フェリス王国編――馬車の旅一日目②
休憩を終えて、クレイとゼスが御者台に移動する。
そう時間がかからず、馬車が動き出した。
今日はこのまま日が暮れるまで走るそうで、おやつは無しだ。
その分夜ご飯を多めにと言われたので、アリスは頑張って作る。
リビングでまったりミルクコーヒーを飲みながら、夜ご飯は何ににしようかな~? と考え込む。
全員が細身なのに食べる量は多い。
出来るだけ量が稼げるものを……と考えながら「夜ご飯、何がいいかな?」と零したアリスの呟きに、リビングで共に寛いでいた四人がそれぞれ考え込むような顔をした。
どうせならみんなに喜んで貰いたい。そう思いつつ色々と考えてみるが、難しい。
「アリスが作ってくれるご飯は、全部おいしいからな……でも肉が一番だ!」
「そうね、アッペルパイも美味しかったけど、私はやっぱり初めて食べたスロートのミルフィーユが一番好きだわ」
「私は断然、カスタードプリンです!」
「いや、二人ともそれご飯じゃないからね?」
夜ご飯に甘いおやつを希望するアンジェシカとフェルティナに対して、フィンが呆れた顔で突っ込みを入れる。
確かにおやつはクリーム系が一番美味しいとアリスも思う。けれど、今考えているのは夜ご飯だ。
外から聞こえるクレイの声を聞いていたアリスの頭に、昼間に見た飛ぶワイバーンが思い起こされる。
飛ぶと言えば、鳥、鳥と言えば鶏肉か……。
鶏肉と言えば焼き鳥だけど、お酒は飲めないし、おかずにはなりにくい。
他に鶏肉料理と言えば……あ、から揚げなんてどうかな? から揚げなら、食べやすいし、スープを付ければいい感じのご飯になりそう。それに、明日の朝食にも回せる。
「決めた! 今日の夜ご飯は、から揚げにする!」
「からあげ?」
「うん。ワイルドコッコのお肉があるから……」
「「ヒヒィーン!!」」
から揚げを知らないフィンに、作り方を説明しようとしたアリスは、突如上がった馬の嘶きに驚き言葉を止めた。
ジェイクが素早く立ち上がり「アンジェ、アリスを」と言うとフィンとフェルティナを連れて扉を出ていく。
「おばあちゃん……」
「大丈夫よ。アリス」
不安が顔に出ていたアリスをアンジェシカが優しく撫でた。
そうして待つこと数分、フィンが状況を知らせに戻ってくる。
「商人の馬車がゴブリンに襲われてたみたい」
「けが人は?」
「護衛についてた冒険者が優秀だったみたいで、いない。けど、馬が逃げちゃってどうしようもないらしい」
「そう」
「あと、ゴブリンの集落が出来てるって、父さんが言ってた」
「あら、あら」
とりあえずと言う事で報告に来たフィンは、アリスに「大丈夫だよ」と笑いかけ再び外へ出て行った。
「ゴブリン……」
ぽつりと復唱したアリスは、冒険者ための本を読んだ時の記憶を漁る。
ゴブリンは、数匹ならDランク冒険者でも倒せる魔獣だ。何百と言う規模になれば、最低でも数十人規模の複数PTでの討伐が推奨される。
数十人で討伐するべき相手をこれからたった数人でジェイクたちが討伐するかもしれないと気づいたアリスは、皆、大丈夫かな? と家族の心配が先に立つ。
それと同時に、役立たずな自分が足手まといになるのではないかと不安になった。
私、攻撃魔法も剣も何も使えない。こんな時なのに、何もできない自分が恥ずかしいよ。
もっとこの世界になれていれば……ううん、攻撃魔法が使えるようになっていたら皆を守れるのに……。
悔しさが心を占めたアリスは、自分がいかに役立たずかを思い知り、いつか優しい家族から不要だと捨てられてしまうのではないかと考えた。
ゆっくりと俯き目を閉じる。握り込んだ手が白くなっていることにも気づかずただただ震える身体を抱きしめる。
突然震え出したアリスをアンジェシカが、気遣う様に撫でた。
「アリス……?」
アンジェシカの慈愛に満ちた呼び声を聞いたアリスは、きつく閉じた瞼を開ける。
柔らかな掌がアリスの頬を挟み込むと上を向かせた。
慈愛に満ちたアンジェシカの瞳と眼が合う。
次第に瞳が潤み涙が、一筋流れ落ちた。
「アリス、ゆっくりでいいから何を考えてたのか教えてちょうだい?」
「わ、わたし、なにも……何もできないから、く、くやしくて」
「そう。私も何もできないわよ?」
「へ?」
とぼけた調子で答えるアンジェシカをアリスがキョトンとした表情で見つめる。
アリスの表情があまりにも間抜けだったのか、「ぷっ」とアンジェシカが噴き出した。
ひとしきり笑ったアンジェシカはむくれたアリスの頬へ掌を添える。
「おばあちゃんは、魔道具やポーションを作る以外何も出来ないもの。アリスもそれは知っているでしょう?」
こくりと頷くアリスへアンジェシカはそのまま話を続けた。
「おばあちゃんなんて、おじいちゃんと結婚してからと言うもの一度も戦った事なんてないわよ? それに対しておじいちゃんもゼスも嫌な事を言ったり、戦えと言ったりしなかったわ。アリスはまだ幼いんですもの、戦えなくて当たり前。守られて当たり前だと思って、どっしり座ってなさい」
「い、いいのかな?」
「いいのよ。何か言われたらおばあちゃんがやり返してあげる。だから沢山甘えなさい。そして、守られなさい。それが今のアリスの仕事なのよ! まぁ、アリスが戦うとか言い出したら、それこそ皆が止めに回るでしょうけどね……」
アンジェシカの言葉が、アリスの胸中に渦巻くかき立てるような不安を消し去った。
私は大好きな家族に迷惑をかけないように、私は役に立つんだよって分かってもらうために必死になってたんだ。何かしてなきゃ翼の時みたいに、また捨てられるってそう勝手に不安になって……これじゃぁまるで、自称悲劇のヒロインみたいじゃない。恥ずかしい……。
私は馬鹿だ。せっかくルールシュカ様が幸せになりなさいと送り出してくれたのに、翼と同じように考えるなんて……。アリスは……ううん。私は翼とは違うのに……皆を信じているようで信じ切れてなかったみたい。
アリスが、相川翼だったころ親と言う存在に縁がなく、親せきをたらいまわしにされていた。
親の愛情が欲しい年ごろの翼は、その寂しさを埋めるため養ってくれた家族に嫌われないよう、迷惑をかけないよう一生懸命お手伝いを頑張った。
それが悲劇につながるとも知らずに・……。
翼の行為は、同年代の子供たちににとってはかなり憤るものだったのだ。親から常に翼と比べられた子供は翼の存在を厭うようになる。
特に何もしていないのに酷く嫌われた。最終的には同じ家にいることすら拒否され、他の家にいくことになってしまった。
「ありがとう、おばあちゃん。私ね、今本当に幸せなの。皆が大事にしてくれるから……本当に、幸せよ」
「あぁ、アリス」
瞳いっぱいに涙を浮かべたアリスは、アンジェシカに抱き着くとその顔を見上げ神々しいほどの笑顔を向けた。
それと同時に、ほろりと一筋の涙が落ちる。
涙の粒は、アリスをぎゅっと抱きしめたアンジェシカの服に吸い込まれていった。
アンジェシカの柔らかい胸の中で、元気いっぱいに復活したアリスは彼女から身体を離す。
そして、自分に今できることをやろうと決めて、立ち上がった。
「よし、じゃぁ私は私の出来ることをするね!」
「ご飯は任せたわ!」
「うん!」
元気よ返事をしたアリスは、神の台所へ移動した。




