フェリス王国編――出発
翌日、朝早くからアリスは、ゼスとクレイと共に歩いて孤児院を訪れた。
理由は、昨日の売り上げの確認と今日の昼過ぎ、カロルの街を出発することを伝えるためだ。
アリスたちは裏口に回り、ゼスが呼び鈴を押す。
すると直ぐに扉が開きミリアナが姿を見せた。
「あら、アリスちゃん。おはよう」
「ミリアナさん、おはようございます。昨日はお疲れさまでした」
「いえ、私は裏で座っていただけだから……」
「そうなんですね」
「えぇ、子供たちも出来ることは手伝いたいって言い出してね……今皆で、野菜やお肉の下ごしらえをしているところなのよ」
ミリアナは、楽し気に様子を話をしてくれる。
そんな彼女と共に台所へ移動したアリスは、予想以上にごちゃごちゃとした台所で目的の四人を見つけ声をかけた。
「トニー、アニー、エリ、ティクス!」
「お、アリス!!」
「アリスちゃん」
「あ、アリスちゃん」
「アリスお姉ちゃん!」
手を振るアリスの元へ四人が、駆け寄る。
ごちゃごちゃしている台所を抜け出して、アリスは四人と裏庭へ移動した。
ゼスとクレイは空気を読んで、裏口でまってくれている。
昨日の疲れも見せず、楽しそうに話すのはエリとアニーの女の子組。
それに相槌をうちながら、トニーとティクスが補足を話す。
五人で楽しく笑い合い、楽しい時間を過ごした。
「みんなにね。話があるの」
「なんだよ。いきなり……」
なんとなく雰囲気で察しているのか、四人の瞳が揺れている。
きっと、私もみんなと同じような顔をしているのだろうと思いながら、アリスは眉根を寄せた。
楽しかったから、寂しい。友達になれたから、寂しい。でも、これが終わりじゃない。またいつか、絶対に会いに来よう。
だから、泣くな私!
顔をあげたアリスは、今にも零れそうな涙を堪え震える唇を動かした。
「今日、この街を離れることになったの……」
「そ、そんな!!」
「早すぎるよ!」
「あ、ありすちゃん……僕、僕……」
「な、なんでだよ!」
「ごめんね。もっと一緒に居られたら良かったけど、おじいちゃんたちが王都で待ってるの。だから、行かないと」
ぽろっと大粒の涙が一粒アリスの頬を伝う。
そんなアリスの様子に四人は言葉を呑み込み、抱きしめる。
一人一人とハグを交わしたアリスは、泣きながら笑顔を作った。
最後にトニーがアリスをハグする。
「アリス、覚えとけ! 俺は、絶対絶対、強い冒険者になる。だから、その時まで――」
「トニー。ありがとう。その時はめいっぱい美味しい物作るから、教えてね?」
「いや、そうじゃねぇよ」
「ん? 違った?」
「いや、そうじゃなくってな……あぁ、くそ。なんでもない。とにかく強くなったら会いに行くから! それまで元気にしてろよ」
「うん」
照れたようにそっぽを向いたトニーが、真っ赤に染まった顔でアリスを振り返る。
それに笑って頷いたアリスは、約束だよと返した。
トニーの後ろのアニー、エリ、ティクスが生暖かい眼をしていたことにアリスは気づかない。
時間がある限り四人との別れを惜しんでいると、時間になったのかクレイがアリスを迎えに来る。
クレイと手をつなぎ、四人と共に入口にあるはずの馬車へ向かう。
孤児院に行くとアリス言えば、馬車を出す時間まで孤児院で時間を使えるようにジェイクが考えてくれたのだ。
馬車に着くとそこにはゼスから話を聞いたらしいミリアナが、薄っすらと涙を浮かべほほ笑んでいた。
「アリスちゃん。ありがとう。本当に沢山ありがとう」
「ミリアナさん。また、あ、遊びに来てもいいですか?」
「勿論よ! いつまでも待ってるわ」
アリスに視線を合わせるため屈んでくれたミリアナへ、アリスは両手を差し出す。
ぎゅっと柔らかなミリアナの身体が、アリスを一度だけ抱きしめた。
耳元で、ミリアナの小さな声が「ありがとう」と再び感謝を告げる。
「じゃぁ、また!」
「アリス。約束守れよ!」
馬車に乗る直前、トニーがアリスを呼びぶっきらぼうに叫ぶ。
アリスは、馬車へ乗り込み窓を開けると「うん。トニーも約束守ってね!」と叫んだ。
ジェイクが馬の手綱を操ると、ゆっくりと動き出した馬車を追いかけトニーたちが走る。
アリスは、皆が見えなくなるまで手を振り続けた。
******
カロルの街を出た日アリスは寂しさから、ベットへ突っ伏したまま動かなかった。
そんなアリスを心配したユーランとフーマが、アリス顔にすりすりと自分の身体を擦りつける。
『アリス、元気出ス』
『アリス~。泣かないで~。僕まで悲しくなるよ~』
『うぅ。ぐずっ……』
布団にもぐりこみ、涙を流すアリスは心配してくれるユーランとフーマのために泣き止もうと試みる。
だが、心配されればされるほど、幼いアリスの涙は止まらない。
『ごめんね。泣き止もうと思うのにできないの……ご、ごめんね』
アリスは、何度も何度も心配してくれる二人に謝った。
夕飯の時間になり、フェルティナが寝室へ来る。
涙を流すアリスを抱き上げたフェルティナは「仕方ない子ね」と、慈愛のこもった瞳を向けた。
そうして、アリスをあやす様にその背を優しく叩く。
「寂しかったのね」
無言のままアリスは、こっくりと頷く。
「アリス、寂しい気持ちはわかるわ。でもね、アリスに会えることを楽しみにしてるおじいちゃんやおばあちゃんがいるの。それはわかってるわよね?」
「ぐずっ、う、ん」
「王都では、おじいちゃんとおばあちゃん。それにラーシュさんにも会うんでしょ?」
「う、ん……会う、の」
「王都でアリスは何がしたい? ママはね、アリスと沢山お出かけして、お買い物がしたいわ。おすすめのお洋服見たり、アリスの好きな手芸品買ったり。アリスはママと出かけるのは嫌かしら?」
嫌じゃないという意味を込めて、アリスは頭を振る。
頭が左右に揺れる度アリスの乱れた髪が、肩口にいたユーランとフーマに絡まった。
二人は、急いで抜け出そうと動き回る。
そんな二人に髪の毛は余計に絡まり、二人はつるされた人形のようになってしまった。
「ぷっ、あはははは!」
堪らずアリスは噴出した。
アリスが笑い出したことで、フェルティナが本当にほっとしたような表情を見せる。
「あぁ、良かった。アリスが元気がないと皆も元気がないのよ」
「ごめんね、ママ。後で皆にも謝るね」
寂しかったからと言って家族に心配をかけてはいけない。
そう思ったアリスは、素直に謝ろうと思った。
アリスが動くたび、ぶらんぶらんとユーランとフーマが揺れ続ける。
二人ともアリスが笑ったのがよほど嬉しかったのか、抜け出すことは簡単なのにそれをしようとしない。
ユーランとフーマの優しさを感じたアリスは、落ち込むのはここまでにしようと決めた。
「ママ」
『ユーラン、フーマ』
「ありがとう。私、もう大丈夫だよ」
「そう。良かったわ」
『アリスー!』
『アリス、笑ウ。フーマ嬉シイ!』
フェルティナに抱きしめられたアリスの頬へ、ユーランとフーマがダイブする。
スリスリとこすりつけられた柔らかなもふもふに、アリスは幸せを感じて眼を閉じた。




