フェリス王国編――バケットサンド
アリスの言葉で動いたキッチンが、勝手にケーキを作ってしまった。
「な、なんでぇ!!」
潤んだ瞳で、叫んだアリスはその場でしばし固まった。
そうして、気持ち何とか整理すると、渋々と次の作業に移る。
しぼり袋と丸い金口をくださいと頭の中でつぶやき、出てきたしぼり袋に生クリームを詰めた。
そして、無心を貫き無言のまましぼり袋を持ち外から中に向けて、ゆっくりとクリームを出しケーキを飾っていく。
「よし、出来た! あとはくだ……いや、自分でやるから、自分でするからね?!」
少し大きさが違うのもあるが、手作りらしくていいだろうと納得したアリスは、次の工程を言葉に仕掛けて止める。
またも無言、無心を貫き果物を手に取取った彼女は、ケーキの中央を色とりどりに飾り付けたのだった。
ラーシュ用のケーキを仕上げたアリスは、ついでにと家族の分をキッチンに任せ作ってもらう事にした。
二つのケーキが作業台に並ぶ。
それを一目見たアリスは、突然がっくりと項垂れた。
「ここまで違うと流石に、渡すのはキッチンさん作だよね……」
キッチンが作り上げたケーキは、まるでプロが作ったように美しく、同じ果物を使っているのに彩もきれいだ。
一方、アリスが最後だけ手作業で作ったケーキは、飾ったクリームが歪み、色合いも微妙になっている。
「うん。決めた。今度から全部キッチンさんに任せよう。作ったことがない私が、時間かけて作業するより任せた方がいい気がしてきた。あぁ、そうだキッチンさん、こっちを崩れないように箱に入れてくれる?」
べっこりとキッチンに凹まされた彼女は、ラーシュに渡すためキッチンが作ったケーキを箱に入れて貰った。
崩れないよう箱を水平に持ち、鞄に入れる。
もう一つは、後で皆で食べようと思い鞄にしまった。
クリームが余っているのが目についたアリスは、気分転換に食べようと考える。
このままキッチンに焼いたシュー生地を出してと言えば、見た目だけいいシュー生地が出てきてしまう。
と、考えたアリスは過去の経験を活かし、シュー生地の作り方を思い浮かべた。
勝手に工程をこなしてくれたキッチンは、シュー生地を焼きたてで出してくれた。
それをを冷まし、半分に切ってもらう。
そこへ、しぼり袋を使いカスタードクリームと生クリームを入れ、あまった果物を適当に飾り付けた。
「いただきます!」
パクっと一口かぶりつけば、柔らかなシュー生地からむにっと二つのクリームが出てくる。
バニラビーンズの効いたカスタードクリームは、ねっとりと甘く。
ふんわりとした生クリームは、ミルクの風味がとても強い。
口の中が甘ったるく感じたアリスは、上の果物を口に含む。
途端に、甘酸っぱい果物たちで口内の甘ったるさが流された。
気持ちを切り替えるために食べたシュークリームが、予想以上に美味しかったせいで、アリスは夢中で食べてしまった。
予想以上のボリュームに少し食べすぎたかなと思いながら、一つずつ紙に包んで貰ったシュークリームを鞄に直し込む。
紙に包んだうちの八個は、昨日馬車を守ってくれたお礼として森の牙に渡す用だ。
「さて、作ろうかな。キッチンさん、前に作ったバケットを一〇本お願いします」
アリスが言い終わると同時に、作業台に八〇センチの長いバケットが現れる。
よく食べる家族たちと同じく良く食べる森の牙の存在を思い出したアリスは、バケットの本数を倍に増やし八等分から四等分にサイズを変えてお願いする。
「側面に切り込みを入れて四等分に切って下さい。それが終わったらオリーブオイルを中に塗って軽く焼いてください」
小麦の焼けたいい匂いが漂うと作業台にずらりと開かれたバケットが現れた。
「次は、グリーンリーフと紫玉ねぎで作ったスライスオニオンを乗せて、スライストマトを乗せて下さい。それが終わったら、隙間が無いようにフレッシュチーズのスライスと生ハムを乗せてブラックペッパーを振りかけて下さい。後は、一つずつ紙につづんでくれると嬉しいな」
一気に告げたアリスは、出来上がったバケットサンドを魔法の鞄に詰める。
そのついでにキッチンさんにコーヒーのお代わりを作ってもらい、冷たいミルクティーも用意して貰う。
これで全部そろったはずだとバックに鑑定をかけ、中に入っているものの個数を表示させる。
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名前 : 魔法の鞄
所有者 : アリス・インシェス
材料 : ブラックウルフの皮、アラクネの糸
製作者 : マリ―雑貨店/マリー
付与者 : アンジェシカ・インシェス
内容 : コーヒー(三〇)
ミルクコーヒー(二一)
紅茶(三六)
バケットサンド(八〇)
から揚げパン(八)
牛丼(十)
ミルクスープ(十二)
アップルパイ(十)
苺のミルフィーユ(三)
ミルクプリン(五)
フルーツケーキ(一)
箱入りフルーツケーキ(一)
フルーツシュー(四〇)
アイスミルクティー(四五)
おにぎり(十三)
おにぎり・梅(二)
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少なくなっているものあるがアリスが心配するほど減っていない。
これなら、まぁ何とかなるかなと彼女は考えた。
好奇心旺盛なアリスはそう言えばと、思いつく。
前に試した時は、出来上がりだけを思い浮かべた。なら、一度作った物はどうだろう? と。
もし、一度作った物が同じようにできるのなら、私が態々また伝える必要はなくなる。
そう考えたアリスは、さっそく以前つくった苺のミルフィーユを一つ作ってもらうにした。
「苺のミルフィーユを一つください!」
綺麗に飾られた苺のミルフィーユが、直ぐに作業台へ現れる。
それを手に取ったアリスは、くんくんと匂いを嗅いだ。
「匂いは美味しそう! ちゃんとバニラビーンズの香りもする」
もぐっと一口食べた途端、彼女の顔がぱぁ~と幸せそうな笑顔に変わる
これはいける!! アリスはそう確信した。
一度作った料理は、同じ味、見た目は凄く綺麗に再現される。
「前に食べたお味噌汁は、生臭いやら、ねっちゃりしてるやら、でとにかくまずかったもんな~」
思い出すのも悍ましいと言わんばかりに顔を顰めたアリスは、作って貰った苺のミルフィーユをもぐもぐ食べた。
一切れ食べ終わり、時計を見たアリスは、慌てて神のキッチンから馬車に戻る。
時間は既に、お昼時を過ぎていた。
アリスがリビングに戻るとフェルティナが一人座っていた。
「ママ? 皆は?」
「あぁ、ようやく戻ってきたのね! 天気がいいし、お昼は外で食べようっておじいちゃんが言い出してね」
「あ、そうなんだ! じゃぁ、行こう!」
自然と自分から手を差し出した娘の手をフェルティナがしっかり握り、アリスは初めての外にでる。
中天にかかった太陽の光を受けて、眼を眇めたアリスは外の気配を感じて胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「さぁ、こっちよ」
フェルティナに促されたアリスは、ゆっくりとした歩調であたりを見ながら進む。
アリスたちが今いるのは、少し小高い丘になった見晴らしのいい草原だ。
草はアリスのくるぶし程度で高くなく、今朝走り出したであろう鬱蒼とした森が見える。
「お、漸く来たな嬢ちゃん!」
「アリス、おかえり」
「お待たせしました。遅くなってすみません」
ガロはアリスの姿を認めると、ニコっと戦士らしい溌溂とした笑顔を向ける。
アリス自身に色々あったとは言え、待たせてしまったのだから謝るべきだと考えた彼女はペコリと頭を下げた。
既に空腹が限界なのか、クレイが「早くご飯!」と急かす。
苦笑いを浮かべたアリスは「お昼は、バケットサンドと冷たいミルクティーだよ」と母に告げる。
それに頷いたフェルティナが、皆にバケットサンドとミルクティーを配る。
「おぉ! でかい。美味そう」
「では、頂こうか!」
クレイにせかされたジェイクが、フェルティナが座ると同時に食前の祈りを促した。
今日も、美味しいご飯をありがとう。次に神殿に行ったら、一緒に美味しいお菓子を食べようね!
と、アリスは心の中でルールシュカに告げた。




