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フェリス王国編――秘密

『あれ、ボク何か間違ったかな?』

「きっと驚いてるだけだから、大丈夫」


 ユーランは、不安そうにアリスを振り返る。

 そんな彼にアリスは大丈夫だと頷いた。


 家族の様子を見たアリスは、しばらくは誰も動きそうにないと悟る。

 それならとアリスは、時間つぶしに屑石を取り出した。

 ユーランが手伝いたいと言うのでお願いする。


『行っくよ~』


 と、可愛らしく両手を上げたユーラン。

 ゆっくりと魔力が彼の手から流れ出す。

 そうして、数秒後には、小さな丸い水の球が出来上がった。


『アリス、これに石入れて』

「うん」


 ユーランに促されたアリスは飴色の石を摘まみ、水の球に入れる。

 石が入ったところで、水の球の中で水がぐるぐると渦巻き始めた。

 水圧で削ってくれているのか、と理解したアリスは中の石を見ながらユーランを褒める。

 

「ユーラン、凄いね! とっても楽だよ~!」

『ボク、役に立ってる? アリス、嬉しい?』

「うん! 凄く役に立ってるし、嬉しいよ」

『やったぁ~』


 ユーランが、手を上げたまま尻尾をふりふり。

 可愛いと微笑ましく見ていたら、「か、可愛い!」と第三者の声が聞こえた。


「フィンにぃ、おかえり~」

「うん。ただいま」 


 漸く正気を取り戻したらしいフィンが頬を染め、とろけたような笑みを見せる。


 ユーランの出していた水の球がパツンと弾けた。

 彼の手元に飴色の石が落ちる。

 短い前足で見事にキャッチしたユーランは、そのままアリスの手に石を置く。

 てててとアリスの腕を走って登った彼は、肩口に戻ると尻尾を彼女の首筋に巻き付けた。


 石を受け取ったアリスは、透けるように平たく楕円に加工された飴色の石をしげしげと見る。

 全てが透けているわけではなく、ところどころ白濁していて、イヤリングやピアスに加工するのがいいだろう。

 そう考えた彼女は、大切そうに石を仕舞うと肩口のユーランを撫でる。

 

「ありがとう! ユーラン。とっても綺麗」

『アリスが喜んでくれて、ボクも嬉しいよ』


 一人と一匹は、キャッキャウフフと戯れ合う。

 それを、フィンはただただ静かに見守っていた。


 「はぁぁぁぁ」と深いため息を吐いた。

 まさか、精霊が見えるかもしれないと思った途端、愛娘が既にその精霊と契約していたのだ。

 ゼスは、頭を抱えるしかない。


「パパ、ごめんね?」


 少しだけ悲しそうに謝る娘の姿に心が痛んだゼスは、とにかく話さねばと気を取り直す。


「アリス、きちんと話をしよう」

「……うん」

「まず、精霊様について話そう」


 己が知る全てを出来る限り、娘に分かりやすくかみ砕いて話すようゼスは心掛けた。

 

 精霊は、女神ルールシュカがこの世界のために生み出した存在だ。

 土に生まれ、水に宿り、草木を育む。だがその一方で、草木を、燃やし大地へと返す。

 この世界の生きとし生ける全てに欠かせない存在であるが、精霊を見えるものはとても限られている。

 神殿の最高位神官や精霊信仰の強い地域に住む巫女辺りなら見えるだろう。


 ゼスが知る限り精霊が、人と契約することは実に数千年ぶりとなる。

 前回の契約者は、確か三つの国を滅ぼした邪竜を倒した英雄だ。

 彼もまた、アリスと同じく精霊王の加護を持っていたと言われている。


 精霊王については、憶測が多く真実はわかっていない。

 ただ、精霊王は精霊を生み、育む存在であると言われている。

 住処についても人里から遠く離れた森の中に暮らしているとされているが、誰もみたことない。

 

「――ここまでで質問はあるかな?」


 父の言葉を真剣に聞いていたアリスは、大丈夫だと言うように首を左右振った。 

 流石我が子、理解が早いとゼスは内心で褒めた。

 そして、ここからが本題だとゼスは話しを続ける。

 

「国を富ませる精霊と契約していることが貴族や王族に知られれば、こぞっていろんな国がアリスを取り込もうとするだろう」

「どうやって?」

「一番簡単な方法は、結婚だよね。王子や貴族の息子がこぞって結婚を申し込んでくるだろうね。他には、聖女に祭り上げられたりとかね」

「うげっ、やだ。そんなの絶対に嫌!」


 舌を出し、しかめっ面をしたアリスの顔を見たゼスは笑いを堪える。


「だったら、わかるよね? 隠さなきゃいけないこと」

「うん。絶対、内緒にする!」

「精霊様もどうかご理解を……」

『精霊様じゃなくて、ユーランね! ボクはアリスのためなら何でもするよ』

「ユーラン様、ありがとうございます」


 理解を示してくれた一人と一匹にふっとゼスが表情を緩めた。

 ユーランの言葉にふっとアリスは微笑んだ。

 ユーランと父が、様付けについて押し問答をしている。

 父は精霊様に不敬だとユーランを様付で呼ぼうとする。だが、ユーランはアリスがつけたユーランに様付けは要らないと言って引かない。

 そんな一人と一匹を見ながらアリスは、家族と離れ離れなんて嫌だ。これからは絶対バレないようにしなきゃと決意をした。

 

 真面目な話しが終わった頃、コンコンとリビングの扉をノックする音が聞こえた。

 素早く対応したフィンが扉を開く。

 すると森の牙(ラフォーレ・ファング)セイが、前方に不穏な気配があるジェイクからの伝言を届けてくれる。

 また魔獣かとクレイが聞くが、どうやら違うらしい。

 

「父さん」

「やってる」


 フィンがゼスを振り返り呼べば、既に探査を開始した後だった。

 数分で探査を終えたゼスの眉間に、深い皺が刻まる。


「盗賊だな」

「こんな昼間から、馬鹿なのかそいつら……」

「クレイ言葉遣い! 仕方ないね。行こうか」

「まったく……余計な手間を」


 ゼスの答えにクレイ、フィン、セイの順で口々に悪態をつく。

 三人が手早く装備を整え、馬車側に向かう。


 盗賊を倒すのだろうと察したアリスの面持ちに緊張が走る。

 昨夜ゴブリンの討伐をしたばかりなのに……。どうして、と思うも答えは出ない。

 討伐する家族や仲良くなった森の牙(ラフォーレ・ファング)が強いことは理解している。

 だけど、とアリスは思う。

 相手は、盗賊――人で自分たちと同じく知能がある。しかも、徒党を組み、囲まれてしまったら……。

 怖い。失いたくないと思うのに身体がすくみ動けない。

 考えれば考えるほど、マイナス思考に落ちていく。

 

 ふわりやわらかな物を感じて、アリスは眼をあける。

 包み込むようにユーランが、アリスの首に尻尾を添わせるように巻き付けていた。


『アリス、大丈夫だよ。ボクが守ってあげる』

「ユーラン、皆が、パパやおじいちゃん、にぃたちが、ケガしたらどうしよう」

『大丈夫! 外には、ボクの仲間いるから、守ってくれるように頼んでくるよ!』


 そう言うと、ユーランはポンと音を立て消えた。

 とそこに、ラーシュとフェルティナがリビングへ戻った。

 

「アリス、怖い思いをさせたわね」

「うん……」

「大丈夫。だって、強いもの」


 片目を瞑り、おどけて見せた母にアリスの心が、ほんの少しだけ軽くなった。

 それでもまだ表情の硬いアリスを、フェルティナは両手を広げ抱きしめる。

 母の鼓動が耳から伝わり、徐々にアリスの緊張を解した。

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