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フェリス王国編――ナンロール②

 なんとかエリもナンを焼き上げた。

 アニーに比べると色合いは少し黒っぽいように見えるが、初めてだったのだ。

 成功と言って問題ないとアリスは考えた。


「じゃぁ、最後はティクスくんだね」

「が、がんばり、ます」


 ティクスの焼き上げたナンは試した三人の中で一番形が綺麗で、焦げ目がいい感じだった。

 慎重だからこそ、焦らずじっくりと行動するティクスにアリスは、焼き場を任せようと決める。


「よし、じゃぁ焼き上げたの持って、三人とも作業台に戻ろう!」


 コンロの火を消したアリスは、三人に焼きあがった材料を持ってくるように告げる。

 それぞれが作業台に着いたのを見計らいアリスは魔法の鞄から、ごそっと野菜とハーブ類を取り出した。


「こんなに?」

「うん。いっぱい使うんだよ! まずは、キャベット、トーマ、バジルを洗ってね」


 アリスが取り出した野菜は、キャベツ、トマト、玉ねぎ、にんにく。ハーブは、バジルと乾燥させたオレガノだ。

 三人が急いで井戸へ向かう。

 それについて行ったアリスは、井戸の前で作業を続けていたミリアナへ声をかけた。


「ミリアナさん。どうですか?」

「……あ、アリスちゃん。大体終わったと思うわ」


 ミリアナが少し除け、バケツの中が見えやすい位置に移動してくれる。

 アリスが中を覗き込む。

 徐に一つ腸を掴むと腸の中を通るように水魔法で水を生み出し流してみた。

 ちょろちょろと腸を通って流れ出る水が汚れていないのをチェックしたアリスは、これなら大丈夫と頷く。


「綺麗に出来てますね。これなら腸詰も簡単に出来そうです」

「あぁ、良かった……」

「じゃぁ、ミリアナさんも台所で一緒に作りましょう!」


 先に戻った三人に遅れること数分、アリスとミリアナも共に台所へ戻る。

 と、そこへ十歳前後の男の子が、二人走ってくるとミリアナに抱き着いた。

 

「二人ともどうしたの?」

「シスター、入口に大きいおじさんがいるのー!」

「おじさん?」

「うん! アリス嬢はいないかって、聞いてきた!」

「えっとね、らーし? アーマテル? て、言ってた!」

「ラーシアーマテル?」


 要領を得ない話しにミリアナもアリスも首をかしげる。

 唯一わかったことは、大きいおじさんがアリスを探しているという事だけだ。

 

 変な人に狙われていたりしないかと不安になりかけたアリスをユーランが呼んだ。


『アリス!』 

『ユーラン。どうしたの?』

『入口見てきたけど、居たのは馬車で一緒に旅した男の人だよ』

『あ! ラーシアーマテルじゃなくて、もしかして……ラーシュ・アダマンテル? ラーシュさん?』

『そう。その人!』

『そっか、教えてくれてありがとう、ユーラン!』


 子供たちの言っていた大きいおじさんの正体は、ラーシュさんだった。

 ミリアナに知り合いだと言ったアリスは、子供たちにキャベツを千切りにするように伝えると急いで入口へ向かう。

 

「ラーシュさん!」

「おぉ、アリス嬢。お久しぶりでございます」


 変わらぬラーシュの笑顔につられたアリスも笑顔で返す。

 

「お久しぶりです。どうしてここに居ることが分かったんですか?」

「えぇ、実は私がとった宿が、たまたまインシェス家の皆さんと同じ葡萄の棚亭でして……」

「なるほど~! あ、ラーシュさん、ちょっと中で話せませんか? 今作業中で……」


 ラーシュとそのまま話し込みそうになったアリスは、ラーシュを台所に誘う。

 アリスがラーシュをわざわざ誘った理由は、商人であるラーシュならナンロールが、いくらで売れるか一緒に考えてくれるだろうと言う打算込みだ。

 それを知らないラーシュは、いいのですか? と言いながらニコニコとついてくる。


 ラーシュを連れて台所へ戻ったアリスは、キャベツが山盛りに千切りされているの見て軽く驚いた。

 短時間でこれだけできるなんてと、思いながら誰がやったのか聞けばその場にいる子供たちの視線がエリに向く。


「エリちゃんがやったの?」

「えへへ……こう言うの得意なの」

「そっかー! じゃぁ、エリちゃんは具材の仕込み担当だね!」

「わーい」


 エリの頭を背伸びして撫でたアリスは、エリに玉ねぎのみじん切りを頼み。

 ティクスに湯剥きトマトを作るよう指示を出した。


 そうして、アニーとミリアナには、腸詰の具材を作ってもらう。

 ドンと作業台にオーク肉の塊を出したアリスは、二人の前に肉を置いた。


「……お肉がっ」

「大体でいいから、同じぐらいの幅で全部切ってね!」

「ほう。これをどうされるのですかな?」


 ラーシュの問いにアリスは、焼き立ての腸詰を一本差し出す。

 瞼を瞬かせたラーシュが、ごくっと喉を鳴らして腸詰を掴むと一口頬張った。

 瞬く間にラーシュの頬が紅潮する。

 そして、彼は何とも言えない表情を浮かべると「うまい!」と一言感想を口にした。


「今作ってるのはこれの中に入ってるお肉なんです。孤児院の屋台で売ろうと思ってるんですけど、ラーシュさんならいくらにしますか?」

「これを屋台で!!」

「あ、アリスちゃん。トーマ出来たよ」

「ティクスくん。ありがとう。じゃぁ、それをざるにおいてね」


 ラーシュと会話している間に湯剥き用のトマトが出来上がっていた。

 アリスは一時会話を中断すると、ティクスと一緒にトマトの皮を剥きザクザクと大きめに切るとボールに入れた。

 そうこうする内に、今度はエリがアリスを呼ぶ。

 

「オニロ終わったよ~」

「そしたら、エリちゃんはお肉の方にお願い~」

「わかったー」

「アニーちゃん。ソース作り教えるからこっちに来て~」

「はーい」


 エリとアニーが場所を変わり、ティクス、アリス、アニーの順で作業台に並ぶ。

 アリスたちの前には、ソースの材料が並んでいる。

 ボールに入れた湯剥きトマト一五個分、オニロのみじん切り二玉分、角切り用トマト三個、にんにく一玉、バジルと乾燥させたオレガノ少々、オリーブオイル、塩、こしょう。


「まず、アニーちゃんはにんにくのみじん切りを作ってね」


 皮を剥いたにんにくひと欠片を手に持ったアリスは、にんにくを半分に割ると芽を取り除く。

 それが終われば、にんにくの上を少しだけ残し全体に縦に切れ込みを入れる。

 後は、横からスライスすればにんにくのみじん切りの出来上がりだ。


 アリスの手を見ていたアニーが、同じようににんにくのみじん切りを作っていく。

 その間にティクスには、角切りトマトを作ってもらう。


「ティクス君には、トマトの角切りとバールのみじん切りを作ってもらいます!」


 アリスは一つトマトを取り、ストンとへたを切り落とした。

 落とした部分を下にして、一センチ程度の厚さで切っていく。

 切り終えたら、中の種を綺麗に取り除き、向きを変えながら切る。


 バジルは、刃の部分をそのままサクサクと切って行くだけだ。


 ティクスが、トマトを取り切り始めるのを見届けたアリスは、ラーシュの元へ戻った。


「お待たせしました。それで、ラーシュさんならいくらにしますか?」

「そうですなぁ……。手間と材料を考えて、中銅貨一枚といったところでしょうか?」


 中銅貨一枚って、一個千円ってことだよね? と、驚いたアリスは口の端が引きつるのを感じた。


 アリスが市場を見た限りオーク肉の値段は、二キロから三キロで、中銅貨一枚だった。

 他にも材料を使うと言っても野菜やハーブなど諸々の代金含めて、大銅貨一枚でおつりがくる程度だ。


 流石に中銅貨一枚は高くないかと思ったアリスは、ラーシュに詳細を話し相談することにした。

 

「—―と言う訳でして、流石に中銅貨一枚は高いと思うんですが……」

「なるほど……。値段は中銅貨一枚が妥当だと思いますよ。私なら間違いなく買います! アリス嬢が狙っている顧客は冒険者ですよね?」

「はい」

「であれば、彼ら日給はDランクの者で大銅貨一枚から三枚です。特にこの街の場合、それが倍になるぐらいに吐かせているので、値段はそのままで問題ありません」

「なるほど。だったら、稼げた分で飽きが来ないように種類をいくつか作るのもありですね」

「それは素晴らしい発想ですね!」


 ラーシュと話し納得できたアリスは、腸詰ナンロールの値段を中銅貨一枚。 

 他の肉に関しては、肉の値段によって小銅貨七~九枚に決めた。

イイネ、ブックマーク、評価、誤字報告、誠にありがとうございます!!

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