リルルリア編――野営地にて
あの話し合いから三日後。
インシェス家全員で、リルルリアの街の入口付近へ転移した。
勿論、転移の魔法を発動したのは魔狂の二つ名を持つゼスである。
リルルリアは、この世界でも珍しい場所にある。
直径三〇キロ、高さは不明――雲をも突き抜ける大木の枝を繋いで作られた街だ。
町並みのいたるところに枝から枝へと渡るつり橋がかかり、枝ごとに役所、学校、冒険者用、住民用と区分けされている。
「うわぁぁぁぁ! 凄い!」
ファンタジーならではの街並みを見上げたアリスは、弾んだ声をあげ喜びを表した。
その様子にリルルリアを推薦したクレイとフィンが、誇らしそうな顔をする。
「ほら、アリス! 野営の準備するから、フィンたちのから離れないようにね」
「あ、うん!」
フェルティナに手を引かれ、街の入口近くへ移動したアリスはフィンとクレイの手を握った。
野営の準備を進めるジェイクとゼス、フェルティナを見ながら不思議に思った事を問う。
「ねぇ、なんで野営するの?」
「それはね、一度に運べる人数が少ないからなんだ」
「ふーん」
簡単すぎて答えがよくわからないと、首をひねったアリスはまぁいいかと思考を投げる。
到着した直ぐは街並みと言うより大木に驚いくあまりて見えていなかったが、野営地――リルルリアの入口付近は、沢山の人でごった返していた。
長い尻尾と猫耳だ……かわゆす!! 獣人さんだー。あ、あの人は角が生えてる。亜人さん? 凄い可愛いドレス着てる。多分、貴族様かな? ずんぐりむっくりに髭! ドワーフだぁ!!
初めて見るエルフ以外の種族に、アリスの鼻息がフンスフンスと鳴った。
「アリス、フードちゃんと戻して」
興奮しているアリスを諫めるようにフィンが、アリスの前に屈むとフードを元の位置に戻す。
リルルリアに来る前、理由も何も言わずアンジェシカがアリスに着せたフード付きのローブだ。
「フィンにぃ、これとっちゃだめ?」
「ダメ」
「アリスを守るためだから、宿に着くまではダメだぞ!」
フードで良く見えないから、脱ぎたいとアリスは心底訴える。
だが、いつもはあまりダメと言わないフィンとクレイが、同時にダメだと首を左右に振った。
不承不承な様子でアリスは、アンジェシカが用意した焚火のそばに座る。
野営の準備が終わったら、今日は作り置きの夕食――しっとりと蒸したコカトリスの肉とサラダを挟んだパンを食べる。
ご飯の時に飲むお茶でも用意しとこう。
暇を持て余したアリスは、フェルティナの魔法の鞄を漁った。
夕飯を済ませ満腹になったアリスは、両親と同じテントへ入る。
ゴロンと横になり、フィンの簡単な答えじゃ理解できなかったことを改めてゼスに問うた。
するとゼスは、魔法使いの観点から考えたとても詳しい話をしてくれた。
曰く、旅人が使えるリルルリアへの入口は東西南北の四か所しかなく、街に入るためには魔法陣が書かれたポータルに乗らなければならない。
しかし、戦争などを回避するためポータルは一度に三〇人しか乗れない規定になっている。
更に、ポータルを起動させる魔力量が半端なく、日に運べるのは精々二〇回が限度だ。
そのため身分関係なく順番でどんなに朝早くから並んでも、その日の内に順番が来ることは無い。
ただし、居住を認められた住民は別で、専用のポータルがあるらしい。
「そうなんだー。魔法使いさん大変だね」
「魔力が枯渇するまで毎日、同じ作業だから辛いだろうね。でも僕としては、ここのポータルの魔法陣が古すぎるせいだと思うけどね」
これは、長い話になるぞと、アリスの直感が告げる。
そして、それは見事に当たり……。
「魔法陣は、何度見ても無駄が多すぎる。もう少し転移陣の構築における魔力の量を――」
専門的な内容を二時間近く熱く語るゼスの声が、アリスにとってはいい感じの子守歌になり始める。
徐々に降りてくる瞼に抗いながら、アリスは眠りの世界へ旅立った。
周りの人たちの物音で目覚めたアリスは、朝かぁと気だるげに半身を起こす。
思いっきり腕を伸ばし、背伸びをすればポキポキっと音が鳴る。
ベットになれているせいか初めて野営を体験したアリスの身体は、酷く硬くなっていた。
横ですやすや眠るゼスを恨めしく思いながら、起こさないよう布団を抜け出したアリスはテントを出る。
「あら、アリス起きたのね。今日は少し冷えるから、こちらへいらっしゃい」
アリスの姿を認めたフェルティナに手招きされたアリスは、素直に従い、フェルティナの隣に座った。
すると直ぐに清涼感が、アリスの身体を舐めるように取り巻く。
寝起きのアリスは、パチパチと目を瞬かせた。
そして、フェルティナが、生活魔法——浄化を使ってくれたのだと思い至る。
「ママ、ありがとう。おじいちゃん、おはよう」
「アリス、おはよう」
「ほら、アリス身体が温まるからミルクティー飲みなさい」
アリスがジェイクに朝の挨拶をしているとフェルティナからカップを差し出される。
それを受け取り、ふぅふぅと息を吹きかけ冷まして啜った。
次の瞬間、アリスの可愛らしい顔が何とも言えない表情に歪む。
茶葉が濃すぎて、これじゃ毒茶だよ……ミルクの味なんか、全然しないし。苦すぎて飲めない……よ。
折角入れてくれたのに……ごめんなさいと謝りながら中身を捨てる。
はぁ、と一つ息を吐いたアリスは、フェルティナの肩を叩く。
フェルティナは、アリスの方へ顔を向ける。
「ま、ま……これダメ……」
「あら、ダメだった?」
「飲めない……私が入れるから、ママは座ってて!」
いそいそとお湯を沸かすアリスの横で、同じカップを持っていたジェイクが同じようにカップの中身を捨てる。
そして、作った本人であるフェルティナもカップの中身を捨てた。
フェルティナ自身、殺人的に料理がまずいと自覚している。
それゆえ、アリスがダメだと言うのなら飲めないと、捨てたのだ。
「ママ、お茶の葉とポットちょうだい」
ジェイクがコップに浄化をかけている間、アリスはフェルティナに茶葉とティーポットを出して貰う。
ティーポットに紅茶のような茶葉を、スプーンで三杯分入れた。
お湯は、ジェイクが注いでくれる。
煮だしすぎないように気を付けながら、じっくりじっくり待つ。
そうしている間に、フィン、クレイ、ゼス、アンジェシカが起きてきた。
「アリス、おはよう! 今日も可愛いなぁ」
「おはよう。アリス」
「おはよう」
クレイにうりうりと顔を寄せられたアリスは、朝から何言ってんのと苦笑いを浮かべる。
クレイの行動を呆れたように見たフィンは、アリスからクレイを引きはがすと自分の膝の間に座らせた。
ムッとした様子で、フィンを睨むクレイ。
そんなクレイを無視したフィンは魔法の鞄から朝食――生野菜湯で野菜と共に、ファイアーボアの肉をエスニック風味のそぼろにして、クレープで巻いたものを皆に手渡している。
人数分のカップにお茶を注ぎ、ミルクを入れる。
まだ子供舌のアリスは、自分だけハチミツを追加しておく。
「さぁ、食べようか」と言う、ジェイクの言葉に、一斉にみんなでルールシュカ様へ感謝の祈りを捧げる。
祈りが終わり、アリスが顔をあげるとクレイが一口で半分ぐらいクレープを頬張った。
「おぉ、これ、うまい!」
「今日のは食べやすいわね~」
「うん、これならいくつでも食べられそうだ!」
「美味しいね~」
「少し、ピリッとしてるけど、独特の香りがいいアクセントだわ」
クレイ、フェルティナ、ジェイク、ゼス、アンジェシカの順で、口々に感想を述べる。
頑張ってハーブソルトとマヨネーズを作って良かったと、アリスは自分を自分で褒めた。
だがその気持ちも、直ぐに消える。
いつも以上に消費速度が速い。見れば、無言でがっつく家族たち。
流石に食べすぎじゃ……? と、アリスは口元を引きつらせていた。
両手でクレープを抱えたフィンが、夢中でクレープを頬張っている。
右、左、右、左と永遠と繰り返す。
フィンの中でこのクレープはヒットしたらしいとアリスが理解したのはフィンが、二〇個のクレープを胃袋に納めた後だった。