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王都編――到着!

 四日後。

 念願叶ったアリスは御者台にゼスとクレイと共に座っていた。

 勿論、リルルリアの時に着せられたフード付きのローブを着た状態で……。


 少し暑い日差しを全身で感じられないアリスは残念感を出しながら、足をぶらぶらさせる。

 せめて流れる畑を見て楽しもうと思ったが、二時間以上景色が変わらないため飽きてしまった。

 唯一違う事と言えば、泥道が石畳に代わり、車輪の音がカタカタなるぐらいだ。

 

「アリス、ほらコモン(とうもろこし)が生ってるぞ!」

「ずっとなってるよ……それにまだ、食べられないから……」

「ぶはっ、アリスは食べることだけだな」


 焼いたとうもろこし食べたいな~なんて思いながら何気なく答えれば、家族一食い意地が張っているクレイが噴き出した。

 思った事を言っただけなのに……むかつくと、アリスはむくれた。

 ぷぅーと膨らませた頬を、クレイが指先でつついては笑う。

 

「もう、クレイにぃ嫌い!」

「あはは、アリスほら怒るなって! チョコレートやるから、な?」


 プイっとそっぽを向いたアリス。

 やりすぎたと思ったのか、クレイが鞄からチョコレートを一粒取り出しアリスの口に放り込む。

 カカオの風味と甘さを感じ、歯を立てて割るとカリッとしたアーモンドの香ばしさが口の中に広がった。


 やっぱり美味しいな~と思いながら、アリスは無理矢理入れられたチョコレートを作った時のことを思い出す。


 何気なくチョコレートが食べたいと思ったアリスは、箱庭で木になった生のカカオを発見する。

 見つけたアリスは即刻、神の台所へ移動。

 まずは、生の豆を洗い。

 一二〇度のオーブンで三〇分、焼く――焙煎。


 出来たら皮を剥き、粉砕機で粉砕。

 砂糖は、大体カカオの半分の量を入れる。

 五〇度前後をキープしながら、液状になるまで粉砕する。


 出来たら温めた生クリームを加えてテンパリング——カカオを最も安定した状態にする温度調整作業のこと。

 温度は、五〇度→二六度→三〇度。

 後は型に流し込むか、果物、ナッツ類に纏わせて固めれば出来上がり。


 考えるのは凄く簡単だけど、アリス一人では無理な作業だった。

 神の台所だからこそ、作れたと言える。


 今度またキッチンさんに頑張って貰って、沢山板チョコ作っておこう。そうすれば、もっと美味しいお菓子いっぱいできるもんね。

 あぁ、でもそろそろ魚の在庫が怪しい。王都でいっぱい買えると良いけど……。


 家族の食べる量が多いため、シーマカレルの塩漬けは一度で一樽を消費してしまう。

 アリスとしては王都で買えることを願うしかない。


「やっぱ、カカオ五〇パーぐらいが一番美味しいよね~」

「これ、絶対ラーシュさん食いつきそうだよな~」

「あ~、ありえるかも……」


 王都で再会を約束したラーシュさんの話を振られたアリスは、ラーシュが良い笑顔でチョコレートを売って欲しいと言う未来が予想できた。


「ははは。僕にはラーシュ殿が食いつくのが見えたよ」

「私にも見えた……会う前にレシピ用意しとこうかな」

「それが、いいね」

「お、父さん。そろそろ昼だからあそこに止まろう」


 クレイが少し先を指し、ゼスが頷いて馬車の進行方向を決める。

 まだあと一時間ぐらいかかるはずの場所なのに、既に王都を囲む壁が遠くに見えた。


 一〇分ぐらいで馬車が、少し広い原っぱに止まる。

 馬たちの手綱置いたゼスが、アリスを抱えて降ろしてくれた。

 馬車の入口からフェルティナたちが、降りてくると昼食タイムだ。


 今日の昼食は、パリッとロールパンだ。

 作り方は、小麦粉、塩、水で作ったパン生地をよく練って一〇分寝かせる。

 大体二〇等分に切り分けた生地を丸めて、軽く伸ばす。

 それを溶かしたバターに三〇分漬ける。


 時間が経ったら、生地を取り出して素手伸ばす。

 透けて見えるぐらいまで伸ばした生地を長方形になるよう一度折りたたみ、そこに具材を乗せて巻く。

 後はオーブンで、四〇分焼けばクロワッサンみたいなパリパリしたロールパンの出来上がり。


 具材は、アスパラたっぷり照り焼きチキン、ベーコンとほうれん草のバター炒め、豚の生姜焼き。

 スープは顆粒のコンソメを使ったポトフだ。


 アリスが魔法の鞄から、パンとスープを取り出すといい香りが辺りに漂う。

 その匂いで、身体が空腹を訴えた。


「では、いただこうか」

「美味そう!!」


 ユーランとフーマには、梨を用意した。

 ルールシュカ様へ、今日もありがとうと伝えたアリスは、ロールパンに手を伸ばした。


「この鳥、うま!」

「私のはオーク肉かな? 独特の香りが美味しい」

「あら、バターが効いてていいわね~」


 一〇〇個近い数をアリスとキッチンは作ったはずだ。

 なのに、何故アリスが一個食べる間に半分以上なくなっているのだろうか?


 原因は、無言で食べているジェイク、ゼス、フィン、フェルティナの強靭な胃袋のせいだ。

 一つを二口で食べる四人は、パクパクと口に放り込んでは次を掴んでいる。

 一心不乱に食べる姿を眺めたアリスは、次は二〇〇個作ろうと心に決めた。

 

 紅茶を飲みほして胃が落ち着いたアリスは、ユーランとフーマと寝転がり空を見上げる。

 水色をキャンパス一杯に塗ったような空は、雲一つなく快晴だ。

 太陽の光を全身に浴びたアリスは、気持ちよさげに両手両足を投げ出して体の力を抜く。

 アリスの身体の上では、ぽっこりしたお腹をさらしたユーランとフーマが、アリスと同じような姿ですやすやと眠っていた。



 一時間の休憩があっという間に終わり、アリスは馬車へ戻る。

 初めからお昼までという約束で御者台に座っていたため、ここからは馬車の中で大人しくしておく。

 

 カタカタと音を立て走り出した馬車は、二時間かけてゆっくりと王都の街を囲む壁についた。

 フェリス王国の王都フェリスでは、入都審査のため入口には長蛇の列が出来ている。


「これはまた、凄い数だな」

「何の列だ、これ?」

『フーマ聞コエル。王ノ子、成人ヲ祝ウ、祭リアル。王宮デ王子ノ嫁、探ス』


 風の精霊であるフーマは、耳をぴくぴく動かした。

 そして、馬車の外に出なくても周りの人たちの声が聞こえるようで、人の多さの理由を教えてくれた。


『え? 王子のお嫁さん探すためにこんなに人集めたの??』

『フーマ良ク、分カラナイ。デモ、沢山ノ人言ッテル』

『そう。ありがとうフーマ』


 気持ち悪い。王子なんてみんな嘘つきでしょう? あんな人たちいなくなればいいのに……。

 って、私は一体何を考えているの! 王子様と何かあったわけじゃないのに、どうしてこんなに嫌な気持ちになるんだろう?


 王子と言う言葉を聞いただけで、激しい嫌悪感を抱いたアリスは自分自身の感情が分からず俯く。

 深く考え込もうとしていたアリスの頬を、フェルティナの指が優しく撫でる。

 それにアリスは、ハッとしたように顔をあげた。


「アリス?」

「……ママ」

「顔色が悪いわ。何かあったの?」


 顔色が悪い理由を聞かれたアリスは答えに迷う。

 ……どう伝えたらいいんだろう。


 必死に言葉を発しようとしたアリスは、ただふるふると頭を振って大丈夫だと示すにとどめた。

 自分が分からないと言う不安が、恐怖や寂しさ、と言った負の感情を増幅する。

 どうして、と出ない答えを探しながら、温もりを求めるようにぎゅっとフェルティナに抱き着いた。

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