フェリス王国編――迷子のアリス①
ソーセージが出来上がり、葡萄の棚亭のリビングに戻ったアリスは、クレイをはじめとした家族に呼び止められた。
一体何事だろう? と、アリスは、不安な表情を隠さず晒した。
「アリス。チョウヅメ出来たか?」
「うん。出来たけど……?」
まさか、食べたいなんて言わないよね? と、思いながら返事をしたアリスに、フェルティナが否と言わせぬ笑顔を向ける。
「アリス、ママ食べたいな~」
「……え?」
「俺も食べたい!」
これは作ってこいと言う指令だと気づいたアリスは、無言で自分が作って湯がいておいたソーセージを取り出した。
数にして七本。何とか足りるだろうと思いながら、皆が手を伸ばすのを待つ。
「これが腸詰か……ほう」
「いい匂いね?」
「とりあえず、食べてみようか?」
「そうね」
ジェイク、アンジェシカ、ゼス、フェルティナの順で、確認し合った四人は頷き合うと同時にソーセージを頬張った。
プチンと音が鳴り、辺りに香しいオールスパイスの香りが漂う。
既に試食を済ませたアリスは、余裕の表情で咀嚼する家族を見守る。
だが、徐々に家族の表情が恍惚としたものに変わって様を、間近で見ていたアリスはこの後のことを思い戦慄する。
間違いなく追加注文が入るはず……時間を貰えれば湯がいてこれるが、この勢いだと全部食べ切ってしまうのではないかと……。
「これはっ!!」
「あなたっ!!」
「凶暴な羊だったね……あの魔獣なら、フィンもクレイも余裕だね」
「いいわ~。アリス最高よ!」
不穏な会話がされている気がすると、アリスは敢えて聞かなかったことにした。
「アリス。中に入ってる肉は何の肉かな?」
「オーク肉とワイバーンの肉だけど……?」
「オークは俺らでも余裕だな。問題はワイバーンの方か……」
「ワイバーンは、父さんたちに頼むしかないね。でも、ミノタウロスでも美味しいんじゃないかな?」
「ミノタウロスなら、家の近所で狩れるな!」
兄たちのがおかしい。そう思ったアリスは、すっと立ち上がり神の台所へ向かう。
どうせ追加を作るのなら、不穏な気配を避けるべきだと考えたのだ。
キッチンに戻ったアリスは、早速キッチンさんに頼みあるだけ湯がいて貰う。
このまま出すと流石に、全て消費されかねない。
そこでアリスは、ホットドッグにしてしまえばいいのではないかと考えた。
キッチンに頼み、以前も出して貰ったコッペパンを大量に出して貰う。
更に上から切り込みを入れて貰い、そのまま軽く焼く工程まで任せる。
次に、玉ねぎのみじん切りとキャベツの千切りを頼む。
それをそのままパンに詰めてもらったアリスは、ソーセージを一本だけ焦げ目がつくように焼いて見せた。
焼く作業をキッチンに頼み、アリスは野菜の敷かれたパンにソーセージ、ケチャップ、マスタードの順で盛り付ける。
後はキッチンにすべて任せる。
それをストレージに入れてリビングに戻れば、アンジェシカ以外の家族の姿が見当たらない。
どうしたのかと首をかしげるアリスに、アンジェシカがにこやかな笑顔で「皆、狩りに行くって出て行ったわ」と告げた。
「まさか……」
「ふふっ。チョウヅメをもっと食べたいんですって」
「……やっぱり」
行動力がありすぎるよ! と、心の中で突っ込みを入れたアリスは、その後アンジェシカと二人でホットドックをもぐもぐ食べた。
その夜カロルの街の冒険者ギルドでは、解体作業を担当する職人たちの阿鼻叫喚の悲鳴が上がっていたという。
理由は、ありえない数の凶暴な羊、オーク、ワイバーンが複数、持ち込まれたためだった。
犯人は、言うまでもなく腸詰に魅了されたインシェス家の五人だ。
翌日の朝、わざわざ朝食を断ってまで、ホットドックを食べようとする家族たちにアリスは軽くひく。
まぁ、美味しいのはわかるけど……朝ごはんに向いてるけど流石に二日連続ホットドッグだけってどうなの? と、突っ込みをいれた。
そうしてその日もキッチンに丸投げして、ソーセージとホッとドックを作る羽目になる。
ちゃっかりしているアリスはその間、ソーセージの燻製も作った。
そうして、二日が過ぎ家族のソーセージに対する興奮が、収まった日の午後。
アリスは、ようやっと街へ散策に出かけることができた。
見える人間もいるかもしれないと言う事で、ユーランとフーマはお留守番だ。
お供は、暇をしていたフィンとクレイである。
宝飾の店が多いと聞いていたが、流石に多すぎる。
なんで、大通りを歩けば三軒に一軒は宝飾店だ。
アリスとしては勉強になるから良いが、興味のないクレイは既に飽きている様子。
フィンは、どこか気もそぞろと言った感じで、何を考えているのかわからない。
「なー、アリス―。もう飽きたし帰ろう?」
「……やだ。まだ宿から二百メートルも離れて無いじゃん!!」
「そうは言ってもよ~。こう見る物がないんじゃつまんないだろ?」
「宝飾店の窓見て、勉強してるもん!」
「はぁ~」
アリスの説得に失敗したクレイは大きなため息を吐く。
そんなクレイを無視してアリスは、色々な店の窓を覗き込んだ。
石のカットはどこも同じで似ている。
だが、土台の装飾がどこも違うのだ。
こっちの店は、銀を主に使った土台で装飾は少なめ。だけど、透かし彫りが凄い!
あっちは、同じ銀でも土台の装飾が清逸で、細かい模様が多い。
ここは宝石のみを扱っているのか、大きなルビーがちょんと台座に乗っている。
あちらこちらと見回っていたアリスはふと顔を上げる。
気づけばフィンもクレイもいない。
その上、いつの間にか知らない路地に入り込んでいた。
「迷子だ……」
状況を呑み込んで呟いたアリスは、焦燥感に襲われる。
このまま夜になったら、どうしよう。誰も迎えにきてくれなかったら……。
もし、家族において行かれたら……。
徐々に視界が水の膜で潤み悪くなる。
それがさらにアリスを焦せらせ、冷静さを失わせていく。
「どうしよう……帰り方がわかんない。パパ、ママ」
小さな声で、両親を呼ぶ。だが、誰も答えてくれる者はいない。
そんなアリスに少年が、声をかける。
「おい。お前」
「……やばいよね? 迷子だってバレたら、絶対もう外に出して貰えない。どうしよう……あぁ、やばい!」
「おいってば!」
呼ばれたことに気付いていなかったアリスは、ビクッと肩を震わせ声のした方を振り返る。
そこには、一五歳ぐらいの茶髪に茶目の男の子が頬を真っ赤にして、ボロとは言わないまでもかなり着古されたシャツとズボンを着て立っていた。
「あ、なにか御用ですか?」
「……か、可愛い。やべぇ、出会っちゃったかも俺のマイスイートハニー」
アリスが振り返ったと同時に、少年が目を見開く。
そして、ぼそぼそとアリスには聞こえない声で何かを言う。
「あの~?」
「……あ、悪い。俺はトニー。お前、名前は?」
「アリス。アリス・インシェス」
「家名があるってことは貴族か?」
トニーに問われたアリスは、違うと頭を左右に振る。
「まぁ、いいや。あ、アリス、い、行くと来ないなら俺らのとこに来いよ! もう少ししたらこの辺りは酔っ払いが多くなる」
「あ、えっと……」
葡萄の棚亭の名前を告げようとするアリスの声を遮るように鐘が鳴る。
それを聞いたトニーは「急ぐぞ!」と一言告げてアリスの手首を掴むと走り出した。
右に、左にとトニーは迷うことなく走る。アリスは彼について行くのでいっぱいいっぱいだ。
息が切れ苦しいのを我慢しながらアリスは、トニーに置いて行かれないよう走り続けた。




