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王都編――三人目の仲間

「用事も済んだことだし、屋敷に戻るか」と言うジェイクの言葉で、アリスたちはその場をはなれることになった。

 小さくなったベノンは、アリスの手首に巻き付き一緒に来ている。

 王城に戻るのかと憂鬱になったアリスは、ベノンとユーラン、フーマの会話が陰鬱な気分を吹っ飛ばした。

 

『じゃぁ、ベノンじいさんは一〇〇〇年ぐらい生きてるってこと?』

『ほほほ、そうじゃのー。それぐらい生きとるかもしれんのー』

『ボクもそれぐらい生きたら、ベノン爺さんぐらい大きくなれるかな?』

『なれるとも、なれるとも』

『やったー』


 可愛い会話が続きあっという間に王城へ戻ったアリスたちは、入口で待っていたガルーシドと合流する。

 ガルーシドは、アリスを抱き上げると嬉しそうに笑む。

 騎士たちが幽霊でも見たかのように驚きの声をあげるが、それに構うことなくガルーシドはアリスをむぎゅむぎゅと抱きしめた。

  

「アリス無事だったか! 良かった。さぁ、爺ちゃんの職場にいこうな!」

「ガルおじいちゃん……痛い。少し弱めて!!」


 力加減が分かっていないガルーシドを何とか宥めたアリスは、抱き上げられたまま頼んだ。

 一体どこに連れて行かれるのだろうと、不安になったアリスはガルーシドに問うた。


「爺ちゃんの職場と言えば、修練場だ! 爺ちゃんのカッコイイ姿を見て欲しいからな!」

「ナルホドネ……」


 アリスは何とも言えない気分で、返事をする。

 修練場……。私としてはこんな所に長くいたくないから、早く家に帰ってしまいたいところなんだけど……。

 ベノンさんにも果物あげたいし、家に帰っておばあちゃんに頼まれたお菓子も作りたいし。

 どうにか帰れる方法は無いだろうか?

 あ、この顔は無理だよね……。


 グダグダと考えていたアリスを諦めさせるほど、今のガルーシドは上機嫌だった。

 がっくりと項垂れたアリスは、仕方なく連行されていく。


 修練場は、王族が暮らす建物から南へいった広場にあった。

 広場は四方を五〇〇メートルごとに区切られている。

 区切られた広場ごとに各騎士団が、訓練を行っているそうだ。

 広場の側にある、五階建てぐらいの石造りの塔があった。

 そこは各騎士団の団長や事務員さんたちの詰め所だとガルーシドは教えてくれた。

 

「騎士団って一個じゃないの?」

「フェリス王国は、五個の騎士団と二つの近衛騎士団があるぞ」

「そんなに騎士団があるんだ」

「まーな。第三騎士団(うち)は俺が団長だから、獣人が多くてなフロンティアと呼ばれている」

「へ~」


 フロンティアの意味ってなんだっけ? えーっと、確か……開拓とか、国境線とか……。

 それがなんで、騎士団の名前なの? 意味が分からない。

 ま、いいか……聞かなかったことにしよう。


 考えようとして意味不明であると結論を出したアリスは、スルースキルを発動させた。

 と、丁度いいタイミングでガルーシドが足を止める。

 

「よし、着いたぞ! アリス、ここで見てろ! 爺ちゃんがカッコイイ所見せてやるからな!!」

「ア、ハイ」

「さて、行くか」

「俺も!」

「じゃぁ、私も」

「僕は、アリスと留守番してるよ」


 ゼス以外の全員がやる気満々と言った様子で訓練場の中央へ進んでいく。

 その背中を見送りながら、アリスはある方向へ視線を向けた。


 先ほどから入口左の方で、キャアキャアとご令嬢と思われるドレスを着た女性たちが黄色い声をあげているからだ。

 アリスは令嬢たちの視線を追って、銀の鎧を身に着けた一人の騎士に注目する。

 剣を握るその騎士は、身長が一七〇センチほど、体格は鎧で分からない。

 髪も目も兜のせいで見えないが、どう見てもアリスが会いたくない人物のようだ。


「はぁ……帰りたい」

「まぁ、アリスそう言わないでおじいちゃんたちを見ててあげようね?」

「パパは、いいよね……」


 お気楽で、とは言えず言葉を濁したアリスはフードを深くかぶり直すと訓練場へ視線を投げた。

 ジェイクとクレイ、フィンが柔軟運動のような屈伸をしている。

 ガルーシドは、訓練をしていた騎士を相手に殴り合いを始めていた。


 ガルおじいちゃんって、素手派なんだー。痛くないのかな? 

 あれ、どこ? 音はするのにガルおじいちゃんと騎士さんが見えない!!


 音がする方を見るがやはりガルーシドの姿は無い。

 首を一生懸命左右へ振るアリスの後ろで、ゼスはくすくすと笑っていた。


「パパァー?」

「いや、ごめん、ごめん。アリスが角ウサギみたいで可愛くてつい。あはは」


 笑うゼスにジト目を向けたアリスは、ぷいっとそっぽを向いた。

 

『アリス、お願いがあるんだけどー』

『どうしたのユーラン』

『あのね。ボク、マンゴーをベノン爺さんに食べさせてあげたいんだ! ダメかな?』

『いいよ。少し待ってね』

『わーい』

『いいのかのう。わしが貰ってしまっても……』

『ベノンさんも気にしないで沢山食べてね』


 見えない物は仕方がないと、諦めたアリスはユーランたちに答えてメディスンバックからマンゴーを取り出した。

 三人が食べやすいよう一口大に切ったマンゴーを、アリスは皿に乗せ横に置く。

 

『ほう、これは、これは……まっこと美味いのう!』

『でしょう! ボク、マンゴー大好きなんだー』


 一口大と言っても今のベルンにはかなり大きいサイズだ。

 それを丸のみにしようとする姿が可愛くて、ついついアリスは声を出して笑った。

 ひとしきり笑い終えたアリスは、ベノンが食べやすいよう小さくマンゴーを切り直す。


『これでとうかな?』

『おぉ、これならばわしでも食べやすいわい』

『良かった。沢山食べてね』

『ありがとうのう。とても美味しいよ。お返しと言ってはなんじゃが、わしと契約すると言うのはどうじゃ?』

『へ?』


 突然の契約申し入れにアリスは、気の抜けた声を出す。

 

『ほほほ、嫌かのう?』

『い、いやじゃないです! でも、いいの? ベノンさんやっと自由になれたのに……』

『構わんよ』

『じゃ、じゃぁよろしくお願いします』

『では、わしにも名前をくれるかの?』

『えぇ!! ベノンさんはベノンさんでしょー?』

『その名は、わしの以前の契約者が付けた名じゃよ』

『それは、そうだけど……でも……』


 以前の契約者と言う言葉を聞いたアリスは、ベノンが二度目の契約なのだと知る。

 アリスがその事実を知ったからと言って、別に嫌な気分になったわけではない。

 ただ、以前の契約者がつけた名前をそのままではなく、新しい名前を付けろと言うベノンに困惑したのだ。


 ベノンさんはいいのかな? 前の契約者さんがせっかくつけてくれた名前だし、前の人との思い出とか大切じゃないの?

 名前を付け直すのは……なんだか、違う気がするよ。


『ベノンさん。私は、ベノンさんにはやっぱりそのままベノンって言う名前を使って欲しいって思うよ』

『ほほほ、アリスは優しい子じゃな』


 スルスルとアリスの腕から離れたベノンは、ふわりと浮かびアリスの眼前へ移動する。

 そして、アリスの額に自身の頭部にあるイエローダイヤのような色合いの宝石を押し当てた。


『わしは、地の精霊ベノン。そなたを守り、そなたに富を齎す者。以後よしなに』


 ベノンの言葉と共に、アリスの身体を優しくも力強く包むような魔力が通り抜ける。

 懐かしい雨上がりの土の匂いが、アリスの鼻孔を擽った。

 

 契約が終わり、ベノンが何事もなかったかのようにマンゴーを食べ始める。

 それを眺め、目を細めたアリスの前にフーマがマンゴーを持ったままふよふよと浮かぶ。

 そして、アリスの口へ食べかけのマンゴーを差し出した。


『アリス、食ベル。オス()ワケ』

『おすそ分けしてくれるの? ありがとう』


 にっこり笑ったアリスは、あーんと口を開け食べさせてもらう。

 アリスが美味しいと褒めたばかりに、気を良くしたフーマに次々マンゴーを放り込まれるとは知らずに……。

 

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