フェリス王国編――ナンロール③
値段が決まったところで、ソース担当の二人から呼ばれる。
声に答えて向かったアリスは、見事なみじん切りと角切りにされたトマトとにんにく、バジルを見て二人を褒めた。
「じゃぁ、今度は火を使うからね。アニーはフライパンを用意して」
「わかったわ!」
さっとアニーは屈むとフライパンをコンロの上に用意する。
コンロに火をつけたアリスは、オリーブオイルとスプーンをアニーに渡した。
「オリーブオイルをスプーン六杯分、入れてね」
「はい」
迷いなくアニーがオリーブオイルを入れたところで、ティクスににんにくのみじん切りを入れてもらう。
そうして、にんにくの香りがオリーブオイルに移るのを待つ間。
他の材料を二人に持ってきてもらった。
ふわりとにんにくの香りが台所に漂う。
「いい香りがしてきたら、この湯がいたトーマを半分とハーブを入れて。焦げないように混ぜ続けてね」
「は、ハーブは、ど、れぐらい?」
「バールは全部。オレルガは、スプーン一杯でいいよ」
「わ、わかった」
ティクスがメモを取る間、アニーが鍋を混ぜ続ける。
中々いいコンビだなと思いながら、アリスは肉の方へ視線を向けた。
こちらはまだ半分と言ったところだった。
肉を切る方を手伝いに行こうと思ったアリスは、追加の指示をアニーたちに出しておく。
「ふつふつしてるのが水分なの。それが小さくなってきたら、残りの半分を入れようね」
「わかったわ!」
元気よく返事をしたアニーに任せ、アリスはオーク肉のカットを手伝う。
「エリちゃん。細かくなったお肉をこうして、叩いて更に細かくして」
エリに頼み、ひき肉を作っていく。
その横で、ミリアナは一生懸命肉を切り続けていた。
「ミリアナさん。そんな真剣にお肉の幅揃えなくて大丈夫ですよ? どうせ、あぁやってひき肉にするので」
顔をあげたミリアナが、エリの方を向き視線を肉に戻すと頷いた。
ミリアナの隣で、アリスも肉を切る。
幅、大きさはかなり適当だ。
漸く肉の終わりが見えた頃、アニーたちにまたも呼ばれたアリスはコンロへ移動する。
「じゃぁ、ソースの仕上げだね。塩と胡椒を入れて味を調えよう! 後でトマトの角切りが入る事と冷やして使うものだと言う事を考えて味付けしてね。冷やすと味が濃くなるからね!」
味付けを二人に任せる。
ここで、アリスが味付けをしてしまっては今後のためにならないと判断したからだ。
慎重に、塩を入れ、コショウを入れたアニーが、ひと匙掬ってソースを舐める。
「うーん。少し薄いかな? ティクス、舐めてみて?」
「う、うん」
スプーンを渡されたティクスが舐め、同じように薄いと感じたのか塩を少し足した。
そうして、二人で何度か味見を繰り返し漸くソースが完成した。
コンロの火を止め、フライパンを下ろしたアリスはソースを蓋つきの鍋に移す。
湯気をあげる鍋ごとアリスはソースを魔法で冷やした。
そこへ、角切りのトマトを加え、混ぜる。
「じゃぁ、少し休憩しましょう!」
ソースが完成したついでに試食休憩をとろうと告げれば、ラーシュ以外の全員がぐったりとその場に座り込んだ。
それにアリスはクスリと笑う。
「試食するから手を洗ってきてね! 自分たちが作った物を食べないとね?」
パチンとウィンくして、促せば四人ともそそくさと移動へ向かった。
作業台に焼いたナンを始めとして、調理済みの材料を全ておく。
アリスはナンを一つ手に取り、千切りキャベツ、玉ねぎを置いたらたっぷりとソースをかける。
そして、その上に腸詰を乗せくるくるっと巻いたらナンロールの出来上がりだ。
「ラーシュさん。これが現物です。一応値段は決めましたけど、本当に大丈夫か試食してご意見ください」
「おぉ、よろしいのですか?」
「はい! お願いします」
期待に満ちた瞳をナンロールに向けたラーシュは「では」と一言発し、カプリと食らいついた。
ラーシュが食べている間、アリスは手を洗いに行っている四人のスライス肉の分も作る。
「アリスちゃん、洗ってきたよ~!」
「おかえり~」
「た、ただ、いま」
「おまたせー」
「じゃぁ、巻き方教えるね――」
ラーシュに渡した腸詰ナンロールと同じ順番で、包むようアリスは口頭で教えた。
皆それぞれ好きなように具材を乗せ包んでいく。
全部同じにするよりはお客さんの注文を聞いて、野菜の量なんかを調整してもいいかもしれないとアリスは考える。
だが、と考えを改める。
慣れない内は、多分いっぱいいっぱいになるだろうから同じ量がいいだろう。
「おいしぃぃ!」
「これを、私たちが作ったのね!」
「す、凄い。ほ、本当に、お、おいしい」
「まぁ、本当に美味しいわ! これなら汚れないしお子様でも食べやすいわね」
エリ、アニー、ティクス、ミリアナの順で各々感想を伝えてくれる。
それに微笑み、アリスは今一度ラーシュを見た。
ちょうど食べ終えたラーシュは「ふむっ」と言うと大きく頷く。
「これであれば、何の問題もありません! 王都でも売って欲しいぐらいですよ!」
「良かったです」
王都で売るかどうかは置いておいて、間違いなく売れるのであれば大丈夫だろうと、アリスは息を吐き出した。
残るは腸詰の仕方だけ、肉種を作り、詰める作業だけだから、ここに居る四人なら間違いなくできると確信を持つ。
皆が食べ終わった頃合いを見て、アリスは肉種づくりを再開する。
まずはという事で、魔法の鞄から乾燥して粉になったシナモン、クローブ、ナツメッグ、ブラックペッパー、塩、すりおろしたにんにく、細かくみじん切りパセリとバジルを取り出した
「じゃぁ、肉種を作っていきます! 今回は私が用意したのを使います。次回からは、ちゃんと仕入れて作って下さいね?」
「この粉はなんですか?」
「これは、シーモンとクロロウです」
「ほう。なるほど……これならば、薬剤の問屋で簡単に購入できますね。目的は、肉の臭みけしといったところですか……」
「はい!」
ラーシュに答えたアリスは、あらびきになったオーク肉をボール四つ分に分ける。
それをアニー、エリ、ティクス、ミリアナの前へ置く。
アリスは、四人に指示を出しながら、冷やす魔法を使い混ぜ具合を見ていく。
「ここで、注意するのはお肉を温めないことだよ。おばあちゃんが今魔道具作ってくれてるから、それができるまではこんな感じで魔法で冷やすの」
「だから、アリスちゃんは魔法が使える子がいるか聞いたのね?」
「そう。この作業もだけど、さっきミリアナさんに洗ってもらった腸を、凍らせて保存しておく必要があったから」
「魔法が使える子は、今ダンジョンに行ってるから帰ったら相談してみるわ」
「そうして!」
話をしている内に、すべての材料を混ぜ終えた。
そうしたら、腸詰最大の工程だ。
アリスはまたまた魔法の鞄から、皮で作ったしぼり袋と細長い口をした絞り用の金具、大きめの洗濯ばさみのようなクリップを取り出した。
「使い方を説明するね。これに替えはないから大切に使ってね?」
四人が神妙な顔で頷く。
それを受けて、アリスはしぼり袋に金口を入れる。
きっちりとはまっていることを確認したら、お肉を七割ぐらいまで入れていく。
「お肉は入れすぎないようにね。お肉を入るときは、空気を出来るだけ抜いて。後、入れたら上をグルグルって絞って、このクリップで止めてね?」
四人が入れる様子をチェックしたアリスは、腸を魔法の鞄から取り出した。
初めて見る白長い物体に、子供たちの動きが止まる。
「ここからは慎重にね! 白いのは凶暴な羊の腸でね。腸詰の皮なの。破れやすいから雑にだけは扱わないでね」
頷いた四人にそれぞれ腸を手に持つように伝えたアリスは、まず自分がやって見せる。
出来るだけゆっくりと、見えやすいようにしぼり袋から突き出した金口に通した。
「やってみて?」
四人が見様見真似で、腸を金口へ通していく。
エリは、滑ったせいで少し破ってしまったようだが、他の三人はちゃんとできた。
それでも、問題ないと判断したアリスは、続きを伝え促した――。




