ね。あぁ、そうだわ! これも何かの縁ですものぜひ我が宮殿にしばらく滞在していただいて剣狂、魔狂のお二人の冒険譚をぜひお聞きしたいわ。ねぇ、あなた」
「あぁ、そうだな。わしもぜひ聞きたいな」
とってつけたように宮殿に滞在話を持ち出した王妃に話を振られた王が大仰に頷く。
面倒なことになったとジェイクが思案していると、横で流れを見ていたゼスが口を開いた。
「大変申し訳ありませんが、僕は遠慮させていただきます。娘のこともありますし」
「あー、確かにそうだな。アリスの体調が良い時ならまだしも、ついさっき倒れたばかりだからな」
「えぇ」
何かを察しているらしいガルーシドがゼスを援護し、話しが流れかけたところでまたも王妃が水を差す。
「あら、それなら余計に滞在していただいた方がいいわ。だって、お嬢様を見たのはオグスですもの」
舌打ちしそうになるのをぐっと堪えジェイクは、顎を撫でる。
私やゼスだけなら王宮へ滞在しても問題ない。だが、アリスは……無理だな。
アリスの目を見られれば、間違いなくこの女はアリスを欲するだろう。
近づけたくはない。仕方ない。あれを切るか……。
ジェイクが切ろうとしている切り札は、インシェス協定と呼ばれるものだ。
ジェイク自身、いつできたのかさえ知らない。
インシェス家は、代々どこか突出した者が多い。
ジェイク本人もそうだが、ゼスもアンジェシカもフェルティナも。
アンジェシカとフェルティナは嫁だが……。
ジェイクの父も母もそうだ。
インシェスの家名を持つご先祖たちが、過去に一人でもしくは一族でインシェスに対して戦を起こした国を潰したのは確かだ。
畏怖や脅威を感じる国もあれば、力を欲して利用しようとする国もある。
そうして、長い月日が経ちある事件が起きた。
この大陸を欲したある国の王がインシェス家の力を求めて、インシェス家の生まれたばかりの子供を攫い殺したことが始まりだ。
子供を取り返そうとするインシェスの者たちの目の前でその子供はむごい殺され方をした。
それを見てしまった子供の両親は怒りに我を忘れ、暴走。
一族の者たちは嘆き、悲しみ復讐を誓った。
その戦いはひと月以上も続く。
インシェスと国の戦いは、血を血で洗う戦いとなってしまった。
その結果、国王だけではなく、加担した者の一族郎党を惨殺することで決着する。
勿論、国民に対しての殺戮行為はしていない。
だが、王の命を受けインシェスに向かってくる者たちはそうはいかない。
動けなくするため全ての騎士、兵士、民衆の四肢を切りつけたり、魔法で打ち抜いたと言う。
二度とこの悲劇が繰り返さないよう当時のインシェス当主は、各国へ声明を出した。
『インシェスは、中立である。いかなる国にも与しない。我が一族に手を出すのなら、国が沈むと心せよ』と――。
この声明後、大陸にある全ての国が会議を行い、以後インシェスに対して決して武力を、知恵を、物を、人を決して強要しない事を決めた。
それが、インシェス協定だ。
ちなみにだがこの大陸に存在する国々は、王位につく者のみに王自身が口伝で伝える掟である。
「国王陛下並びに王妃様。せっかくのご温情痛み入りますが、我らインシェスの名を持つものが一つの国の王宮に滞在することはできません。理由は国王陛下もご存じでしょう?」
「インシェス協定か」
「左様でございます」
「王妃、諦めよ。インシェス家の者たちに何かを強要する事、相ならぬ」
「あなた……」
「よいな?」
「はい」
インシェス協定の話を持ち出されてしまった王は、王妃に対して理由を告げることなく話を切り上げた。
静まり返った室内で、ジェイクはインシェス協定のありがたみをヒシヒシと感じていた。
王もまた大事にならず済んだことを心から安堵していた。
「じゃぁ、私少しアリスの様子見てくるよ」
「あぁ、そうしてくれ。アリスが起きたら帰ろう。あぁ、そうそう剣術の指南はしよう。だが、日にちはそう長くは取れない事だけは理解して居て欲しい」
「はい! ありがとうございます」
フィンが耳打ちで伝え、ジェイクが答えゼスが頷く。
ついでとばかりにジェイクは、剣術を教える約束をする。ただし、数日だと言う事を付け加えて。
フィンが出ていき、一分後――クレイがバンッと扉を開き「アリス、元気だ!」と、発言してしまい室内は微妙な空気で満たされた。




