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フェリス王国編――契約

 藍色の瞳を煌めかせた精霊は、アリスに予想外の事を告げる。


『そうだ。アリス、ボクに名前付けて!』

「名前?」

『そう! ボク、アリスとずっと一緒に居る。だから、名前付けて』

「いいの? 仲間とかいないの? 一緒に居てくれる気持ちは嬉しいけど……本当にいいの?」

「うん! 精霊は、精霊王様の森から出たらずっと一人だよ」

「そうなんだ。じゃぁ、名前考えるね!」


 アリスは、何も考えず一緒にいることを選んだ。精霊の存在がどんなに貴重かを知らないまま……。


 名前か……こういうの凄く苦手なんだけど……期待されてるっぽいし頑張って考えてみよう。

 水の精霊さんだから、水にちなむ名前がいいよね。水にちなむ宝石はアクアマリン。そのままつけるのはちょっと微妙。

 アクアマリンの和名だと藍玉(らんぎょく)。彼の眼も藍だから、ランはどうかな? いや、女の子っぽいか。

 日本語で名前を付けるとして水を読むと……たいら、な、なか、み、みな、ゆ。

 ()(らん)を合わせて、水藍(ゆらん)。それを少しヘールジオンぽくして——。


「ユーランなんて、どうかな?」

『ユーラン? ボクの名前は、ユーラン! 凄く良い響きだね。アリスありがとう! ボク気に入ったよ』


 名前を伝えた途端、空中に浮かび上がったユーランは、喜びを表すようにくるくるとアリスの周りを飛び回た。

 

「今日からよろしくね。ユーラン」

『こちらこそ』


 ユーランが浮き上がり、コツンとアリスの額に額の宝石をくっつけた。

 額がくっついた途端、二人を清涼な空気が包みこむ。

 まるで、滝の側にいるようだと感じたアリスは、自然と瞼を下ろした。

『これで契約、終わりだよ』と言うユーランの声に目を開いたアリスは、自分が精霊と契約してしまった事を今更ながらに理解した。


 ユーランと一緒にごろんと寝転がり、ゆったりとした休憩をした。

 休憩が終わり、起き上がると馬車に乗り込んだ。

 しばらくすると馬車は、走り出しフェイスの街を目指す。

 明日の昼には着くだろう聞いていたアリスは、わくわくとその時を待つことにした。

 

 王都に着くまでに一度ぐらいはは御者台に座りたいと考えたアリスは、今リビングのソファーでくつろいでいる。

 肩に乗ったユーランは契約を終えて、はしゃぎしすぎたのか今は静かだ。

 ユーランの事を紹介したいが、どう伝えれいいのか悩む。

 そんな彼女の嗜好を知らないアンジェシカが、アリスへ期待した眼を向けた。


「アリス、さっきのお菓子だけれど、私たちにはないのかしら?」


 さっき食事を終えたばかりなのにと思いながら、アリスはやっぱり言い出したと苦笑いする。

 ここで出さないのも可哀想だからと、鞄から残りのシュークリームをてテーブルに取り出した。

 早速、手を伸ばして食べようとする家族たちに、作った本人のアリスは呆れた表情をする。

 甘いものは別腹って言うし、いいかと思考を切り替えた彼女は音速で消えるシュークリームを視界に納めた。


「そう言えばアリス、さっき貰ったやつなんかにつかうのか?」

「うん。宝飾のスキルあるし王都に行ったらスキル使って、可愛いアクセサリー作ってみようかと思って」

「へぇ~」


 聞いておいて興味なげに返事をするクレイに少しむっとしながら、アリスは鞄からラーシュに貰った屑石の袋を取り出した。

 

 今は材料が無いし、出来るのは磨くことぐらいだけど良い時間つぶしになりそうだと、考えたアリスは袋から一つ石を取り出す。

 今回選んだのは、天然石に近い飴色をした石だ。

 切り出した状態で放置されていたらしい石は、まだ泥が付着した状態だ。

 色々な方向から石を観察すれば、厚みも均一ではなく、表面が荒くギザギザしていた。

 

『アリス、ボクお手伝いしたい!』


 ふんすと両前足を腰——胸の下に当てたユーランが、答えないアリスの頬をピンク色をしたぷにぷにの前足でぺしぺしとと叩く。

 その行動が可愛らしく思えたアリスは顔がにやけるのも忘れて、しばらくユーランのぷにぷにを堪能した。

 と、そこへ漸く一人の世界から帰ってきた父が、アリスを呼ぶ。


「アリス」

「パパ、おかえり~」

「あ、あぁ。ただいま」


 真剣な表情で娘を呼んだものの、娘からの思わぬ返事にゼスはポカーンと表情を崩した。

 んっ!と咳ばらいを一つ下ゼスは、改めてアリスに向かい合う。


「アリス、魔法について少し話をしようか……」


 アリスが生まれてから、ゼスはアリスに魔法について教えていた。

 十二歳になるまでは本を読ませ、魔法言語を出来る限り勉強させるようにしていた。


 試験か何かだろうと勘違いしたアリスは、真剣な表情で頷いた。

 未だぺしぺしと叩くユーランに後でねと告げ、屑石を袋に直すと父の側に座る。


「アリスが、本を読んで魔法の知識を持っているのは知ってるけど、どこまで勉強した?」


 父の問いかけにアリスは読んだ本の内容を思い出す。

 

「この世界に生まれた人々は、全員が大小拘わらず魔力を持っている。それで……魔法を使えるようになるのは一二歳で洗礼を受けてから。発動する条件は、精霊を呼び出すための魔法言語を詠唱すること。あと、詠唱しながら発動したい魔法を出来る限り思い浮かべて、見合う魔力を精霊にあげること」

「よく勉強できているね」


 父の骨ばった手がアリスの頭に伸び、さらさらと撫でる。

 それに目を細めながら彼女は、続きを語る。


「精霊に渡した魔力の量で、発動される魔法の規模が決まる。あと、自分が持つ魔法属性は精霊との親和性の高さの表れだったよね?」

「あぁ、正解だよ」


 満足そうに頷いた父を見上げ、アリスは何故いきなり魔法講座が始まったのだろうと考えていた。

 その答えは直ぐにゼスによって知らされる。


「アリスには教えていなかったけど……。本来、精霊が私たちの願いで魔法を使う時、私たちには見えない魔法陣が浮かびあがると言われている」

「そうなんだ!」

「で、昼間の話に戻るけど、アリスは言っていたね? 「パパ、凄い! 魔法陣綺麗!!」って」

「あ!」

「思い出したようだね。そう、アリスには本来、誰も見えないとされている魔法陣が見えるんだ。言い換えれば、精霊を見ることができると言う事だよ。これは本当に凄いことなんだ!」

「精霊がみえ……」


 自慢しているかのように語る父の言葉を復唱しかけたアリスは、言葉を呑み込むと肩口へ顔を向ける。

 まさか、昼間のアレはユーランが? と言う確信めいた考えが浮かぶ。


『そう、ボクが協力したんだよ』

「あぁ、やっぱりそうなんだ! ユーラン、ありがとう」

「アリス??」


 父の呼ばれたアリスはユーランの首元を撫で、向き直る。

 だが、そこにはアリスの肩口をじっと見つめる父がいた。


「パ、パパ?」


 おそるおそると言った様子で父を呼んだアリスは、父の視線を追いかけ肩口を見る。

 するとユーランが何? と、聞くように首を傾げた。

 その仕草が可愛くてやまらないアリスは、心の中で悶える。


「ア、アリス。もしかして、何かいるの?」

 

 驚愕に目を開くとはこのことだろうと、父を見て思ったアリスはユーランを両手に抱えて父の前に出した。

 そして、ユーランに姿を皆に見せてくれないかな? と、お願いしてみる。

 するとユーランは『いいよー』と軽く返した。


 どうやって見えるようになるんだろうと見守っていたアリスの手の中で、ユーランが浮かび上がると前転するように回転する。


『やぁ、初めまして。ボクはアリスの契約精霊のユーランだよ』


 アリスの手の上で立ち上がったユーランが、短い前足を片方上げて挨拶する。

 可愛いポーズだとアリスはパチパチと手を叩いた。

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