リルルリア編――ビルの家:Before
無事冒険者ギルドの身分証を手に入れたアリスはアンソニーに別れを告げ、商業ギルドに来ていた。
ジェイクの言う通り、馬車の上に袋が乗ったマークをしている。
商業ギルドに入り、見回したアリスはギルドの風景に冒険者ギルドと同じじゃん! と、心の中で愚痴を零す。
「アリス、どうした?」
「おじいちゃん。もう用が無くなったから、行こう?」
「え? もういいのか?」
「うん」
「あれだろ、アリスの理想はここにいっぱい物があって、それを買えるとか思ってたんだろ?」
クレイの言葉に正解! と指を突きつけそうになったアリスはぐっと言葉を飲み込んで踵を返した。
「あ!」
「うわぁー」
商業ギルドを出た途端、アリスは犬耳の男の子とぶつかった。
お互いに短い言葉を零し、尻餅をついた。
慌てたように駆け寄ったクレイがアリスに手を貸して立たせる間。ジェイクが男の子を立たせる。
「すまなかったね。大丈夫だったかい?」
「うん。僕は、平気だよ。でも……」
そう悲しそうに言葉を零した男の子は、手元を見た。
耳を下げ、尻尾を下ろした男の子の視線を辿り、アリスも彼の手元を見る。
そこには、買ったばかりなのかバキバキに折れてしまった薬草の欠片が握られていた。
「も、もしかして私のせいでダメになっちゃった? ご、ごめんなさい。本当にごめんなさい!」
「ううん。いいんだ。母さんのためになればって思って摘んできただけだから……」
アリスが必死に謝ると彼は、寂しそうに笑っていいんだと首を振る。
「ポーン草とヒツハ草か……」
ビルが取ってきたと言う薬草は、ポーン草とヒツハ草だった。
それぞれ心臓の薬に使われることがある薬草で、二つ合わせれば血の流れが良くなり心臓の動きを助ける効果があると薬草辞典に書かれていたことをアリスは思い出した。
もしかして……
「失礼だが、お母さんは心の臓の病にかかっているのかな?」
足元に落ちた薬草を見ていたジェイクが、彼と視線を合わせ聞く。
すると彼は、瞳を潤ませ話してくれた。
彼はビル、平民で今年一〇歳になると言う。
冒険者をしていたビルの父親は、ビルが七歳の頃にダンジョンに潜り亡くなった。
それからは、母親が働きに出て貧しいながらも親子三人——五歳の妹がいるらしい——幸せに暮らしてきた。
「けど……半年前、母さん仕事中に倒れたんだ。近くのモス爺さんが言うには、心の臓の病だって」
「暮らしは、どうやって?」
「それは大丈夫。俺これでも読み書き計算はできるから、知り合いの店で働かせてもらってる。妹には寂しい思いさせてるけど……」
「そうか……辛かったな」
「……辛い、なんて、言ってられないよ。ミア……妹もいるし、俺は兄ちゃんだから、頑張らないと!」
泣きそうな顔で笑うビル。
ビルの言葉を聞いたアリスは、自分がいかに幸せな立場であるかを思い知る。
それと同時に、ビルを思い心が痛んだ。
ビルは私より年下なのに頑張ってきたんだ。できることがあるなら、してあげたい。
「ねぇ、ビル。私を家に連れて行ってくれないかな?」
「俺んちに? 別にいいけど、俺んちに来てもなんもないぞ? 妹は今知り合いのおばさんのとこだし」
突然の申し出にも拘わらずビルは、アリスに頷いてくれた。
「アリス……」
「ごめんね……おじいちゃん、クレイにぃ」
「まぁ、アリスがやりたいって言うなら、俺は止めない」
「……アリスの望むことか……仕方ない」
理解あるジェイクとクレイに感謝しながら、アリスはビルの後を追った。
ビルに連れられ三の幹へ着いたアリスたちは、今にも崩れてしまいそうな掘っ立て小屋の前に立っていた。
風が吹くたびギシギシと揺れる屋根と壁。
右斜めに傾いている小屋は、どう見ても人が住む場所には見えない。
それどころか、壁の至る所に穴が開き、なんとか補修しようとしたのかつぎはぎが目立つ。
玄関と呼んでいいのかすら分からない入口には、目隠しの布がれゆらゆらと風に揺れていた。
「ぼろいけど、ここが俺んち!」
ビルは素直な性格の男の子なのだろう。自分の家だと激しく尻尾を振りながら紹介してくれた。
流石にひどすぎる。こんなところに住んでいたら、いつか倒壊してしまうかもしれない。
そうアリスが危機感を募らせていると、ジェイクがビル問かけた。
「ビル、こう聞いていいのかわからないが、ここは君たち家族の持ち家かい?」
「そうだよ。まぁ、買ったのは父ちゃんの爺ちゃんだけどな。ぼろいからかなり安かったらしいって聞いた!」
「そうか。なら大丈夫だな。クレイ、ゼスとアンジェシカ、あとフィンも呼んできてくれ」
「わかった」
「おじいちゃん、どうしてお父さんたち呼ぶの?」
「ふふ。内緒だ」
ウィンクしながら唇に人差し指を当てたジェイクは、ビルと共に家へ入っていく。
アリスも急いで追いかけ、家に入った。
「ここが部屋だな。で、こっちは台所。それで、ここに母ちゃんと俺たちが寝てる」
寝室にあたる部屋に入ると、きつい薬草の匂いがした。
まるで、おばあちゃんの工房みたいだと思ったアリスは、室内を見回す。
薄暗い部屋の中には、唯一のベットでやせ細った犬耳の女性が苦し気に胸を上下させている。
女性はきっとビルの母なのだろう。
顔を歪め、横になっているのも辛そうで脂汗の浮かぶ額。青白い顔色。その全てがかなり酷い状態であるのだと示す。
急いで治療しないと! 助からなくなるかもしれない。
何かに急かされるようにアリスは、ジェイクを振り返る。
「おじいちゃん!」
「あぁ、わかっているよアリス。ビル、お母上に紹介してもらえるかな?」
「母ちゃん、知り合いになったアリスとジェイクさんだよ」
「…………び、る……」
意識が朦朧としているらしい母親は、ビルの名を呼ぶと再び意識を沈めた。
「ビル坊、良ければお使いを頼まれてをくれんか?」
「あ、あぁ、いいけど……??」
戸惑いながら何を買えばいいか問うたビルに、ジェイクは数枚の銀貨を渡す。
「これで、さっきダメになった薬草を買い直して来てくれ」と、五の街の屋台まで使いを頼んだ。
気にしなくていいのにと言いながらビルは、お使いのため部屋を出ていく。
「アリス。いいぞ」
「うん」
アリスは頷くとビルの母の手を握る。
やせ細り、冷たくなった手を一度撫でたアリスは「完全回復」と、静かに詠唱した。
アンソニーと同じように水色に金の粒が入った光が、眠るビルの母の身体を包む。
短いような長いような時間、ビルの母を包み込んでいた光がはじけ飛んだ。
ビルの母を覗き込んだアリスは、彼女の状態を確認する。
本当にこれで治ったのかな? 大丈夫かな?
顔色は……うん、悪くない。呼吸も穏やかだし、汗もかいてない。それに、手が温かくなってる。
「もう、大丈夫だと思う」
「そうか……良かったな」
ジェイクに頭を撫でられ微笑んだアリスは、起きた彼女が食べやすい物を作ろうと考えた。
そこでハタと気づく。
今日こそは、市場に行って食料品を買いこもうと思っていたことに……。
あぁ、どうしよう。せっかく起き上がれるのに、ご飯が用意できないだなんて……あ! あるじゃん。
そう病人食と言えばおかゆ、おかゆと言えば米、米と言えば……神の箱庭、そして神の台所!!
「おじいちゃん! 私ちょっとスキル使ってご飯作ってくる!」
「は?」
思い立ったら即行動のアリスは、気の抜けたジェイクを無視して「開け・台所」と詠唱した。
現れた扉を抜け、アリスは二度目となるキッチンに入る。
作るものはサッとできるトマトと野菜のおかゆだ。
本当は重湯がいいのけど、お米を砕いたりする時間がおいしい。
「まずは、お米!」
アリスの声に答えるように、一瞬手元が光るとボールに入た白米が現れる。
「おぉ。凄い!」
感動しつつ米を研いだアリスは、米を水につけシンクに置いた。
「次は、お野菜! 人参とブロッコリー、カブ、トマトが欲しいな!」
欲しい物をわざわざ声に出す必要なないのだが、楽しんでいるアリスは気づかない。
作業台が光ると竹づくりの平ザルに乗った野菜が現れた。
ついでに、包丁とまな板を呼び出す。
トマト以外のすべての野菜を五ミリ程度の大きさに切ったところで、片手鍋を呼んだ。
片手鍋に細かく切った野菜、米と水をいれ柔らかくなるまで煮ていく。
柔らかくなれとアリスが呟けば野菜はとお米は直ぐに柔らかくなった。これにはアリスもびっくりだ。
予想外の速さに、彼女は急いでトマトの皮をむき種をはずして細かく切ると鍋に加えた。
トマトが溶け全体が赤く染まる。
その色合いを見て、塩とコンソメスープの粉末をほんの少し入れたら出来上がりだ。
できたお粥を深めの皿に盛りつけたアリスは、神の台所を後にした。
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