リルルリア編――苺のミルフィーユ&牛丼
ビルの家をあれこれした日の夜。
夕食を終え、部屋でまったりしていたジェイクの元にアンソニーが訪ねてきた。
用事と言う訳ではなく、近況報告と感謝のためにわざわざ来てくれたらしい。
ジェイクにまた冒険者に戻ることを告げたアンソニーは、何度もアリスへ感謝の言葉を述べていた。
後任が決まり次第と言う条件はつくものの、今日も仕事帰りに軽く薬草採取をしてきたと言うのだから驚きだ。
そのうちまた真魔の森にも、遊びに来ると約束していた。
翌日の昼、グレイスとは宿屋で別れた。
「また来いよ!」と、言ってくれたのでアリスはいつか泊まりに行こうと決める。
家を改変されたビルはと言えば、妹を母に任せてわざわざ仕事を休んで見送りに来てくれた。
晴れ晴れとしたビルの様子を見たアリスは、助けられて良かったと心から思う。
これからきっと家族三人で、頑張っていけるはずだと笑顔を見せたビルにアリスは何度も頷いた。
二人して泣きそうになりながら、またいつか会おうと約束して別れる。
そのうちビルに手紙を書こうとアリスは決めた。
どうやって届けるのかは、その時にでも考える予定だ。
長かったようで短いリルルリアへの小旅行が終わった。
リルルリアで出会った人たちの事を思い出したアリスは、ほっこりした暖かい気持ちでお茶を飲む。
そんなことをしているのはアリスだけで、ジェイク、フェルティナ、フィン、クレイは身体が鈍っていると言いながら森へ狩りに行き。
ゼスは旅行中、何やら思いついたのか研究室へ。
アンジェシカは、もっと良い魔道具を作るため部屋へ籠ってしまった。
二階にある自分の部屋に戻ったアリスは、持ち物の片付けもそこそこに神の台所へ移動する。
今回アリスが作るのは、苺を沢山つかったミルフィーユである。
この世界の甘味と言えば、生の果物が一般的。
不味くはないが、物足りない。
特に生クリームスキーなアリスにとって、ストレスを感じるほどに……。
「よし、作ろう!!」
意気揚々と冷蔵庫を開け、まずは液体の生クリームがあるかを確認する。
思いつく限りを入れてくれたらしい冷蔵庫には、生クリーム以外にも牛乳、ヨーグルト、クリームチーズといった物も入っていた。
しかも、どんなに使っても減らない特典付きだ。
無事生クリームの存在を確認したアリスは、先んじてパイ生地を作ることに。
必要な物――強力粉、薄力粉、有塩バター、冷水を思い浮かべ、作業台へ向かう。
彼女が作業台に立つと、淡い光と共に思い浮かべた材料たちが現れる。
「まずは、強力粉と薄力粉を一緒にふるいにかけて」と呟いた途端、強力粉と薄力粉がふるいにかけられた状態でボールに入っていた。
何というか……手作業がないのは楽だけど……正直、楽しめないような……まぁ、いいか!
何事も経験と、気持ちを切り替えたアリスは次の工程をキッチンに頼む。
「次は、バターを加えてほろほろになるまでまぜ……あぁ、やっぱりそうなるのね」
混ぜようと言いかけたアリスは、既にボールの中身が出来上がっていることに言葉を止めた。
思うだけで動くとは聞いたけれど、すべてを勝手にやってくれるなんて聞いてない!
はぁ~とため息を吐き出したアリスは、気持ちを切り替えようと出して貰った苺を一粒食べた。
完熟した苺の香りと甘みが口のかなに広がる。
あぁ、苺食べてる~と、頬に手を当て呟いたアリスは、どうせ考えるだけで動いてくれるのであれば任せようと開き直った。
まずは、パイ生地。
手作業で作り、焼くまでに約二時間かかるはずの工程が、考えるだけで勝手に出来ていく。
そのおかげで、たった一〇分で目の前に焼きあがったパイが置かれた。
「砂糖と生クリームを角が立つまで混ぜて、牛乳、卵、小麦粉、砂糖、バニラビーンズたっぷりを混ぜてカスタードクリームを作ります!」
そうキッチンにお願いすれば、目の前には二つのボールが現れる。
一応味見をしてみたアリスは、落ちそうになるほっぺを抑え幸せそうな笑顔を浮かべた。
キッチンに二つのしぼり袋、飾り金口を用意して貰ったアリスは、一つに、角が立つまで泡立てられたほんのり甘い生クリームを。
もう一つには、黒いつぶつぶが美味しそうなカスタードクリームを入れた。
「最後だけは、手作業でやりたいです!」
焼きあがったパイ生地を作業台の上に横向きで置いたアリスは、しぼり袋を手に持ちカスタードクリームを乗せていく。
そして、苺を間に挟み今度は生クリームを。
パイを三段重ね上にカスタード、生クリーム、カスタード、生クリームと乗せ苺を飾ればれば苺のミルフィーユのできあがりだ。
「出来た―! 今度ルールシュカ様と一緒に食べよう」
出来たミルフィーユは全部で五個。
長さ三〇センチ、高さ二〇センチの大作だ。
今日中に全部食べるには流石に量が多すぎる考えたアリスは、一つをルールシュカ用に。もう一つをこっそり自分用にと考えてストレージに入れる。
残りの三つは、一つを六等分に切り分けて貰い、魔法のバックへ入れた。
直ぐに食べたい。だが、この後の直ぐに夕飯の時間になってしまう。
仕方なく、つまみ食いを諦めたアリスは神の台所を後にした。
夕飯の準備のため家のキッチンへ向かっていたアリスは、その道すがら庭先でジェイクたちが牛のような魔物を解体しているのを見かけた。
牛の肉か―、牛と言えば牛丼かすき焼きだよねー。あぁでも、日本人の主食、お米を食べたい! でも、家族は大丈夫だろうか? うーんでも、ご飯が食べたい!! ダメだったらパンだせばいいっか! よし、決めた今日のご飯は……牛丼だ!
口が既に牛丼を求めているアリスは、牛丼ソングを歌いながら、キッチンへ入った。
「今日は牛丼~るるるる~ん」
アリスはスキップしながら、肉が保管されている倉庫へ入る。
積み重なるようにして並べられた肉の中から、鑑定を使いミノタウロスの肉を見つけた。
鑑定結果には、とても脂身が美味しく焼いても煮ても美味しいと書いてあった。
どうみても抱えきれない大きさをしたミノタウロスの肉に手をおいたアリスはストレージに入れる。
神の台所に戻ったアリスは、大理石の作業台の前でストレージから巨大なミノタウロスの肉を出す。
そして、キッチンにお願いする
「よし、じゃぁ牛丼いっぱい作ろう! まずは、お肉を薄切りにお願いします!」
告げた途端、肉塊が消え山盛りの薄切り肉が現れる。
もう、驚かないぞ! とほくそ笑んだアリスは、続いて玉ねぎと長ネギと生姜を所望する。
竹編みの平ザルに入った玉ねぎと長ネギは泥付きで、今まさにとれたてと言った具合だ。
「じゃぁ、玉ねぎはくし切りに。長ネギは白髪ネギにしてください。生姜はすりおろしで!」
途端にどちらも切られた姿に変わる。
続いて、寸胴鍋をコンロに出して貰い、手作業で醤油、みりん、酒、すりおろした生姜、砂糖と顆粒和風だしを入れる。
そこからは再び、キッチンさんにお任せして軽く煮詰めて貰ったら、玉ねぎを投入する。
玉ねぎに火が通りしんなりしたところで、お肉を入れて貰う。
後は、煮込むだけ。
と、そこでご飯を炊いていない事に気付いたアリスは慌ててお米を研いで、炊飯器のスイッチを押した。
押した途端、出来上がりを知らせる童話の曲が鳴る。
「……優秀すぎるのも考え物だよね」
呆れ顔のアリスは、そうは言いつつも感謝を忘れない。
キッチンに頼みどんぶりをに三〇個出して貰ったアリスは、炊飯器から炊き立てのご飯をよそう。
出来たご飯の量と研いだお米の量が明らかに違うが気にしない。
もう、気にしないったら気にしない。
そうして、ご飯を入れたどんぶりに牛丼をたっぷりとかける。
最後に白髪ねぎを乗せればできあがりだ。
「お味噌汁とお漬物も欲しいけど仕方ない……って、うわー。出てきた!!」
余った具材を寸胴ごとストレージに入れたアリスが呟いた途端、またも出来るキッチンが動いた。
作業台には、大量の牛丼と味噌汁、そして白菜ときゅうりの浅漬けが乗っている。
美味しそうな湯気をあげる味噌汁をそっと飲んだアリスは、その場でダバーと吐き出した。
「ごめん、これは飲めない……」
スキルを調べた時に書いてあった文言を思い出したアリスは、次はちゃんと作ろうと心に決める。
お漬物の方は、臭い上にかなり塩っ辛い。
どっちもダメだなと判断したアリスは、キッチンに謝って味噌汁とお漬物をストレージにしまい神の箱庭へ移動した。
紙の箱庭の隅に必死で穴をあけたアリスは、そこにお味噌汁とお漬物を投入する。
食べられないものを作ってしまったと、後悔しつつ二度とこんな無駄なことはしないと誓った。
その日の夕食は、大層盛り上がった。
初めて食べるはずの牛丼をものともせず、スプーンでガツガツとかき込んだ家族たちは三〇食分もある牛丼を全て平らげた。
そして、満腹まで食べたはずの彼らは、食後のデザート用に出した苺のミルフィーユを前にするとまた無言で食べる。
デザートまで残さず綺麗に食べきった家族を前に、アリスはこっそり明日からもう少し増やそうと思うのだった。




