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フェリス王国編――馬車の旅一日目③

 アリスが悩んでいた同時刻。


 御者をしていたゼスは面倒なことになったと深いため息を吐いた。


「先ほどは、大変ありがとうございました」

「いえ、こちらはただ通りすがっただけですから……」


 恰幅の良い商人に礼を言われたゼスは、あいまいに返事をする。

 そこへ、ジェイクが駆け寄ると彼を呼んだ。


「ゼス!」

「父さん。助かった……私はあまり話が得意じゃないから、変わって欲しい」


 元々学者肌のゼスは、物事の説明は得意でも人づきあいは苦手としていた。

 これでも大分ましになった方ではあるが、未だに他人とどう接していいのか分からない彼は走り寄ったジェイクに即丸投げする。

 苦笑いを浮かべたジェイクは、改めて商人に向き直ると名を名乗る。


「私は、ジェイク・インシェス。こちらは息子のゼスと伴侶のフェルティナ。そして、二人の子のフィンとクレイ」


 ジェイクの紹介を受け、名を呼ばれたゼス、フェルティナ、フィン、クレイの順で頭を下げる。


「ご丁寧にありがとうございます。私は、王都フェリスでアダマンテル商会を経営しております。ラーシュ・アダマンテルと申します。そして、こちらの冒険者さん方は、今回護衛を引き受けて下さいましたC級冒険者の森の牙(ラフォーレ・ファング)の皆さんです」

「どうも、森の牙(ラフォーレ・ファング)のリーダーをしているガロだ。タンク役をしている」

「俺は、セイ。短剣が得意だ」

「私は、ミラルダ。弓が得意よ」

「僕は、ルックと言います。主に風魔法が得意です」

「どうも。よろしく。私はジェイク、剣なら何でも使える。こちらはゼス、魔法ならなんでも。伴侶のフェルティナは弓の名手だ。孫二人は、剣と弓、短剣ならまぁ、戦える」


 軽く握手を交わし、挨拶を終えた。

 

「ゼス、悪いが探査(サーチ)を頼む」と言われ、ゼスは探査を開始する。


 一〇〇メートル、二〇〇メートルと範囲を伸ばしていたゼスの顔が顰められる。

 それを伺い見ていたジェイクは、ゼスが探査を終えると同時に地図を広げた。


「現在いる位置がここ。そこから約二キロの位置にゴブリンの村がある。数はおよそ四〇〇」

「ゴブリンロードかキングの気配は?」

「私が関知した範囲では、精々ジェネラルだった」


 ゼスの報告を聞いたジェイクは、一つ頷く。同じく聞いていたガロが、言葉を挟む。


「近いな」

「今叩かねば、後々大きな被害になる可能性がありますね」

「だが、この人数では……」

「まぁ、殲滅に問題ないだろう」

「懸念があるとすれば……」

 

 そう言葉を濁したゼスは、自分が乗ってきた馬車を振り返った。



******



 自分のできることをしようと決めたアリスは、先んずから揚げを作ることにした。


 ストレージから、ワイルドコッコの肉を取り出す。

 その肉は半身であるにもかかわらず、アリスよりも確実に大きい。

 骨が付いた状態の肉は、今のアリスでは処理できない。なので、素直にキッチンさんにお願いする。


「骨と身に分けて、骨はそのまま寸胴に入れて、湯がいて。身は、七センチから十センチに切って欲しい」


 アリスの願い通り、身は切られ、コンロの上には寸胴が現れる。

 アリスが寸胴を覗き込むと、ぐつぐつとゆだる骨。水は既にアクで白濁していた。

 

「あ、骨は取り出して、水で骨を綺麗にして! それから、新しい寸胴に骨を入れて、長ネギの青いところ、生姜、にんにく、酒とお水を入れて強火で煮て、あくが出たら処理して、一時間弱火でじっくりと煮て火を止める。骨を取り出して、スープをこしたら寸胴に戻して!」


 一気にまくしたてるように出来上がりまで言えば、キッチンさんは鶏ガラスープを作ってくれた。


 ついでにゴボウを洗って泥を落とす。一本やって見せてお願いすればキッチンが残りは全てやってくれる。

 五センチ程度の長さにカットして、細切りにしてくれるよう頼む。


 ゴボウを湯がいている間に、インゲン豆のヘタ取りだ。

 一度だけ、へたを取って見せキッチンに頼めば処理済みのインゲン豆が現れた。

 それをゴボウと同じく湯がいて貰う。


 どちらも物の数秒で湯がきあがったのでアリスは急いでマヨネーズとゴマ、少しの醤油、塩を用意してと頼んだ。

 ボールに調味料を入れ、混ぜ合わせて味を見る。


「うん! 美味しい」


 スープは、具材を入れて一度沸騰させた。

 塩を少し追加して、味の調整すればスープの出来上がりだ。


 ふぅーと息を吐いたアリスは、から揚げに取り掛かる。

 

「切った身の全体に、塩コショウを馴染ませて。えーっとそれから……」


 一気に言おうとした途端、度忘れしたアリスは数舜考える。

 えーっと、確か……あぁ! ボールににんにくと生姜をすりおろして貰って、そこに醤油と酒を入れるんだ!

 思い出した途端、作業台には全ての準備が整っていた。


 ボールが……中身全部入ってる……。


「え、言わなくてもよかったの?!」


 一人で台所にいるからこそ恥ずかしさが募る。

 首まで真っ赤染めたアリスは、五体投地したい気分になった。


 うぅ、恥ずかしい。これを誰かに見られていたらと思うと……いや、大丈夫。だって、ここには私しかいないわけだし……。


 ルールシュカがばっちり見ていたとは知らないアリスは、顔をパタパタと手で仰ぐと落ち着くために深呼吸する。

 よし、と気持ちを切り替え調理の続きに取り掛かった。


 えっと、次は漬けだれにワイルドコッコの肉を入れて一〇分漬け込んで……うーん……


「やり難いから、もういいや。声出した方が分かりやすい」


 声を出すことになれてしまったアリスは、思う事に対して激しく違和感を覚える。

 そこで、もう今更だと開き直り声を出して、キッチンにお願いすることにした。


「漬け込みが終わったら、ごま油を軽く振りかけて?」


 伝えると途端にごま油の香りがアリスの鼻に届き、彼女はにんまりと微笑んだ。


「衣は、小麦粉を付けた後に片栗粉をつける」


 これは生前調べたレシピを応用する。

 確か小麦粉に漬けダレがしみ込んで、味が逃げなくなって、片栗粉がサクットした触感をだす。卵は衣が柔らかくなるから入れない方がいいと書いてあった。


「出来たら、一六〇度の油で五分揚げて、油をきる。三分たったら一八〇度の油で二分あげる。おぉ! 美味しそう!!」


 美味しそうな匂いにつられたアリスは、つまみ食いと言う名の味見をする。

 カラッと揚がった衣は、歯を立てるとサクッと鳴った。

 その後、ワイルドコッコの肉汁と醤油の風味が押し寄せる。


「はぁ~。お口の中が油の大洪水や~」


 どこかの有名人のような口調で美味しさを表現したアリスは、冷めないよう揚げたてのから揚げをストレージにしまう。

 

「朝用のキャベツの千切りトマトの薄切りをお願い。パンは、コッペパンで! 後、ご飯を炊いて」


 夜ご飯と朝ごはんを同時進行で作っていく。

 夜ご飯は、移動があるかもしれないから食べやすいように塩のおにぎりとから揚げ、付け合わせはゴボウとインゲンのごまマヨネーズ和えにして、鶏がらスープには卵を溶いて落とすだけにしようかな。

 それで、朝ごはんはコッペパンに切り込みを入れて軽く焦げ目をつけたら、キャベツの千切り、トマトのスライス、から揚げを挟めばいっか。

 でも、タルタルソースも欲しいなー。どうせなら作っちゃおうかな! 


 タルタルソースに使う材料は、コカトリスの卵一個、新玉ねぎ、ピクルス、酢、マヨネーズ、砂糖、塩。

 まずはコカトリスの卵をしっかり湯がくから……二〇分かな。


「あぁ、考えただけでできあがるんだった……。卵は、細かく刻んでボールに。新玉ねぎは辛みがないからみじん切りして、卵の入ったボールに追加。あぁ、ついでにピクルスもみじん切りでお願いします」


 後は、酢、マヨネーズ、砂糖、塩を味を見ながら追加する。


 作業台に並んだパンと皿を見たアリスは、可笑しくなってぷっと噴出した。

 ひとしきり笑った彼女はストレージからから揚げを取り出す。

 すると、何もお願いしていないのに勝手にから揚げが皿に並び、パンに挟まった。

 

 三角に握られたおにぎりには、ふんわりと握られている。

 から揚げの乗った皿には、ゴボウとインゲンのごまマヨネーズ和えと大きめのから揚げが六個。

 深皿には卵スープが注がれていた。

 

「ありがとう。凄く助かったよ!」


 皿やお椀を用意してくれたキッチンにお礼を言うと、すべてをストレージにしまった。

 忘れ物が無いことを確認したアリスは、楽しい気持ちのまま神の台所を後にした。

イイネ、ブックマーク、評価、誤字報告、誠にありがとうございます。

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