フェリス王国編――迷子のアリス②
アリスが、何時まで走ればいいのと思って矢先、トニーが足を止める。
それにつられてアリスも足を止めた。
トニーが足を止めた場所は、廃れた神殿の前だった。
元は綺麗だっただろう白い壁は、つる草が壁を這い半分を覆いつくしている。
入口は何故か扉が閉められ、トニーは裏口に回って歩き出す。
どういうこと? と、回らない思考をフル回転して考えるアリスは、とりあえずトニーに着いて行く。
「ここが俺の家だ!」
「裏口が家??」
裏口で胸を張って家だと言うトニーにアリスは、首をかしげながら言葉を差し込む。
「違うっつーの! この神殿は今じゃ使われてなくってな。で、このままだと勿体ないから孤児院になったんだ!」
「あぁ、なるほど!」
要は、孤児院にアリスは連れてこられたという事かと納得しつつ、どうしてこうなったと心の中で思う。
だが、どんなに思い考えたところで、状況は変わらない。
それならば、中に入って大人に葡萄の棚亭への行き方を聞けばいいとアリスは考えた。
トニーが大きな木の扉を開けると、そこは石造りの台所だった。
外は廃れた外見だったが、廊下は修復されているのか、それなりに綺麗で部屋もきれいに整頓されている。
ずんずんと廊下を進むトニーの後をアリスはついて行く。
そうして、一つの大きな部屋についた。
「トニー! こんな時間まで、どこに行ってたの!?」
トニーが部屋に姿を見せた途端、響いた大声にアリスの身体が大きく揺れた。
悪びれた様子なく「シスターごめん」と謝ったトニーが、アリスを横目で気遣いながら部屋へ入るように誘う。
「アリス」
「あ、えっと……こんばんわ」
部屋の入口、トニーの後ろから顔を出したアリスは、早鐘のようになる鼓動をなんとか抑え声を出した。
部屋の中には、二〇人近い子供と大人の女性が一人。
全員が、トニーと同じく古着を着ている。
子供たちは年齢も種族もバラバラで、少年がトニーを含めて一二人、少女が九人だ。
シスターと呼ばれた女性は、年齢五〇代後半。
柔らかそうなくりくりの赤毛、栗色の瞳、良く笑う人のようで、ほうれい線がくっきりと浮かぶ頬をしていた。
全体的に全員が、食事をしっかりとれていないのか痩せている。
「あらあら、まぁまぁ、どうしましょう! トニーがついに人攫いを!!」
「いや、ちげーから!!」
トニーを誤解しているらしいシスターは悲壮感を漂わせるような声音で、どうしましょうと慌てる。
トニーは即座に否定する。だが、シスターは思い込みが激しいのか、トニーが何度違うと訴えようと聞く耳を持たない。
そんな二人のやり取りをアリスは、終わるまで黙って待つ。
「あの、私街で迷子になって……トニーに助けて貰っただけなんです」
「あらあら、そうだったのね。私はミリアナ。あなたのお名前は?」
「アリス・インシェスです。家族で王都に向かう途中この街に寄りました。街を散策中に家族と逸れたところをトニーに助けてもらいました。家族は、葡萄の棚亭に泊まっています」
名前を聞かれたアリスは、ここぞとばかりに状況を説明する。
するとシスターは、ほっとしたような表情を浮かべ「良かった」と一言漏らした。
捨てられた子供でなくて良かったという意味だと、悟ったアリスはにっこりと微笑む。
だが、アリスの笑顔は直ぐに消えることになる。
「でも、困ったわね……」
そう言って右手を頬に当てたミリアナは、アリスへ困った表情を見せた。
カルロの街は、中央に巨大なダンジョンを抱えている。
はるか昔、そのダンジョンがスタンビートを起こし、街が壊滅状態になったことがあるそうだ。
それを機に、当時の領主が街の住人の安全を考え、東西南北に四つの大きな門作った。
門の開閉は、二鐘で開き、八鐘で閉まる。
一応、門を通らずに街の壁沿いを進める道もある。
だが、子供が通るには、かなり危険だとミリアナは語る。
何故なら街の壁沿いはスラムになっており、日常的に暴行を加える者や物を奪うものなどがいると言う。
そんな道をアリスも、通りたいとは思わない。
「もし、アリスちゃんさえ良かったらだけど……。今夜はここに泊まって、明日葡萄の棚亭へ行きましょう」
「そうだぜ、アリス。今日は泊っていけ!」
是が非でも今日中に、帰るつもりだったのにと、アリスは二人の提案に戸惑った。
泊めてもらえるのはありがたい。
でも、とアリスは思う。
私が戻らないことで、家族に余計な心配をかけてしまう。どうにか連絡できる手段があればいいに……ユーランかフーマが呼びかけに答えてくれれば……あ! そうだ。
『ユーラン、フーマ。精霊さん! お願い答えて』
アリスは必死に心の中で、見えない精霊に話しかける。
何度目か分からない呼びかけを終えたアリスは、ダメかと諦めかけた。
——その時、アリスの髪を見えない何かが優しく撫でた。
『精霊さん。お願い。葡萄の棚亭にいるユーランとフーマをここに連れてきて欲しいの。お礼は欲しいだけ魔力をあげるから』
サラリと髪が揺れる。
精霊の気配が消えたのを感じたアリスは、ひとまずこれで大丈夫だとほっと息を吐いた。
タイミングよくアリスの耳に、可愛らしい「ぐぅぅ」と言う音が聞こえる。
音が聞こえた方を振り向いたアリスは六歳ぐらいの女の子が、お腹を押さえ赤くなっているのを見て微笑ましく思う。
「あらあら、夕飯が足りなかったみたいね」
「あの……良かったら」
ミリアナは、眉を八の字に下げ困った風に笑った。
余計な事だとは知りつつもアリスは、腰に下げたメディスンバックからホットドックを取り出した。
出来立てのホットドックの匂いを嗅いだ子供たちが、物欲しそうな顔でアリスの持つホットドックとミリアナの顔を行ったり来たりする。
「ごめんなさいね。頂いてもいいかしら?」
「はい! 是非食べてください。皆の分もあるから、喧嘩しないでね?」
ミリアナの言葉が引き金になり、子供たちがアリスに群がる。
一人一つずつホットドックを渡したアリスは、ミリアナにも差し出す。
だが、ミリアナは中々受け取ろうとしない。
それに焦れたアリスは、無理やりミリアナの手にホットドックを持たせた。
「私にまで……。あなたの大切な食糧なのに……」
皆が、みんな痩せている。その上、夕飯を食べたばかりだと言うのに、あの齧りつきようだ。あまり満足に食べられていないのではないか? ぶしつけな質問になってしまうだろうが、何か協力できることがあるかもしれないと、アリスは口を開く。
「このぐらい大したことじゃないです。そんなことより、ここの運営って大丈夫なんですか?」
「……子供のあなたに、話す事はないわ」
ミリアナの雰囲気が一瞬にして変わり、突き放すような冷たさを含む。
あぁ、聞き方を間違った。私はいつもそうだ。もっと、自分の考えを伝えて、相手に聞くべきなのに……。
触れられたくない部分を刺すような聞き方をしてしまったと後悔したアリスは、今度こそ間違えないぞと言う思いで再びミリアナに向き合う。
「ミリアナさん。よそ者の私がいきなり、こんなことを言うのは失礼に当たるのは重々承知しています。でも、あの子たちが凄く痩せてるのが、気になったんです。ミリアナさんを含む皆がしっかり毎日、食事をとれているのかって……。私のような子供が、出来ることは無いかもしれない。でももし、私に手伝えることがあるなら、手伝わせて下さい」
アリスなりの言葉で、真摯に伝えた——。




