フェリス王国編――商業ギルド⑤
アリスが裁縫箱の扉を開くと、フィンがちょうど扉を閉めているところだった。
「お、丁度よかった。アリス、おじいちゃんたちが呼んでるよ」
「ただいま。おじいちゃんたち話し終わったのかな?」
裁縫箱の扉を閉めながらアリスが問えば、フィンも事情を知らないのか「そうみたい」と答えた。
フィンと手をつなぎ、元の部屋へ戻ったアリスの姿を認めたジェイクは清々しい笑顔を向け、手をあげた。
ゼスは、自分の横をトントン叩き、アリスに隣に来るよう示す。
ジェイクとゼスに挟まれてソファーに座ったアリスは、静かなハルクとシーザーを見上げる。
一〇歳は老けたように見える二人を見たアリスは大丈夫なの? と、心配になった。
分かった事をジェイクが軽く話してくれる。
今回主導したのは、副ギルド長のバーカスだった。
彼は知人の貴族から、美味い話があると言われ投資した。
だが、それは罠で自分の資産のほとんどを失ってしまう。
立ち行かなくなったバーカスは、商業ギルドのお金にも手を付け始める。
バレないよう、最初は少しずつだった金額が増え。
ついには返済を求められる状況になってしまった。
返済することになったバーカスは、登録に来た平民を騙し、奪ったレシピや商品を知り合いに売って、返済に充てていたそうだ。
聞き終えたアリスは「許さないで」と、怒りをにじませた瞳をハルクに向け一言告げた。
そんなアリスにハルクは、しっかりと頷き約束すると答えた。
******
「ハルク……いう事があるだろう?」
「わかってる。アリス。今回の事すまなかったね。奴らの処罰は国に任せることになるだろう。だが、簡単に許される罰ではないはずだから安心して欲しい」
「アリス様、大変不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
ジェイクに促されたハルクは、情けないような表情になると謝った。
ハルクと同時に頭を下げたシーザーは、丁寧な言葉遣いで謝る。
そんなハルクとシーザーにアリスは、頭をあげるよう言う。
「ハルクおじさんやシーザーギルド長が、騙そうとしたわけじゃないでしょう? 他の仕事もあったのに、直ぐに駆けつけてくれてありがとう」
「アリス!!」
「アリス様、ありがとうございます」
感動しているような表情になったハルクは、立ち上がるとアリスをギュウギュウ抱きしめる。
しばらく黙って抱きしめられていたアリスは、いい加減離してと言う意味を込めてハルクの肩を叩く。
アリスの意図を察したはずのハルクは、アリスを抱いたままソファーに腰かけた。
「父上、ゼス。アリスを私の娘にしたい」
何を考えているのかハルクが、突然不穏なことを言い出した。
「僕からアリスを奪う気なら……容赦なく、殺しますよ?」
「いいじゃないか! フィンもクレイもいるんだ。アリスを私の娘にしてもインシェス家は問題ないだろう?」
「ふざけるな。ハルクお前には、ミアナがいるだろう」
「アリスは僕の娘だ。絶対に渡さない!」
「ミアナは最近、私の事を避けるんだよ……どうしてなのか、理由を聞いても教えてくれない」
「お前が、鬱陶しいからだろ?」
ミアナと言う言葉にアリスは遠い記憶を漁る。
ハルクの娘がミアナだ。今年で一八歳になる女の子で、婚約者がいると聞いた。
一八歳にもなってお父さんがべったりって言うのは、ちょっとどうだろうとアリスでも考えてしまう。
もし自分だったらと考えそうになったアリスは、思考ごと忘却の彼方へ弾き飛ばした。
「ハルクおじさん」
「ハルクパパと呼んでいいんだぞ。アリス」
「……フィンにぃ!」
デレッとした顔で言うハルク。
それを間近で見てしまったアリスは、ヤバイと直感的に感じた。
即、視線を外したアリスは、フィンを呼び必死に両手を伸ばす。
するとフィンは目にもとまらぬ速さで、アリスをハルクから奪い返し距離を取った。
「ありすぅ~」
「ハルクおじさん、ごめんね。私、おじいちゃんたちと一緒がいいの。その代わり、これあげる」
意思を伝えた終えたアリスは、がっくりと肩を落としたハルクの前に焦げ茶色のボディバックを置いた。
ついでにシーザー用のキャラメルブラウン色のボディバックも出す。
「これは?」
「魔法の鞄だよ。焦げ茶色はハルクおじさんに。キャラメルブラウンはシーザーギルド長に」
「変わった形をしておりますね。これは、どうやって使うのですか?」
「アリス……やっぱり、うちの子に——」
「なりません」
しつこいハルクをバッサリと切り捨てたアリスは、シーザーに鞄の使い方を教える。
詳しく説明をしていると、ハルクの意識も徐々に鞄へと向いていく。
二人は鞄を手に取り、肩から掛けて見せる。
色合いが良く似合うとアリスが褒めるより早く、ハルクもシーザーも互いに似合うと褒め合う。
予想以上の喜びように送ったアリスも嬉しくなった。
「ハルクおじさん、シーザーギルド長。このバックをアダマンテル商会のラーシュさんと一緒に、作って売ってくれないかな?」
思わぬアリスの提案を聞いた二人は、笑顔を引っ込め真顔になるとソファーに座り直した。
「販売権を我らに譲ると言うのか?」
「うん。私は、家族のためだけに作りたかっただけなの。でも、フィンにぃと話して、その鞄が多くの人を救う可能性があることに気付いたの」
「確かに、アリスの言う通り。この鞄が販売されれば、行商人や冒険者はかなり助かるな」
販売権云々は、ラーシュと三人で好きに話して貰えばいい。
それよりもアリスが優先したいのは、鞄を持ち替えることで救える人命だ。
人命を優先するのなら、もちろん販売価格を抑えて貰いたいと、アリスは言葉を続けた。
「わかった。このことについては私が必ずや安く提供できるようにすると約束しよう。シーザーギルド長もよろしいか?」
「はい。わたくしも構いません」
「アダマンテル商会にも販売させてあげてね? 商業ギルドだけじゃダメよ?」
「勿論だ。アダマンテル商会ともしっかり話をする」
約束だと小指を出したハルクとアリスは指切りをした。
真面目なときのハルクおじさんは、パパによく似てる。
そうアリスは思いながら、ハルクと二人笑い合った。
*******
その夜、宿へ戻ったアリスはさっそくラーシュの部屋を訪ねた。
部屋へ招き入れてくれたラーシュにお菓子をパンパンに詰めたスモークグリーン色の鞄を渡したアリスは、商業ギルドでの話をそのまま伝える。
するとラーシュは、涙を流して喜んでくれた。
「アリス嬢、ありがとうございます。私のために……私は幸せ者でございますね」
「ラーシュさん、大げさですよ。私こそ、孤児院の件でお世話になったのだから、これぐらい当然のことです」
「うぅ……本当にありがとうございます」
「いえいえ。この鞄にはお菓子を入れてあります」
「お支払いを……」
馬車での旅の最中、繰り返したやり取りをしそうになったアリスは「いらないです」とごり押しして、鞄の機能を話す。
「時間を止める魔法と魔法の鞄の機能が付いているので、家に帰ったら奥さんたちと沢山食べて下さいね。空になったら、ラーシュさんの鞄にしてください。これなら馬で移動もできるし、盗賊なんかにも遭いにくいので!」
「えぇ、大切に使わせていただきますね」
「はい!」
明日、商業ギルドによってから王都へ立つと言うラーシュと別れアリスは、部屋へ戻る。
リビングにはアンジェシカが疲れた顔で座っていた。
アンジェシカの前に、ホットミルクと苺のミルフィーユを置いたアリスは、アンジェシカの背後に回る。
そして、アンジェシカの肩をトントンとリズミカルに叩き始めた。
「はぁ~気持ちいいわ。アリス、ありがとう」
「ううん。おばあちゃんに負担掛けてるの私だから、これぐらい平気だよ!」
「うふふ。優しい孫を持って私は幸せ者ね」
今日一日で、何度同じ言葉を聞いただろう。
私と出会うことで、幸せだと感じてくれる人がいることが嬉しい。
まるで必要とされているようだと感じたアリスは、アンジェシカの肩を叩きながらはにかんだ。
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