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王都編――救援要請①

 アリスとフィルティーアが市場で買って来た物は、男性使用人の手によって公爵邸の台所へ持ち込まれた。

 まず出されたのは果物を五種類――マスカット、リンゴ、オレンジ、バナナ、マンゴーっぽい見た目の梨。

 次に野菜――メルクル、見た目ナスっぽいキュウリとレタス、トマト、バジル。

 大量の卵、牛乳、砂糖、小麦粉、チーズ、ブラックペッパー、塩、オーク肉。

 後は、黒パンと白パン、カンパーニュっぽいパン。


 アリス的には、パンは手作りで! と、思っていたのだが、当日かなり忙しくなると言うメイドの言葉で購入することにした。

 サンドイッチは、パーティー用にロールにしてカンパーニュをくりぬいてその中に入れるつもだ。

 余ったカンパーニュの中身は、乾燥させておけばパン粉になる。

 それを使ってトンカツを作ろうとアリスは考えた。


 他に足りない物は、多分キッチンにいる料理人さんに言えば出てくるはずと信じて、三日後の朝から料理をすることにした。


 その日の夕食は、フィルティーアに頼まれ神の台所で作ったサンドイッチの試食会になった。

 具材は、四つだ。

 シーマカレルのマヨネーズ和えとキュウリ。

 卵をつぶして塩コショウ、マヨネーズで和えた物。

 ローストビーフとチーズ、レタスを挟んだ物。

 レタスとトンカツを挟んだ物。


 キッチンさんに頼み、薄くスライスして貰ったパンに具材を挟み耳を切り落とした物を出す。

 

「あら~! これ、凄く美味しいわね~!!」

 フィルティーアのお気に入りは、シーマカレル。


「ピリッとした肉が良いな! こっちはサクッとしていて美味い!」 

 ガルーシドは、肉食らしくローストビーフとトンカツ。

 野菜に渋い顔をしていたのは見なかったことにする。


 他の家族はと言えば、全てを黙々と食べている。

 食事時に会話が無くなるのはいつもの事で、美味しければ美味しいほど無言で手だけが動く。

 それを知っているアリスはくすっと笑い、残り少なくなったサンドイッチを自分の皿へ確保した。


 皆大満足と言った状態で夕食が終わり、アリスが部屋に戻ろうとした時――


『アリスぅぅぅ! お願い! 助けて!!』


 丸二日ぶりに姿を見せたユーランが、突然ポンと姿を見せるとアリスに泣きついた。

 柔らかい毛が、顔を塞ぎうりうりと擦り付けられる。

 

『ちょ、っちょと、ゆ、ユーランお、落ち着いて!!』

『アリス、アリス、アリス、大変なんだ!!』


 細長いユーランの身体を両手でつかんだアリスは、力任せにユーランを引きはがすとユーランを見つめる。

 

 とりあえず、まずは落ち着かせなきゃ。

 ユーランがこんなに慌ててるってことは、きっと何か大変なことになってるはず。

 一体何があったのかな?


 心配するとともにアリスはユーランをゆっくりと撫でる。

 太ももの上に降ろされたユーランは、短い量前足をアリスのお腹に当てたままうるうると瞳を潤ませアリスを見上げていた。


『それで、何があったの?』

『ボク、ここに来てから直ぐ、声が聞こえたんだ。『タスケテ』って』

『それで?』

『だから、その声を辿って探してみたら……な、仲間が、ボクたちの仲間が魔法陣の中に閉じ込められてたんだ!! ねぇ、アリス、お願いだよー。べノンじいちゃんを助けて!』


 ユーランが助けて欲しい相手は、ベノンと言う地の精霊らしい。

 でも、とアリスは考えた。


『ユーラン、少し聞いてもいいかな?』

『何? アリスにならなんでも答えるよ!』

『ありがとう。えっとね、どうしてベノンさんは助けて欲しいって言ったの?』


 アリスの質問にユーランは、必死な形相で短い両手を動かし説明を始める。

 ベノンと言う精霊は地下に埋められた神殿のような場所で、何千年も前に作られた精霊を捕らえるための魔法陣に足を踏み入れてしまったそうだ。

 しかも百年ほど前に……。

 その魔法陣が何のために作られたのかは、ベノンもユーランも分からないらしい。

 ただ、ずっと、彼はその場にとどめられてしまっていると言う。

 

 声が聞こえる精霊たちは、何とかして助け出そうとした。

 だが、強い力で魔法陣を壊せば、上に住む人の建物が壊れ、大勢が犠牲になりかねないと言うベノンの言葉に皆力を使えずにいた。

 そこにたまたま――百年後だが……精霊が見え、精霊王の加護を持つアリスと言う存在を知るユーランが現れた。

 ユーランがその場に向かってこんなに時間がかかったのは、人間が張った精霊除けのせいらしい。

 

『でね、ボクにベノン爺さんを助けて欲しいって。皆もベノン爺さんを助けたいって言うんだ。だから……だから、アリスお願いだよー。助けてあげて!』

『なるほどね。私で力になれるなら勿論、助けてあげたいけど……でも……』

『アリス、ダメ? フーマ、助ケタイ』


 自分に何ができるんだろうと不安になり、尻すぼみするアリスの言葉を聞いたフーマとユーランが、揃ってうるうると瞳を潤ませる。

 可愛い仕草で見上げられたアリスは「うぐっ」と喉を詰まらせ、どう解決すればいいのか頭を悩ませた。


「アリス、どうかした?」

「あ、フィンにぃ……」


 アリスの右から心配するようにフィンが覗き込む。

 

「アリス、悩み事か~?」

「クレイにぃまで……」


 何と伝えればいいかと悩んでいたアリスの左から、クレイの手が頭をポンポンと叩いた。


 アリスは、ユーランに『話してもいいかな?』と告げる。

 するとユーランは、肯定するように頷いた。

 アリスはできるだけ、完結に分かりやすく伝えるよう心掛け口を開く。


「実はね……」


 この場には、他の家族たちも揃っている。

 誰かが良い知恵を出してくれるかもしれないと期待して、皆に聞かせるように話したアリスは「どうしたらいいと思う?」と問うとゼスたちへ視線を向けた。


「アリス、ユーラン様はそこにいるかい?」


 難しい顔をしたゼスの問いかけに、アリスは緊張した面持ちで唾を呑み込むと頷く。

『ユーラン』と、直ぐにユーランへ姿を見せるように頼んだ。


『ボクに何か用?』

「まず、ベノン様が囚われた魔法陣の大きさがどれぐらいかわかりますか?」

『うーん』


 短い前足を顎に当てたユーランは、部屋を見回すと「これぐらい」と飛んで見せた。

 その大きさは、アリスたちがくつろぐリビングだ。

 ゼスの質問にユーランが答える問答が続き、皆の眼が真剣身を帯びる。


「最後にですが、ベノン様がいる場所はどこですか?」

『それなら、ここからそんなに遠くないよ』


 そう言うとユーランは、ふよふよふ浮かび上がり、庭へと出る。

 そして『あそこ』と、腕をあげた先にはこの国の王城が佇んでいた――。

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