リルルリア編――冒険者ギルド②
自分で思っていたよりも、ずっと硬い言い方になってしまったとアリスは反省する。
それでも引くつもりはないと言う意味を込めてアンソニーを見つめれば、彼は瞼を下ろし大きく息を吐き出だした。
「もし、治せるのなら治して貰いたいです。私には剣しかないですから……。腕を食われ自棄になって、死のうとしたこともありました。けれど、両親を残して死ぬ気にはなれず、仕方なく惰性で、冒険者ギルドのギルドマスターを始めました。でも、私にとってこの地位には何の価値もないものだった。生きる希望を見出すこともできず、こうやって死んでいくのかと考えると……」
「突然あるものを失うことは、とても苦しく悲しいことだと思います。だから、私はアンソニーさんの腕を治したい。おじいちゃん、クレイにぃごめんね……」
アンソニーの想いを聞いたアリスは、これから先も心配させてしまうであろう二人に先に謝った。
ジェイクもクレイも無言で深く頷く。
「これからのあなたの未来が明るい物でありますように……」
アンソニーの側に歩み寄ったアリスは、彼の肩口に触れると静かに「完全回復」と呟いた。
アリスの姿が聖女のように見えたジェイク、クレイ、アンソニーは惚けた様に見つめる。
アンソニーの身体が、水色に金の粒が輝く光に包まれる。
数秒で光は、はじけ飛ぶようにして散っていく。
苦痛を受けることなくアンソニーの右腕は、失う前と同じく再生されていた。
「……な、なおった?」
「動かせますか?」
異常な速さだと感じたアリスは、よくわからない不安に心を乱される。
堪らずアンソニーへ問いかければ、アンソニーが腕を上下左右に動かし、回す。
ぐーぱーぐーぱーと何度も指を動かして見せるアンソニーは、信じられないと言わんばかりの表情で自身の手を見つめた。
「まさか、本当に治るとは……まさに、奇跡だ」
「アリス! アリスすげーよ! 俺の妹は、最高だー!」
興奮したクレイはぎゅーとアリスを抱きしたかと思えば、アリスの脇の下に手を入れて持ち上げるとめくるくる回転し始めた。
「く、くれい、に、ぃ。め、眼まわ、る」
高速で回転するクレイに止まってくれと言いたいアリスだったが、グラグラとする視界に気分が悪くなり途切れ途切れとなってしまう。
クレイをからアリスを助け出したジェイクは、お姫様抱っこのままソファーに座り直す。
「クレイ、落ち着け。アリスが目を回しているぞ」
「あ、悪いアリス! 大丈夫だったか?」
「……うん。大丈夫。でも、もう二度としないで欲しい……かな」
兄妹の会話微笑ましく眺めたジェイクは、未だ呆然と手を見つめるアンソニーを見た。
本来の目的とは違うが、まぁ、仕方ないと開き直り改めてアンソニーへ依頼することにした。
「アンソニー」
「はっ、はい!」
「お前も体験した通りアリスには秘匿する情報が多い。私たちだけで守ってやれればいいが、それも難しい。そこでだ、今回特例で身分証を発行してほしい」
深く頭を下げたジェイクの姿を見たアンソニーは、一も二もなく即答で了承する。
本来、身分証の発行には洗礼式で渡されたスキルボードの提出が必要になる。
スキルボードを見せることで信用を得ることになり、身分を保証するギルドとしては犯罪者でもない限り提出は厳守だ……と、規約には書かれている。
だが、スキルボードを出すことによって、本人に危害が加えられる可能性がある場合は別だ。
本人の了承の元スキルボードを確認し、処理をするのはギルドマスターの仕事だ。
勿論、情報が漏れないよう秘匿される。
「では、私が証人としてスキルボードの確認をさせていたきます。勿論この情報は、私以外の者すべてに秘匿されます」
「頼む。アリス、スキルボードを」
「どうぞ」
鞄を漁ったアリスは、スキルボードを取り出すとアンソニーへ渡した。
真剣な眼でスキルボードを見ていたアンソニーの眼が、徐々に見開かれていく。
そして、口までポカーンと空けた彼は「はぁ~~~」と深いため息を吐いて、頭を抱えた。
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名前: アリス・インシェス
職業: ????
年齢: 一二 歳
性別: 女
称号: ルールシュカの愛し子 / 精霊王の愛し子
スキル: (火魔法) (水魔法) (風魔法) (地魔法)
(時・空間魔法) 生活魔法 (錬金) (鍛冶) ————
鑑定 裁縫 宝飾 料理
特殊スキル: —— —— —— —— ——
—— —— —— —— ——
加護: ルールシュカの加護 精霊王の加護 ———
()内は、いずれ習得可能な灰色表示。
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ちなみに、こんな感じでジェイドたちには見えている。
「師匠が隠したがるわけですね……初めて見ましたよ。全属性持ちも精霊王の加護も」
「はははは」
「笑い事じゃないですよ! どうするんですか!! こんな、ヤバい孫作って!!」
ガバっと顔をあげたアンソニーは笑うジェイクを睨む。
睨まれたところで、可愛い孫のスキルだ受け入れるしかないとジェイクは既に悟りを開いている。
なので、痛くもかゆくもない。
「それで、冒険者ギルドの身分証を作ってもらえるか?」
「えぇ、作らせていただきます」
「じゃぁ、頼む」
「はいはい。相変わらずインシェス家の人たちは、無茶苦茶ですね」
「まぁ、それがうちだからな」
楽しそうに会話を交わしたアンソニーは、アリスにスキルボードを返すと肩を竦め部屋を出て行った。
五分ほどでアンソニーが部屋に、一人の女性を連れて戻ってくる。
綺麗な紅の髪をポニーテールに纏め、キリリとした目元をした女性はアニーと名乗った。
「それでは、登録をさせて戴きます。スキルボードに関しては既に確認が済んでいると聞いておりますので提出していただく必要はございません」
「お願いします」
「では、こちらに魔力を流してください」
「はい」
アリスは言われるがままタグに魔力を流す。
一瞬白く光ったタグは、その光を失った。
「以上で終了となります。こちらのタグは失くさないようにお願いします。もし失くした場合は、再登録と銅貨10枚が必要となります」
「え?」
登録作業が終わりアニーは部屋を出て行った。
あまりにも呆気なさすぎて、呆けたアリスは悶々と自分の想像と戦っていた。
想像と違いすぎるんですけどー! 血を一滴垂らすとか、つけるとか……もっとこう、魔力量を測るとかあるんじゃないの?
「アリス嬢」
「あ、はい」
「腕のこと感謝します。そして、先ほどは失礼な態度をとってすみませんでした」
「いえ、気にしないでください! るーるしゅ……あ、えーっとしたいことができるようになるのが一番ですから!」
危うくルールシュカ様も言ってたしと、言いそうになったアリスは慌ててごまかした。
そして、アリスは重要なことに気付き、慌てる。
私……アンソニーさんの腕勢いで治しちゃったけど、冒険者ギルドで治して良かったの? だって、私たちがアンソニーさんと会ってたのは、ギルドの人みんなが見てるよね? 帰ったあと、アンソニーさんの腕が元に戻ってたら……。うわー、まずい。どうしよう? また聖女とか言われて……聖女?? 私、聖女なんてなったことないよね? あれ、なんでそう思ったんだっけ?
アンソニーの腕を治したことで家族に迷惑をかけてしまうかもしれないと考えていたアリスは聖女と言う単語に引っ掛かり、思考がそちらへ流れていく。
「アンソニー、腕はアンジェシカの秘薬と言う事にしよう」
「わかりました」
「おばあちゃんの秘薬?」
「そう。アンジェシカの秘薬と言えば、大概の事はなんとかなる。心配しなくていい」
アリスを撫でたジェイクは「わかっているな?」とアンソニーへ圧をかける。
師匠と慕う相手に脅されたアンソニーは、何度も無言でうなずいたのだった。




