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フェリス王国編――商業ギルド①

 なんとかかんとか処理した分の凶暴な羊(フィアース・シープ)の腸に、オーク肉の粗びき肉を詰め終えた。

 と、ここでお昼を知らせる五鐘が鳴る。

 もうそんな時間かと、思ったアリスはどうせだったら、破れて商品にならない腸詰を食事にしてしまおうと考えた。

 おじいちゃんたちも戻ってくるし、ちょうどいい。


「破れた奴をスープにしましょう!」

「ミリアナさん、手伝ってね!」

「私たちはどうする?」

「じゃぁ、三人には練習もかねて一人でナンロールを作ってもらおうかな」

「わかったわ!」


 元気よく頷いたアリーたちは、早速材料を準備し始めた。


 ミリアナとアリスは、作業台で食材――じゃがいも、玉ねぎ、人参を一口大の大きさに刻む。

 スープと言うよりはポトフをイメージして作る。


「ミリアナさん。鍋にバターを落として玉ねぎを炒めて下さい。玉ねぎがしんなりしたら水を入れて、メルクルとキャロルを煮込んでね」

「えぇ、わかったわ」


 ミリアナも料理は好きなようで、楽しそうな笑みを浮かべ作業をしている。

 スープはミリアナさんに任せてもいいよねと、アリスはラーシュとゆっくりお茶を飲むことにした。


 もぐもぐと三つ目のナンロールを食べ終えたらしいラーシュは、幸せそうな顔でゆったりとお腹を摩っていた。

 魔法の鞄からほうじ茶を取りだしたアリスは、ラーシュと自分の前にカップを置くと対面して座る。

 

 ラーシュの表情はアリスを安心させた。

 だが、心の底にある不安からアリスは、つい食べた感想を聞いてしまう。


「どうでしたか?」


「大変おいしゅうございました」と、言葉を切ったラーシュは表情を改める。


「アリス嬢、先ほど言い損ねたのですが……。これを販売されるのであれば、商業ギルドにレシピの登録をお勧めします」

「レシピの登録ですか?」

「えぇ、そうです」


 曰く、珍しい食べ物や品物は、商業ギルドにレシピを登録することで守るのだと言う。

 拳を握りながらラーシュが、熱く語る。


 一つ、商業ギルドでのレシピの登録は無料。

 登録することで、レシピの強奪に合う事も盗まれることも少なくなる。

 商業ギルドは、レシピを販売して利益を得る代わりに、類似品を販売する者や無許可で販売する者に対して取り締まってくれる。

 最悪の場合、盗作扱いになって投獄または罰金刑に処されるそうだ。


 二つ、登録した商品やレシピは、商業ギルド経由で販売され、一件もしくは一個、一枚売れるごとに金額の二割を払い戻しして貰える。


 三つ、商業ギルドにレシピを登録することで、商業ギルドの看板をつけることが可能になる。

 この利点については、世界の事情が関係している。

 代々受け継ぐ形で屋台をやっている店が多いなか、新規で屋台を始めてもなかなか信用してはくれない。

 

 三つ目に関して言えば日本で言う、某コンビニとかスーパーみたいなブランド力だと思えばいい。

 悪用されたり、孤児院に被害がでないだけで十分だ。

 しかも、登録をミリアナさんの名前にしておけば、今後レシピが売れるたび孤児院の収入も増えることになる。

 商業ギルド万歳と、アリスは心の中で両手をあげた。 

  

「わかりました。一度、ミリアナさんと商業ギルドに行こうと思います」

「えぇ、そうされた方がいい。もし、アリス嬢たちさえよろしければ、私が口利きを致しましょう」

「わぁ! 助かります。ありがとうございます!」


 商人として商会を経営しているラーシュが、商業ギルドへ共に来てくれるのであれば渡りに船だ。

 どうせ商業ギルドに行くなら、今後の事を考えてギルド経由で安定して安く材料を仕入れられないかな?

 ついでに冒険者ギルドの方にも、お願いしにいかないと。


 ラーシュに再会してから色々と考えていたアリスは、ラーシュにそのことも相談してみる。

 するとラーシュは「お任せください」と、二つ返事で了承してくれた。


 約束した時間より三十分ほど遅れて、ジェイクたちが帰る。

 清々しい笑顔を見せる家族たち。

 その後ろで冒険者組の少年・少女が、青い顔をして疲れ果てていたようだが……生きるためだ頑張れ! と、アリスはそっと目を逸らしておいた。


 全員で、ナンロールとポトフを食べる。

皆の反応はまずまずで、屋台で店を出すと告げれば冒険者組の少年・少女も率先して手伝うと言ってくれていた。


 そうして、食事を終えたらアリス、ミリアナ、ラーシュ、ジェイク、フィンの五人で登録を済ませてしまおうと商業ギルドへ。

 

 相変わらず、役所のような感じの商業ギルドに入ったアリスは、やっぱり……と少しだけ気落ちする。

 そんなアリスの様子をフィンとジェイクはクスリと笑い。

 ミリアナは酷く緊張していた。


 ラーシュが先導して、登録窓口へ向かう。

 アリスたちは、その後ろをついて行く。

 

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 金髪美人メガネの女性が、ラーシュさんへ丁寧に頭を下げながら対応する。


「どうも。わたくしアダマンテル商会の商会長をしております、ラーシュ・アマンデルと申します。本日は商品の登録に参りました」

「これは、アマンデル様! 直ぐにお部屋をご用意いたします。少々お待ちください」


 メガネ美人の女性が立ち上がり、奥の男性へ何事か話す。

 すると男性が、表へ出てくると男性が応接室のような部屋へ案内してくれた。


 応接室の中には、商業ギルドの職員と思われる男女四人が座っている。

 いちいち丁寧すぎると言っても過言ではない接待を受けたアリスは軽く引き、ミリアナはタジタジである。

 ちなみにジェイクとフィンは、空気を消して護衛に徹している。

 何故そうなったのかは、アリスにも分からない。


「それで……アダマンテル様。本日はどういった商品をご登録いただけるのでしょうか?」

「ゴルドー殿、今日の客は私ではないのです。本日は、こちらのお二人がお相手になります」


 ラーシュの手を追ってゴルドーの青い眼が、アリスとミリアナを見る。

 眇められた青には、落胆した、もしくはがっかりと言う意思がありありと見えた。


 軽くイラっとしながらアリスは考える。

 この先、この街に居るとは限らない自分が、表立って出るべきではないと。


 そのため、出来る限りの補助に回る。

 ミリアナとゴルドーの前に子供たちが作ったナンロール――腸詰、スライス肉、レッサーコッコの肉の三種を置く。


 自信なさげなミリアナは、どう伝えればいいのかわからないと言わんばかりだ。

 視線を彷徨わせるミリアナを見かねたラーシュが、先立って説明を買って出た。


「こちらは、南にあります孤児院を経営されております。シスターミリアナです。今回、屋台の出店と共に、三種のナンロールを登録、販売したいと仰っております」

「ほう」


 ゴルドーの視線が、ナンロールへ向けられる。

 他の四人も含め、特に表情を変えることなく話しの続きを待つ。

 痺れを切らしたアリスは、ミリアナの脇腹を肘でつつく。


「あ、あの。はじめまして、孤児院でシスターをしております。ミリアナです」

「これは、どうも……」

「孤児院が、どういった屋台を出すのか、気になりますな」


 ゴルドーの右斜め後ろに座っていた髭の男が、ふんぞり返った姿勢のまま偉そうな口調で聞いた。

 その男の態度にラーシュの眉が、ぴくりと一度上がる。


「屋台では、こちらのナンロールを販売したいです。あの、よろしかったら、どうぞ、ご試食下さい。足りなければ、まだあ、ありますので!」

「では、失礼して……」


 フンと鼻を鳴らした男が手を伸ばし、続いて一人一つずつナンロールを手に取った職員たちは、水を含み、匂いを嗅ぎ、顔を顰めると漸く食べた。


 あぁ、こういう人たちって……異界でもいるんだなー。

 人が作った物の匂い嗅いで、顔を顰めるって本当に失礼だと思うわ。

 苦手なにおいなら、食べなきゃいいのに。

 ふんぞり返る男の態度もゴルドーの小ばかにした視線も気に入らなかったアリスは、心の中で愚痴を零す。

 そんなアリスに気付くことなく、職員たちはナンロールの品評と言う名の試食を続けた――。

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