フェリス王国編――孤児院の屋台
商業ギルドの許可が下りてから三日。
アンジェシカの魔道具が出来上がり、今日の夕方から孤児院の子供たちとミリアナが屋台が開店する運びになった。
この三日、アリスは屋台で調理兼売り子をするアニー、ティクス、エリのためにお揃いの服を作っていた。
と、言ってもほぼ裁縫箱がイメージ通りに作ってくれたので、所要時間は二〇分程度だ。
逆に生地を買いに行ったり、デザインを探す方に時間がかかった。
生地は麻布で、上は首元が開いたボタン付きの動きやすい長袖シャツ。
下は、男女ともに黒に染めた生地をスキニーのようなシュっとした形にしたズボンだ。
ズボンの上には調理をすることを考えて、膝上までスリットが入った前結びのギャルソンエプロンを用意した。
これから身長が伸びる子供が着る物だ。
大きくなっても問題なく着れるようにと考えながら、大きめに作ったのだが……。
できる裁縫箱がアリスの希望通りに付与魔法:伸縮自在が付いていた。
鑑定したアリスは、その場で五体投地することになる。
だが、希望通りの物が出来たと思い直すことで立ち直った。
ついでに三人には、アリスとお揃いのメディスンバックを作っておいた。
一つは、お金のやり取り用――自動計算が付与され……。
もう一つは、食材を入れて持ち歩く用に一五立方メートル、大型トラック一台分の収納がついていた。
裁縫箱が、アリスの望み通りの魔法をつけてくれてた魔法だけど……アリスが涙目になった事は言うまでもない。
それから冒険者ギルドに頼む予定だった肉と腸の確保だが、こちらはフェルティナに鍛え上げられた孤児院の冒険者組が頑張ってくれて解決する。
外での狩りが楽しいようで、毎日予想よりも多くのレッサーボア、レッサーコッコ、凶暴な羊を狩って帰ってきた。
解体作業は、ダンジョンに行っているトニーたちが頑張ってくれたそうだ。
開店の時間が近づきアリスは家族と一緒に、孤児院の屋台を目指し市場を歩く。
今日手をつないでいるのはゼスだ。
ハルクがアリスを娘にしたいと言ったあの日から、ゼスが離れない。
アリスとしては、構って貰えないより構って貰える方が嬉しいので文句はない。
「お、アリス見えたぞ!」
アリスより視界の高いクレイが、右前の方を指差しながら教えてくれる。
早く見たいアリスは、一生懸命通りを行く人の間から見ようと顔を動かす。
だが、見えるはずもなくしょんぼりと頭を下げた。
「いらっしゃいませ~! ナンロールですよー! どうぞ、ご試食下さい~」
物おじせず、元気に呼び込みをしているのはエリ―だ。
聞こえた声にパッと表情を明るくしたアリスは、ゼスの手をぐいぐいと引く。
「アリス、慌てなくても屋台は逃げないよ」
「パパ! 早く」
にこやかな笑顔を浮かべたゼスが、急かすアリスを抱き上げる。
一気に視界が開けたアリスは、獲物を探す獣のようにきょろきょろと忙しなく三人を探す。
可愛らしい空色と白のボーダー柄の屋根。
それを支えているのは、アリスが日本時代に見た運動会で使われていたテント風の鉄の支柱だ。
壁替わりに同じ柄の雨よけ布。
中央には、木皿に乗った腸詰ナンロールの絵が大きく描かれている。
テントの中では、忙しそうにアニーが仕上げを、ティクスがナン、腸詰、コッコの肉、オーク肉のスライスを焼いていた。
ティクスがナンと腸詰、肉を焼いている焼き台は、アンジェシカの魔道具――火魔法を込めた魔石を埋め込んだ鉄板だ。
上手く使えているようでアリスは、ホッと息を吐く。
「あら、結構お客さん多いわね」
フェルティナの言う通り、初日なのにお客さんが並んでいる。
その列にアリスたちも並び、順番を待つ。
「あぁ、やべぇ。カレーの匂いが……!!」
「うん。お腹が減ってくるね」
「そうだな……いくつにするか」
「おじいちゃん? 買いすぎないでね?」
家族と会話しながら待つこと三〇分。
漸くアリスたちの順番が来た。
「あ、アリスちゃん」
「い、いらっしゃいませ~。あ、アリスちゃん」
「二人とも、忙しい時にごめんね~。買いに来ちゃった」
「ううん! 大丈夫だよ。さぁ、ご注文は何にしますか~?」
「そうだな。とりあえず三種類を各七個ずつ貰おうか」
ジェイクの注文を聞いた二人が、急いで準備を始める。
回転して既に一時間が過ぎているおかげか、二人の手元に狂いはない。
これならこれから先も大丈夫だろうと、アリスは微笑んだ。
一〇分で、全ての商品が揃い手渡される。
それにお礼を言ったアリスたちは、二人に手を振って屋台から離れた。
「ここから直ぐのところに少し開けた場所があるから、飲み物買ってそこで食べようぜ!」
「わーい」
立ってそのままというのは味気ないと思ったアリスは、クレイの提案に乗る。
家族たちも同じように思ったのか、誰も反対しなかった。
道すがら、コルップの果汁を水で薄めたようなジュースを買う。
そうして歩くこと数分。
アリスたちは、整えられた公園のような広場に出た。
広場では、多くの人たちが集まり、座って食事を楽しんでいる。
その一角にアリスたちも座り、夕食タイムとなった。
「では、今日も糧を得られたことを女神ルールシュカ様に感謝しよう」
いつも通り感謝の祈りを捧げ、アリスはアニーたちが作ったナンロールにかぶりつく。
アリスが食べたのは、カレー風味のレッサーコッコのナンロールだ。
レッサーコッコは、鶏肉そのものだった。
噛んだ瞬間、鳥の旨味を含んだ肉汁が溢れ出す。
それを味わっているとカレーのピリッとした辛みが口の中を満たした。
追いかけるように溶けたチーズとモッチリ焼かれたナン、キャベツ、玉ねぎで緩和する。
あぁ、口の中が幸せ~。
元々ナンはカレーに合わせ作られて物だから余計に合う!!
幸せを感じながら、アリスはパクパクとナンロールを頬張った。
「ん~~~美味しぃ!!」
「あぁ、この嚙んだ瞬間、肉汁が溢れるのが美味い!」
「はぁ~。これは……味付けが堪らないな。果物の甘みと……独特の匂いが溜まらない」
「えぇ、カレー風味がいいわぁ」
アリスが感想を漏らせば、家族たちも各々の食べたものが美味しかったのか口々に感想を漏らす。
「アリス。これってこの置きさで中銅貨一枚って安すぎるんじゃないの?」
「ううん。そんなことないよ。実はね……これの原価はね――」
フィンに問われたアリスは、本当の値段を耳打ちで教える。
「へぇ~。それぐらいなんだね」
「うん。買った場合だから、このナンロールだともっと安いよ」
「あぁ、肉は自力だしね」
「うん。だからね、大きさを倍にして貰ったの。そうすれば冒険者さんも損はないでしょ?」
「これなら、十分満足できるね」
フィンと二人話しながら、満腹になったアリスはコルップジュースを飲む。
味は杏ジャムを薄めたような味だ。
唯一、残念なことと言えば常温だったこと。
冷えていればもっと美味しいのに……!! あ、いた。
「パパ。このジュース冷やして?」
「いいよ」
アリスを膝に抱えて、腸詰のナンロールにかぶりついていたゼスにアリスはジュースを出す。
するとゼスは、ぶつぶつと呟きジュースを冷やしてくれる。
冷えたジュースを飲んだアリスは、満足そうに夕暮れの空を見上げるのだった。




