フェリス王国編――計画
ミリアナと話し終えたアリスは、自分にあてがわれた部屋のベットでゴロンと横になった。
ユーランとフーマには、事情があって皆が寝るのを見張ってもらっている。
経営が思わしくない孤児院の経営を上向かせる手段は、日々現金収入をえること。
それなら、異世界の料理を伝授すればいいのではないかとアリスは考えた。
だが、簡単なものじゃ誰かが、直ぐにマネをして安売りする可能性が高い。
だったら、マネが出来ない物を売り出す方がいい。
そこで、アリスはまずホットドッグに目をつける。
たまたまミリアナが食べずに持っていたからだが……。
しかし、ホットドッグには、パン作りが必要になる。
そうなれば流石に手間が、かかりすぎる。
その他にもドライイーストと凶暴な羊の腸が、手に入るかという問題が発生してしまう。
ドライイーストは小麦粉で、酵母を作ればいい。
だが、生きた酵母の管理状態が少しでも悪いと、直ぐに使えないものになってしまう。
却下だなと思ったアリスは、意識しながら思考を切り替えた。
酵母がダメなら、パン以外で包む考えた方がいい。
作るのが子供であることを考慮して、パン窯よりもフライパンもしくは鉄板で出来るもの。
トルティーヤ、クレープ、ベーグル、ナン……ナンか!
ナンだったら生地さえ作っておけば、手で伸ばしてその場で焼ける。
焼き上がりに野菜と腸詰を包めばいいだけだし、これに決定しよう!
必要なものが小麦、オリーブオイル、塩、水だから経費も掛からない!
「中身は、オーク肉の腸詰か、腸が手に入らなければ削いで炒めた肉でいい。野菜は、その時畑にあるハーブかキャベットの千切り、みじん切りを使用すればさらに経費はかからない。ソースは、トマト、オリーブオイル、塩コショウ、にんにく、バール、オレルガで作ればいい」
一応、ミリアナさんに処理の仕方を教えて……。
あぁダメだ、瞬間冷凍が無いと腸が腐っちゃう。
何かいい方法は……あ、おばあちゃんに頼んでみようかな?
『アリス、シスター寝たよ』
アリスがちょうど思考を終えたところでユーランが知らせをくれた。
ユーランにお礼を告げたアリスは、ベットから起き上がると早速神のキッチンへ移動した。
アリスがこんな深夜にわざわざ、神のキッチンへ来た理由はキッチンスケールだ。
キッチンスケールを使ってアリスが、作るのは計量カップである。
何故、アリスが、そんなことするのかと言えば、孤児院の子供たちのためだった。
まずは、シンクの下にある引き出しから計量カップを取り出す。
キッチンにある計量カップは、一杯当たり二〇〇ミリリットル。
これを小麦で換算すると、一杯あたり一一〇グラムになる。
ただ、この単位や計算が、この世界の子供たちに伝わる気がしない。
そこでアリスは、一杯で二〇〇グラムになるように三六〇ミリリットルの計量カップを作る予定だ。
まず、ミスリルの板を取り出す。
それに魔力をゆっくりと流し、変形させていく。
この方法は、まだ家にいるときにアンジェシカの魔道具製作で習った。
じっくり、じっくり、魔力を流しカップの形をとらせる。
出来上がったカップをキッチンスケールに置き、デジタル表示で〇にしたアリスはカップに小麦を入れた。
「うっ、二〇グラム多い! フーマ手伝って!」
『アリス、フーマ何スル?』
「今からねカップを小さくするから、すれすれのところまで小麦粉を払って欲しいの。あと、この上に落ちた小麦粉も、外に吐き出して?」
『ヤル!』
呻いたアリスは、小麦を入れたカップをそのまま小さく変える。
サラサラと小麦が溢れ、キッチンスケールに落ちる。
それをフーマが上手く、飛ばしてくれた。
十グラム、五グラムと緊張しながらそっと小刻みに小さくする。
そして、漸くキッチンスケールの表示が二〇〇を示す。
それと同時にアリスは、ほぅと息を吐いた。
「フーマありがとう! 助かったよ~」
『フーマ、頑張ッタ。アリス嬉シイ。フーマモ嬉シイ』
可愛い事を言うフーマをアリスは、思いっきり撫でまわす。
喜ぶフーマの横で、寂し気に見ていたユーランを同じく撫でまわしたアリスは、汗を拭うと宝飾箱へ移動した。
宝飾箱で、アリスは、一つの計量カップを取り出す。
計量カップの表面、三分の一の部分に削った印をつける。
ミスリル板を机に置くと同じものを作って欲しいと宝飾箱にお願いした。
すると、瞬く間に一〇個の計量カップが現れた。
その後、またフーマに手伝って貰って、きちんと小麦粉が二〇〇グラムになることが分かったアリスは、漸く眠りについたのだった。
*******
翌早朝、深夜まで作業をしていたアリスは、ミリアナによって起こされた。
まだ眠い目を擦り、起き出したアリスは裏口へ向かう。
「「「「「「アリス!!」」」」」」
アリスが裏口に姿を見せたと同時に、家族たちがアリスを呼ぶ。
呆然と見つめていたアリスの瞳が次第に潤んでいく。
無心で流れる涙を袖で擦り、手を広げる家族の元へ飛び込んだ。
たった一晩離れていただけなのに、ずっと会えなかったかのような気持ちになる。
「ごめんなさい」と何度も謝りながら、大好きな家族の暖かさを感じた。
ひとしきり再会を喜んだアリスたちは、ミルリナと共に場所を移動する。
応接室のような部屋へ入ったところでアリスは、改めて家族にミルリナを紹介した。
「ここの孤児院を経営してる、シスターのミルリナさんだよ。それで、こっちは私の家族で――」
「シスターミルリナ、孫が大変お世話になりました。この御恩をいかようにして返せばいいか……」
「いえいえ、そんな大したことはしておりません」
ジェイクをはじめとした家族たちが、深く頭を下げた。
慌てたミルリナは、手をブンブン振ると微笑みを深くする。
そんなやり取りを見ていたアリスは、わずかに開いた扉から覗いている目が複数あることに気付いた。
そうだよね。皆、親がいないんだもん……寂しい思いぶり返しちゃうよね。翼の記憶を持つアリスには、その寂しさが良くわかる。
だからこそ、彼らがこれ以上悲しまないように、苦しまないように自分にできることをしようと考えた。
「ミリアナさん。そして、皆。私の話を聞いて欲しいの!」
真剣な紫の瞳に見つめられた彼らは、無言のまま頷いた。
アリスは自分が練っていた計画を話す。
孤児院のためにアリス自身が取れる方法は二つ。
一つ目は、危険を冒してまでダンジョンに潜っているトニーたちのために、アンジェシカ以外の家族が戦闘方法を教えること。
できればダンジョンに行く時、一緒に潜って貰ってその場で指導してもらう。
ついでに凶暴な羊とオークもしくはボア系を狩ってもらう事。
二つ目は、冒険者の子供たちを頼らずとも、孤児院に日々お金がはいってくるようにすること。
そのためにアリスは、孤児院でナン種を仕込み。
屋台で焼き、具材を詰めて販売したらどうかと考えた。
主な材料は、野菜だから孤児院の菜園で揃うし、なんといっても子供にでも作れるので売りやすい。
唯一の懸念が腸詰づくりなのだが、そこは削いだ肉に置き換えてもいい。
凶暴な羊の腸の処理については、アリスがミリアナに教える。
アンジェシカには、即時冷凍ができる魔道具の壷、箱もしくは倉庫を作ってもらうよう協力を頼むつもりだ。
「——って、感じの事を考えているんだけど、ミリアナさんと皆はどう思う?」
話すまでは自信満々だったアリスも流石に、お人よしが過ぎると言われるのではないかと不安になる。
そのためかアリスは眉を八の字に下げ、上目遣いに皆を見回した。
「ふむ。なるほどな。それなら我らでも協力できるな」
顎に手を添え、一つ頷いたジェイクが面白そうだと笑みを浮かべる。
「アリスのお願いなら、おばあちゃん張り切って作るわ!」
ポンと胸を叩いたアンジェシカは、パチンとウィンクする。
「ダンジョンは、私には向かないから凶暴な羊の狩り方と解体の仕方を教えましょうかね」
中距離攻撃が得意なフェルティナは、ダンジョンではなく凶暴な羊狩りを請け負ってくれた。
「私は、あまり教えるのが得意じゃないが、魔法が使える子がいるなら教えよう」
あまり乗り気ではないが、ゼスも快諾してくれる。
「アリス、兄ちゃんに任せろ!」
ニカッと笑ったクレイは、キメ顔を決めた。
「私は……」
俯いたフィンは、そのまま黙り込んでしまった。




