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王都編――兄の心、妹知らず

アリスが瞼を開くとそこは、見知らぬ室内――いや、天井だった。

天蓋付きのベットに寝た記憶がないアリスは、左右を見回してほっと息を吐く。


『アリス、起キタ。フーマ、心配』

『フーマ……ありがとう』

『おぉ、アリス起きたか……かなり魘されとったが大事ないか?』

『うん。大丈夫……夢は覚えてないけど、凄く嫌な夢だった気がする……』

『アリスー! アリス、アリス、アリスー!!』


 突進してくるモフモフ(ユーラン)にアリスは、顔面を撫でまわされる羽目になった。

 

『ちょ、ゆ、ゆーらん、お、落ち着いて―!』

『ほほほ、愛されておるのう』

『ベノンさん、落ち着いて観察してないでユーラン止めてー!!』

『フーマモ、フーマモ』


 フーマも加わりモフモフが二倍に増量されたアリスは、必死に二人を掴もうとするが中々つかめない。

 と、そこへ「アリス、大丈夫か?!」と、クレイの声が聞こえる。


「クレイにぃ、お願い二人をどけてー!」

「…………アリス、すまん。俺には見えん! 自力で頑張ってくれ」

「ぐふっ」


 クレイに助けを求めたもののアリスがどかして欲しいユーランとフーマは、姿を見せているわけではないため助けることができなかった。

 これは落ち着くまでで諦めようとアリスは体の力を抜く。

 柔らかな毛がアリスの顔をうりうりするのも悪くない。

 そうアリスが思い始めた頃、漸くベノンが二人を諫める。


『ほれほれ、アリスが困っておるから、大人しくするんじゃ。嫌われたらいやじゃろう?』

『嫌だから、大人しくするー』

『フーマ、大人シクスル』


 遅いよ! と、突っ込みを入れたいところだが、アリスにとっては天国だったため止める。

 ゆっくりと身体を起こし、部屋を見回したアリスはクレイ以外の四人が居ない事に気付いた。


「あれ? おじいちゃんたちは?」

「あぁ、皆ならこの先の応接室でお茶飲んでるぞ」

「そうなんだ……」


 徐にアリスの側に座ったクレイがアリスの額に掌を当てる。

 予期しないクレイの行動にアリスは、一体何を……と、身体を強張らせた。


「熱は無いな。もうどこも気分悪くないか? 身体は、ちゃんと動くか?」


 クレイにぃは、あの人じゃないのに……。

 あの人って誰? 姿も顔も、何も思い出せない……。

 私、何か大切なことを忘れてる?

 分からない。考えようとすると靄がかかって、頭が痛い。

 

「おーい、アリス」

 

 頭を振るアリスをクレイが呼ぶ。

 その顔には明らかに心配と書かれており、アリスはクレイにギュッと抱き着いた。

 アリスの手が震えていることに気付いたクレイは、何も聞かずアリスを抱きあげ膝に座らせ抱きしめた。


 クレイにぃ、ありがとう。でも、ちょっと強すぎるよ?

 

 フェルティナとは違い、リズム感最悪な感じでトントンとクレイがあやす。

 必死にやってくれている事がわかったアリスは、クレイを見上げた。

 クレイの顔が、どこか恥ずかしさを堪えているように見えてついつい「ぷっ」と噴き出す。

 

「笑ったなー!! 俺が一生懸命あやしてやってんのにぃー」


 アリスが噴き出した瞬間、クレイがアリスをベットに放り投げ、馬乗りになると全身を擽りだした。


「ちょ、ああ、そこはダメー! あははははは、くすぐ、あはははは。もう、クレイにぃ止めてー!」

「ごめんなさいは???」

「あははは、ごめ、くれ、にぃごめんなさいー」


 元気な笑い声をあげながらアリスが、クレイに謝ればやっと擽りを止めて離してくれた。

 

「……それで、アリス。なんでいきなり過呼吸なんて病気になったんだ?」

「過呼吸??」


 突然問われ、アリスは首を傾げる。

 自分に過呼吸なんて病気あっただろうか? と、考え訓練場でこの国の王子と思われる男性を見てしまった事を思い出した。

 

「どうした? 顔色が悪いぞ?」

「……な、なんでもない、よ」


 アリスは、自分がどうして過呼吸を起こしてしまったのか察した。

 けれど、その状況をどう説明すればいいのか分からないため口ごもる。

 そんな妹へクレイは、しょんぼりした顔で「ごめんな。嫌な事聞いたよな」と謝った。


「ち、違うの! クレイにぃたちが悪いわけじゃないの。ただ、ただ……ね。私、が、きら……」


 ――嫌いなだけ。でも、なんで嫌いなんだろう? どうして、私は王子だけが嫌いなの?

 靄がかかったみたいに、思い出せないの。嫌いな理由が……わからないの。


 ポンと頭に手が置かれ、アリスは考えていたことを中断させて顔をあげる。

 視界に映るクレイの顔が、優しく微笑んでいた。

 

「アリス、言いたくない事は言わなくていい。元々アリスを王族に近づける気はなかったのに、あの王子をアリスに近づけちまった。俺とフィンにぃの落ち度だ」


 二人が悪いわけじゃない。それは、アリスにも分かる。

 だから、必死に頭を振って否定した。

 アリスの意思が分かっているのかいないのか、クレイはニヤッとした笑みを浮かべる。


「守ってやるから、無理するな。今は聞かない。でも、いつか話せよ? お前の秘密」


 と言うと、クレイは右目を瞑りウィンクをして見せた。

 

 いつか、か。いつか、この気持ちの事を皆に話せるといいな。

 気持ちが軽くなったアリスが、そう考えていると部屋の扉からフィンが入ってくる。


「アリス、起きてたんだね。……クレイ、アリスが起きたら知らせに来るんじゃなかったのか??」

「げっ、わ、忘れてた!! ちょ、と俺、じいちゃんたちのとこ行ってくる」

「はぁー。お前は、まったく」


 やらかした感満載と言った様子で部屋を出て行ったクレイに代わり、フィンがアリスの元へ歩み寄る。

 アリスの顔色を見て、頭を撫でたフィンはどこか安堵した様子で座った。


「具合はどう?」

「もう、大丈夫だよ! フィンにぃ、心配かけてごめ――」

「謝らなくていいよ。不注意だったのは私の方だから」

「え?」


 不注意ってどういう事?と、アリスの顔に書かれているのを見取ったフィンは、くすっと笑い説明してくれた。

 

「アリスが王子――と言うか金髪碧眼、もしくは金髪に対して危機感を持ってるのは知ってたよ。洗礼の次の日だったかな? あの時の男の子がそうだったからね。できるだけ近づけないようにしようと思ってたんだけど……あの人――第一王子殿下が、勝手についてきちゃって……気づいたら後ろにいたんだ」

「そんな前から……」

「うん。まー、アリスわかりやすいから……」


 な、なんだってー! 私、そんな分かりやすい行動してた?

 いやー、バレてたなんて……そんな、そんな……。

 

 ショックのあまり、アリスはその場で五体投地したい気分になった。

 

「そんなショックだって顔しなくても……ぷぷ」


 フィンの口から予期せぬ笑い声が漏れる。

 ブスっとしたアリスがフィンを見上げれば、フィンの肩が震えていた。

 しかも、アリスから視線を逸らし、どこか遠くを見つめている。


「フィンにぃなんか、嫌い!!」


 フンと鼻を鳴らしたアリスは、布団をかぶると芋虫のように丸まった――。

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