王都編――ブリジット公爵②
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ハッと眼を覚ましたアリスは、見慣れない豪華な天井を見てがばっと身体を起こした。
その反動のせいで、アリスにかけられていたらしいブランケットが床に落ちる。
『アリス、起キタ』
『フーマ、おはよう。あれ、ユーランは?』
『ユーラン、少シ、オ出カケ』
『そっか、どこ行ったんだろう? お友達にでも会いに行ったのかな? 教えてくれてありがとうフーマ』
『フーマ役ニ立ツ』とアリスのお腹の上で胸を張ったフーマをもふもふと撫でる。
視界に自分の足が見え、アリスは顔をひきつらせた。
土足で寝かされてるなんて、うわ~。どうしよう!! 弁償って言われたらどうしよう。よ、汚れてないよね? 大丈夫だよね?
元々が貧乏性なアリスは、自分が寝ていた状況に焦り急いで足を降ろした。
一体誰が、こんな高級なソファーに自分を寝かせたんだと周りを見回せば、微笑ましそうな表情でアリスを見つめる眼と眼が合う。
「も、もしかして……フィルティーアおばあちゃんが、寝かせてくれたの?」
「えぇ。ガジーったら興奮しちゃって、アリスのこと気絶させちゃったのよ……ごめんなさいね」
「あ、あぁ……」
自分が何故寝ていたのか思い出したアリスは、苦笑いを浮かべる。
クレイやフェルティナで体験していたとしても、まさかあそこまで速いとは誰も思わないじゃないか。
言い訳めいた思考を振り切り、アリスはフィルティーアとアンジェシカ以外の家族がどこにいるのかと探す。
きょろきょろとしていたアリスの耳に、甲高い金属音が届く。
その音を追いかけ、庭の方へ移動した。
フィンと豹——ではなく、ガルーシドが剣と剣で鍔迫り合いを繰り広げている。
こんな時にクレイが居ないのは珍しいと思いながら、庭を見回すとクレイの足と思われる物体が薔薇の木に刺さっていた。
あぁ、なんだ。既にやられた後なんだね……。どんまい、クレイにぃ。
「脇が甘いぞ! フィン!!」
「くっ」
熱血指導中なのだろう。
ガルーシドは、フィンの剣を軽く跳ね飛ばし剣先を突きつけながら言葉を吐く。
それにフィンは、悔しそうに眉根を寄せた。
男の人って感じだなぁ~なんて思いながらアリスが見ていると、かたき討ちと言わんばかりにジェイクがガルーシドに突っ込んだ。
さっきまでとは比べ物にならない音が響き渡る。
距離と取っては、剣を打ち合う二人。
重たい金属音が数回響き、二人が真剣に鍔迫り合う。
と、次の瞬間、二人の間から突風が巻き起こった。
あ! と、アリスが発するよりも先に小さな身体が巻き起こった風に飛ばされる。
「ひゃぁぁぁ~~」
情けない悲鳴をあげて、庭から室内へ飛ばされたアリスは、この後怒るであろう衝撃に備えて目をきつく閉じた。
アリスを弾き飛ばした風が止み、優しい衝撃と共に「アリス、大丈夫かい」とゼスの声が呼びかける。
眼をきつく閉じていたアリスは、頭の上に沢山のクエッションマークを浮かべてゼスを見上げた。
「アリス?」
「パパ、大丈夫……」
「そうか、良かった」
明らかにホッとしたゼスはアリスをぎゅっと抱きしめ、降ろすと元凶の二人の元へゆっくりと顔を向けた。
「父さん、お義父さん。覚悟はできていますよね?」
笑顔のはずのゼスが、アリスはとても怖い。
その理由を探していたアリスは、ゼスの顔を見てあー目が笑ってないんだと理解した。
「い、いや……」
「そ、そのな。わ、わざとじゃ――」
言い訳を始めた祖父二人に立ち上がった祖母二人がいい笑顔で「あなた」と、圧をかける。
「うっ」「ぐむ」と、呻いた祖父二人は愛する妻の圧に押し黙った。
戦ってるところに行った自分もうかつだったと猛省しながら、祖父二人だけが怒られるのは違うとアリスは思う。
「パパ、おばあちゃん。おじいちゃんたちだけが悪いわけじゃないの。私もうかつだったわ。ごめんなさい」
「アリスちゃんが謝る事ではないわ。子供がいるのを分かっていて、魔法を使うだなんて……」
「えぇ、そうですとも。アリスは何も気にしなくていいのよ!」
「僕の可愛いお姫様はなんて、素直で優しいんだ。それに比べて父さんたちは……」
あれ? 庇ったはずなのに、皆の怒りが増幅してる気がする。おかしいぞ……?
セリフもさることながら空気を読めないアリスでもわかるほど、フィルティーア、アンジェシカ、ゼスの背が怒りを表していた。
そこへ三人を唯一止められるフェルティナが、どこからか戻る。
「ママ……!」
フェルティナの元へ通ったアリスは、抱き上げると同時に耳元で詳細を話した。
「まったく……」
呆れたようにため息を吐いたフェルティナがアリスを降ろし、ジェイクとガルーシド、ゼスの元へ向かう。
フェルティナが来たことで、アンジェシカとフィルティーアは優雅にお茶を再開。
ジェイクとガルーシド、ゼスの顔色は非常に悪い。
そして、見事なお説教が始まった。
正座させられた三人を見ながらアリスは、絶対にフェルティナを怒らせないようにしようと頭にメモする。
「アリス、こちらへいらっしゃい」
「はーい」
三人を気にしながらアリスは、アンジェシカに手招きされるまま椅子に座る。
テーブルに用意されているお茶のお供は、クラッカー、ジャム、果物だ。
お菓子と言う甘味が無い事に気付いたアリスは腰に下げた魔法の鞄から、王都に来るまでに作ったナッツ入りのチョコレートを取り出した。
初めて見る焦げ茶色の物体を繁々と眺めたフィルティーアが、細い指先で一粒チョコレートを摘まむ。
「珍しいものね?」
「それはチョコレートと言って、甘くておいしいの」
「あら、そうなの?」
一粒口に含んだフィルティーアが、喜色を示す。
「美味しいわ~」と感想を漏らしては止まることなく咀嚼して、指がまた一粒チョコレートを摘まむと口に運ぶ。
「うん。食べすぎるのは良くないから、ほどほどにね?」
フィルティーアの食べっぷりを見ていたアリスは、慌てて言葉を継ぎ足した。
カカオ自体は中性脂肪になり難いためダイエット効果もあるが、今回アリスが作ったのは五〇パーセントまで甘くしたチョコレートなため太りやすい。
そのため注意を促したのだが……フィルティーアの手が止まらない。
まずい物を出してしまったかもしれないと、慌てたアリスは急いで別のお菓子を探す。
だが、いくら探しても入れていたはずのプリン、苺ミルフィーユ、クレープ各種が見つからない。
どうして? と、焦ったアリスは、昨夜フェルティナに鞄を預けたことを思い出す。
まさか、全部食べちゃったの? 嘘だよね? だって、あんなにいっぱい入れてたのに……。
いったい誰が、と考えたアリスはいつも食欲旺盛な家族たちの様を思い出した。
「ねぇ、おばあちゃん」
「どうしたの?」
「昨日の夜、お菓子食べちゃった?」
「……」
にっこりと笑みを浮かべるアリスから、アンジェシカがすぃーと流れるように視線を逸らす。
「お、ほほほ」と上品に笑うアンジェシカにジト目を向けたアリスは、その意味を正しく理解して項垂れた――。




