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王都編――それぞれの戦い

6/2は、お休みさせていただきます。

 一際大きな歓声あがり、アリスは修練場へ視線を向けた。

 そこにはアリスが、会いたくない相手だと思った兜の騎士とフィンが立っている。

 

「えぇ!! なんでフィンにぃが、王子と!!」

「ん? アリス、どうしてあの兜が王子だと分かるんだい?」

「それは、凄く嫌な感じが――。あぁ、いや、ううん。何でもないの。ただ、何となくそう思っただけで……」


 興奮していたアリスは、口を滑らせてしまう。

 耳ざとくアリスの言葉を拾ったゼスの問いにしどろもどろに答え、話しを逸らそうとするも良い言い訳が思いつかず尻すぼみに言葉をのんだ。


「まぁ、アリスの言う通り、あれは多分王子殿下だろうね」

「パパはどうしてそう思うの?」

「あの鎧と兜だよ。どう見ても一介の騎士が持てる代物じゃない」

「ミスリル……」

「そう。アリスも鑑定持ちだから見分けられたんだね」

「あ、あはははは、うん。そうだよ!」


 フィンと剣を交える騎士の鎧が、きらりと青銀に光ったから分かっただけ……とは言えないアリスは、笑って誤魔化す。

 最近、色々と駄々洩れで不味いとは思いながら、アリスは二人の戦いに注視する。

 

 アリスから見て左に一度ったフィンは、悠然と剣を構え隙なく兜騎士を見つめている。

 一方の騎士は、身を引いて腰を落とし、剣を正面に構えている。

 互いに間合いを測るような状態にアリスの喉が鳴った。


 アリスの手が伸ばされたのと同時に王子が動く。

 フィンに向かい走る。速度はかなり早いが、ガルーシドたちのように見えないわけではない。


「あれでは、な……」


 ぽつりと零されたゼスの声に反応したアリスは、ゼスへ顔を向ける。

 キャー! と、悲鳴にも似た声が複数上がり、アリスは急いでフィンたちの方へ視線を戻した。

 王子が片膝をつき、剣を落とす。

 

 アリスが視線を外したのはほんの一〇秒程度、僅かな間でフィンは王子を打ち取っていた。

 

「凄い!! フィンにぃ凄いよ!」

 

 興奮したアリスは立ち上がり、めいっぱい手を叩く。

 それにフィンが軽く手を振り返し、剣を納めると一礼してその場を後にする。


 少し離れた別の場所では、クレイが騎士と戦っていた。

 剣を構える騎士は、クレイより一回り大きい体躯をしている。


「クレイにぃ、短剣だけど大丈夫かな?」

「正攻法じゃ難しいけど、騎士相手なら多分余裕だよ」


 ゼスの言い分にアリスは首を傾げる。

 

 一体どういうことなの? 短剣と両刃の剣じゃ長さ違うし、クレイにぃが振りだよ。

 それなのにパパは、相手が騎士だから余裕とかいうし、意味わかんない……。

 ま、とにかくクレイにぃがケガしなきゃいい、か。


 アリスがゼスの言葉を考えているまに、クレイと騎士の戦いはクレイの勝利で決着していた。

 押し倒された状態の騎士にクレイが馬乗りで乗っている。

 クレイの右手には短剣があり、それは騎士の首筋に当てられていた。

 短剣を腰に直したクレイが騎士から降りて、立たせると一礼してその場を離れる。


「いえーい。アリス、俺つえーだろー!」


 こちらを見ながらクレイが大声で叫ぶ。

「誰よ」、「何あの子」などと言うひそひそ声――結構大きな声がアリスの耳に届く。

 クレイのせいで注目を集めているアリスは、恥ずかしさのあまり素直に褒められない。

 やめてーと心の中で叫びつつ引き攣った笑顔を見せたアリスは、なんとか片手をあげ手を振り返した。


「パパ……帰りたい」

「まぁまぁ、ほら、ついにおじいちゃんたちが戦うみたいだよ」


 アリスは何とも言えない顔で、ゼスの指を追って広場へ視線を移動させた。


 沢山の騎士たちが戦っていたはずの広場に、今はジェイクとガルーシドの二人しか立っていない。

 ないだ柳のように静かに立つジェイクを、不敵に笑うガルーシドが見つめている。

 辺りには緊張感が漂い、誰しもが息をのむ。


「それでは、初めてください」 


 二人の間に立った騎士が片手をあげて、開始を宣言すればガルーシドが踏み込みジェイクへ向かって走る。

 瞬く間にジェイクの懐へ入ったガルーシドが、鳩尾を狙い右手を振るう。

 が、ジェイクに柄で往なされ軌道を逸らされる。

 それを見越していたガルーシドは、左足でジェイクの足を払おうと足を出す。

 両足で軽く飛びのき、足払いを避けたジェイクが刃をつぶした剣を抜きガルーシドの肩口を狙う。

 互いに譲らない応酬が続き、徐々にアリスの目では追えなくなっていった。

 

「……み、みえない」

「大丈夫だよ。僕にも見えないから……。この場で見えてるとすれば、フィンとクレイだけだろうね」

「え! パパも見えないの?」

「うん。僕は魔法使い。父さんは剣士、職業的に全く違うからね……アハハ」


 確かにパパは魔法使いだけど、魔法とかで見えたりしないのかな? 

 見るためだけに魔法を使うのもどうかとは思うけど……。

 音はするけど、本当に見えないんだよねー。


 これは困ったぞと言わんばかりに腕を組んだアリスは、どうにか見えないかと広場を見つめた。

 と、そこに戦いを終えたフィン、クレイが戻る。

 広場を見つめていたアリスは、見逃していた。

 二人の後ろに、この世で一番会いたくない相手がいることに。


「アリス、見てたかー? 俺の戦い! 凄かったろ?」


 上機嫌のクレイがアリスの横に座り声をかける。

 そこで初めて二人が戻ったことに気付いたアリスは、広場から二人の方へ向き直り固まった。


 な、なんでこの人がここにいるの!! 嫌だ。怖い、ここに居たくない。

 側に来ないで、私、また死にたくない。

 もう二度と……。

 

 王子然とした紅い瞳に見つめられたアリスの全身から汗が噴き出す。

 身体が震え、動悸がが激しくなり、息がうまく吸えなくなる。

 なんとか、息をしようと必死に口をハクハクさせるが吸えないアリスは、短く呼吸を繰り返す。


「ハッ、ハ、ハ、ハッ」

「アリス?」

 

 アリスの異常にいち早く気付いたゼスが、アリスを呼ぶがアリスは答えることができない。

 とにかく離れたいと伝えたいアリスは、ゼスの腕を力いっぱい掴み胸に顔を押し付けた。


「おい、大丈夫か?」

『アリス? アリス!!』

「アリス、どうした?」

『アリス、変。ドウシタ?』

『おーいアリス、大丈夫かの?』

「アリス、返事をしてくれ、アリスー!」

『ベノンじいさん、何のんびりしてるの! アリスが、アリスが死んじゃうよ!!』

 

 アリスの意識が遠のいていく中、聞こえた最後の声は「誰か医者を!」と言う、ゼスの悲痛な叫び声だった――。

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