王都編――秘密の部屋①
翌日、朝早くに目が覚めたアリスは暇を持て余したため公爵邸内を探検することにした。
お供は、フーマだ。
昨日から姿を見せないユーランの事が、心配で気にはなるも用事があるのだろうとその思いに蓋をして待つことにした。
『アリス、コッチ』
フーマの案内でアリスは、公爵邸内を右に左に走り回る。
直ぐに疲れてしまうかと思ったが、意外に楽しい。
知らない道を通り、部屋を勝手に開けては、中を覗き込み勝手に名前を付けていく。
『アリス、ココ風、感ジル』
ふよふよと行き止まりの壁の前で浮かんだフーマが、首を傾げながらアリスに言う。
左右を見たアリスは、通路があるだけで窓が無いことを確認する。
『隠し通路かな? 流石に勝手に入ったら怒られるよね……って、フーマ!!』
アリスがここは止めようと伝えるより早く、フーマが壁に吸い込まれるように消えた。
慌てたアリスは手を伸ばすも間に合わず、一人壁の前に取り残されてしまう。
どうしよう!! フーマが……、助けなきゃ!!
急いで入口を開けるためのスイッチを探し始めたアリスは、床に這いつくばり色々な場所を強く押す。
けれど、どこにもスイッチらしきものはなく。
今度は、壁をぺたぺたと触り始めた。
ここら辺に何か無い? うっ、こんな姿見られたら絶対変な子だって思われちゃう。急がないと……
四つん這いに近い状態で、壁をぺたぺた触る幼女――自分の姿を想像したアリスは、絶対に見られてはいけないと悟る。
落ち着かない気持ちで、人が来ないか周りを見ながら手だけで壁を触っていた時だった――。
不意にガコっと壁が凹み、アリスはそのまま壁に空いた穴の中へ。
「んにゃぁぁぁぁ!!」
前転を繰り返し、勢いよく下へと落ちていく。
『アリス!!』
フーマの声が聞こえたかと思ったその時、アリスの身体が宙に浮き落下が止まる。
ドキドキと早鐘のようになり続ける胸を押さえたアリスは、心を落ち着かせるため柔らかなもふもふの姿を探す。
アリスの側でふよふよと浮かぶフーマは、心配そうな瞳でアリスを覗き込んでいる。
両手を伸ばし、フーマを抱きしめ、その柔らかな毛に顔を埋めた。
『はぁ、怖かった!! フーマが居なかったら……と思うと、まだドキドキするよー』
『アリス、守ル』
『ありがとう』
フーマの毛並みに癒されたアリスは漸く顔をあげた。
『ここどこだろう……。どうやって戻ろう』
辺りを見回し周囲を確認していたアリスは、自分が石壁に囲まれた薄暗い通路のような場所に浮かんでいることを知る。
フーマの力で浮いているが、ここがどこなのかはわからない。
とりあえず、こんな時はご飯を食べよう。フーマには果物を出してあげて……私は、何を食べようかな。
メディスンバックに手を突っ込んだアリスは、シーマカレルとマヨネーズを和え、レタスと卵を入れたサンドイッチを取り出す。
ついでに冷たい紅茶とフーマ用のオレンジを取り出して、床に座るともぐもぐと食べ始めた。
落ち着くためにした行為だが、意外と食は進まない。
どこか分からない場所で落ち着いてご飯を食べることが出来るほど、アリスの神経は太くなかったようだ。
一切れ食べたところで食べるのを止めたアリスは、両頬を叩き気合を入れ直す。
入口があるのだからきっと出口もある! そう思い直すことにしたアリスは、フーマにどっちに行くか相談する。
『アリス、コッチ』
オレンジを抱えたまま飛び上がったフーマは、四つん這いで大人ひとりが漸く通れるほどの通路へ入っていく。
誘われるままアリスも進む。
長年使われていないらしい通路は、薄暗い上、湿気が酷い。
更には、蜘蛛の巣やら埃やらが溜まり、たまに遭遇するドブネズミはとても大きく怖かった。
「うぅ……もう、やだ……帰りたい!!」
『モウ少シ』
泣き言を言いながらそろりそろりと進み、いちいち蜘蛛の巣を手で払うのも面倒になってきた頃――。
漸くアリスは、ある部屋へ出ることが出来た。
上へ手を伸ばせば、ガコッという音を立て天井が浮き上がり移動する。
隙間から覗く光が眩しく感じたアリスは瞼をぎゅっと閉じた。
「……あらあら、どちら様かしら?」
目が慣れた頃、不意に背後から声がかかる。
その声は優し気で嫋やかな老婆の声だったが、人がいるとは思っていなかったアリスは顔を引きつらせながらゆっくりと振り返った。
怒られる! 不法侵入。その上、こんな汚れた格好で!! 泥棒って思われたらどうしよう……何か、何か言い訳を考えないと……。
ダラダラと垂れてくる冷たい汗が背中を伝う。
焦りから声が出せないアリスは、おずおずと顔をあげた。
そして――
「あ、の。ご、ごめんなさい!」
土下座と共にアリスは、正直に謝った。
そんなアリスの瞳を見た女性は、一瞬目を大きく見開くと「いいのよ」と一言告げて微笑みを浮かべる。
そうして、アリスをじっくり見た女性は、困ったような顔をした。
何か、あったのですか? とアリスが問う前に女性はアリスへ答えを告げた。
「あらあら、汚れてしまっているわね。クリーンできれいにしましょうね」
アリスに対してクリーンの魔法を使った女性は、白髪交じりの金髪を緩く上に纏め上げ、華美にならない程度の装飾品を身に着け、藍色のゴシックドレスを纏っている。
他に人がいる様子もなく、女性は独りだ。
「さぁ、こちらにいらっしゃい。お茶でも飲みましょう」
女性の声に誘われ、アリスはゆっくりと席に着く。
失礼にならない程度に見回した部屋は、風景画が多く飾られており、どうみても私室と言った具合だ。
「メリー? メリー、いないの?」
女性が誰かを呼ぶも返事がない。
いつもであれば側にいるのであろう女性は、姿を見せることなく女性は困ったように手を頬に添えた。
「ごめんなさいね。メリ――わたくしの傍付きのメイドなのだけれど、席を外しているみたいだわ。お茶は少しだけ待ってちょうだいね」
「あ、はい。大丈夫です。それで……あの! 私、あ、アリス・インシェスと言います。不法侵入してしまってごめんなさい!」
「うふふ。可愛らしいお客様が来てくれて嬉しいわ。わたくしは、ユリアと言うのよ。訳あって家名は秘密なのだけれど、それでも良ければ是非お友達になって欲しいわ」
おっとりとした口調でお友達になって欲しいと言われたアリスは、何も考えず大きく頷いた。
更に、アリスはメディスンバックから新しく作り直した大福と紅茶を取り出す。
「お口に合えばいいんですけど……」
「あら、これはどうやって食べるのかしら?」
「てづか……いえ、えっと……紙に包んで食べて下さい」
上品な様子を見せるユリアに手づかみでと言いかけ、家族とは違うと思い直したアリスは小さく切った紙を取り出す。
それに大福を包み、ユリアの元へ持っていくとユリアは嬉しそうに受け取った。
大事そうに抱えた大福を一口頬張ったユリアは「まぁ!」と驚きの声をあげ、幸せそうな表情を浮かべる。
それを見取ったアリスは「他にもあるから沢山食べて下さい」と告げ、フーマにくだものを出すと自分もひとつ頬張った。




