王都編――ブリジット公爵①
待つこと三時間、入都のための順番が回ってくる。
アリスはと言えば、ユーランとフーマと共に周りを見ては笑っていた。
ぐるぐると悩んでも意味がないと、考えることを放棄したのだ。
馬車の扉が開けられ、中にいる人数が確認されると入都の許可が下りる。
衛士は、とても丁寧な対応をする人物のようで、扉を閉める時にっこりと笑って「ありがとうございました」と告げた。
馬車が動き出し、アリスたちはようやく王都に入る。
「アリス。ほら、見て? ここがママの故郷よ」
明るく呼んだフェルティナが、窓の外を指しアリスを誘う。
綺麗に敷かれた石畳は、馬車用と歩行者用で高さが違うのか段差が付いている。
魔法灯のような街灯と街路樹が一定間隔で並ぶ。
その奥——道沿いには石造りと思われる沢山のお店が、並んでおり店頭に立つ店員と思われる人々がお客さんを呼び込んでいた。
街そのものが市場のような活気にあふれている。
「ふわ~。凄いね!」
「でしょう~?」
「フェリスはね、王都でもあるけれど学院都市でもあるのよ」
「学院都市?」
「えぇ、そうよ」
瞳を輝かせ、興味津々と言った様子のアリスのために、フェルティナが分かりやすく教えてくれる。
フェリス王国を立ち上げた初代国王陛下は、本――知識をこよなく愛する人だった。
魔法書はもとより各国の生活に関する本や物語など、本とつく物は全てを集めたと言う。
彼が生涯をかけ集めた本は、現在もこの王都の王立図書館に大切に保管されている。
王立図書館を求め、多くの名だたる学者や研究者がこのフェリスに集まった。
そうして、その人たちに教えを請いたい人たちが集まり、学院が出来る。
いつしかフェリスは、学院都市と呼ばれるようになったそうだ。
「リゲル大陸の子供たちの多くは、フェリスの学院に通うのよ。フィンもクレイもフェリスの王立学院に通ったのよ」
「にぃたちも通ったんだ! 私もいつか通うの?」
「そうね。アリスも一四歳になったら通うかもしれないわね」
そっか~。いつか私も通うかもしれないんだ!
学院か……どんなところなんだろう? 制服とか絶対可愛いよね~見てみたいな~。
王子の事など忘れてしまったかのように、楽しい未来に想いを馳せたアリスは、ユーランとフーマと共に窓の外を眺める。
カラカラと音を立てる馬車は、街中を過ぎ住宅街へ入っていく。
住宅街の中にある二つ目の門を通過して一〇分。
目的の祖父母——ブリジット公爵の屋敷へ着いた。
立派な鉄製の門の前を二人の騎士が守っている。
門をくぐり、森と見紛う庭を走り抜けた馬車は、五分かけ赤い屋根、いくつかの尖塔が立つ白亜の超巨大な屋敷に到着した。
玄関前には、天使の像が瓶から水を落とす噴水があり、色とりどりの薔薇の花が植えられている。
玄関は、馬車がそのまま乗りつけられるよう石畳で舗装されていた。
三〇人近い使用人たちが、玄関前にはずらりと並んでいる。
馬車が止まり、初老の男性が代表するように前へ出ると扉がノックされた。
内側からかけられた鍵をジェイクが、開ける。
数拍置いて、初老の男性が扉を開き人の良い笑顔で出迎えた。
「ようこそ、お待ちしておりました」
「久しぶりだな。セバス」
「お久しぶりね。元気そうで安心したわ」
「ありがとうございます」
セバスと呼ばれた男性が、恭しく頭を下げジェイクとフェルティナに答える。
物腰は柔らかく、執事らしくピンと背筋が伸びていてかっこいいとアリスは感想を抱く。
昔からの使用人らしいセバスは、幼い頃からフェルティナを知っているようでまるで孫を見るような心境なのだろう。
と、分析していたアリスをフィンが抱き上げ、馬車を降りる。
全員が馬車を降りると同時に、使用人の一人が馬車を運んでいく。
セバスが列に戻り、改めて挨拶をすれば並んでいた使用人たちが一斉に「おかえりなさいませ」と労う様に頭を下げた。
突然の声量に驚いたアリスが身体を揺らす。
「ふふ」
「アリスは初めてだから、驚くよね」
「にぃたちは、何度も来たことあるの?」
「うん。私もクレイもここから学院に通っていたからね」
「へ~」
家族の中でただ一人来たことが無かったアリスは、疎外感を感じてむぅっと唇を尖らせる。
「アリスもそのうち慣れるよ」と、フィンに宥められアリスは尖らせた唇を戻した。
セバスが先導する形で、屋敷へと足を踏み入れる。
ダンスでもできそうなほどの玄関ホールの中央奥には、二階へ上る大きな階段があった。
飾られた調度品はどれも高級そうで、アリスは壊さないように気を付けようと思う。
案内された先はガラス張りの温室——サロンと呼ばれる庭が良く見える部屋だった。
太陽光が燦燦と降り注ぐサロンへ入ったアリスは、目の前の人物を見てかぽーんと口を開ける。
豹の獣人だ。
初めてみた! と、アリスは感動する。
可愛らしい丸い黒耳を赤髪から生やし、同じく赤い太い眉毛。
頬の左には刀傷があり、筋骨隆々とした体躯なのに長い尻尾がぴこぴこと左右に揺れていた。
「よく来たな。ジェイク、アンジェシカ、ゼス、クレイ、フィン……。会いたかったぞ、ティナ」
「お父様……相変わらず、筋肉バカなのですね?」
「うふふ。ティナおかえりなさい」
「お母様、ただいま……お久しぶりですね」
ごつい豹は、相好を崩してフェルティナを抱きしめる。
抱きしめられたフェルティナは、とても嬉しそうな表情でハグを返した。
次に、ほっそりとした四〇代後半のエルフ女性と、フェルティナはハグを交わす。
三人の様子に冷静なアリスが、おじいちゃんが豹でおばあちゃんがエルフなのだと理解する。
だが、次の瞬間もう一人のアリスが、豹とママはまったく似てないと、否定した。
その一方で、アリスは全く違う事を考える。
それはフェルティナの筋肉バカと言うセリフのことだ。
筋肉バカ=脳筋のことだよね? だったら、間違いなくクレイを生んだフェルティナはあの豹の血筋だろうと……。
「それで、その子がアリスか?」
「えぇ、そうよ。さぁ、アリス。おじいちゃんたちに挨拶しましょうね?」
金色の瞳がアリスへ向けられる。
フィンに被っていたフードを外されたアリスは、初めて会った祖父母にどう挨拶したらいいのか分からずじっと二人を見た。
アリスの本紫の瞳を見た二人は、一瞬驚いたような、緊張したような表情になる。
だが、すぐにそれは笑顔に変わり、優しい雰囲気を纏った。
膝をつき視線を合わせた豹とエルフの女性は、アリスの様子を伺いながらそっと小さな体を抱きしめる。
「初めましてだな。俺は、ガルーシド。フェルティナの父だ」
「わたくしは、フィルティーア。フェルティナの母よ」
「あ、ありしゅ・インシェスです……」
噛んだ!! と、アリスは羞恥心に悶える。
声を殺して笑うクレイをキッと睨んだアリスは、改めて名前を名乗り「よろしくお願いします」と他人行儀な挨拶をした。
お茶が運ばれ、近況報告などの会話が繰り広げられる。
ガルーシドは、この国の公爵であり、騎士団の団長でもあるそうだ。
一方のフィルティーアは、冒険者から公爵夫人になった女性なんだとか。
二人の馴れ初めなんかも知りたいアリスは、ふくふく顔で会話を聞いていた。
「そうだ。アリス……おじいちゃんと呼んでくれないのかい?」
ごつい上に強面の豹なのに、なんでそんな可愛い顔してるの?! と、内心で突っ込みを入れた。
うるうると潤む瞳に見つめられたアリスは、仕方なく「ガルーお、おじいちゃん……」と呼ぶ。
途端に抱き上げられたアリスは、無防備なままガルーシドにぐるぐると空中を回された。
うっ、クレイにぃとママとまったく同じ行動だよ……。流石、親子だ。
高速回転した状態で納得したアリスは、そのままぐったりと屍のように目を閉じた。
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