リルルリア編――台所と箱庭
いつの間にか寝てしまっていたアリスは、眠い目を擦り起き出した。
時間を確かめるため窓の方へ顔を向ければ、オレンジ色の光が窓辺から差し込んでいた。
「ご飯までもう少しあるし……スキル使ってみよう」
ルールシュカに見られていたかもしれない羞恥心から、眠ることで立ち直ったアリスは今度こそと言う思いを込めて「開け・台所」と唱えた。
詠唱が終わると、一メール離れた先にフライ返しと卵の絵が彫られた茶色い木の扉が現れる。
「これが台所??」
自分が移動する物だと思っていたアリスは、恐る恐るノブを掴み扉を開く。
扉の先には日本でも、お金持ちが使うような大理石でできた台所——と言うよりはキッチンが——。
一五畳はありそうなキッチンは、白いタイル張りの床、木目の美しい壁で清潔感があり、とても使い勝手が良さそうだ。
「マジか! すごっ」
つい、日本人時代の言葉遣いが出てしまったが、興奮したアリスは魅入られたようにキッチンへ入った。
細長い蛇口のついたシンクは、ハンドルを上に持ち上げ左右に動かすことで、水もお湯も出せる仕様だ。
流し台は、広くスイカ三個でも余裕で、冷やせそうな大きさをしている。
しかも、高さはアリスの身長に合わせられているため、非常に使いやすい。
シンク下の引き出しに気付いたアリスは、開けてみる。
そこには、計量カップ、デジタル計量機、計量スプーン、おろし器などなど、日本で使っていた道具類がごそっと入っていた。
シンク隣りは、奥行ある白い大理石の作業台。
この広さなら、Lサイズのピザが四枚は置けそうだ。
パンを捏ねても問題ない頑丈な作り、隣には六口コンロが備え付けられている。
ワンプッシュで火が付いたり消えたりするタイプで、弱火も強火もつまみ一つで出来るようになっていた。
コンロの下は、何でも焼けそうな大きなオーブンが。
こちらもコンロと同じくワンプッシュで点火し、消せる。
摘まみ一つで火加減の調整が出来るようになっていた。
コンロの隣の空き空間には、五つの可動式ラックが。試しに一つ引き出してみれば、見慣れた調味料瓶が並んでいた。
塩と砂糖。醤油やみりん、お酢、酒、植物油、など欲しいと思っていた全てが格納されている。
それを視界におさめたアリスは、踊り出しそうなほど喜んだ。
シンクの後ろは、氷冷機付きの冷蔵庫だ。
両開きの扉を開けば、味噌やらポン酢やら乳製品が並べられ、欲しい物を願えば作業台へ移動するようになっている。
冷蔵庫の隣には、個別の冷凍庫が。
その隣は……。
レンジ、ホームベーカリー、アイスクリームメーカー、炊飯器、ポットにコーヒーメーカーまで、備え付けられていた。
「凄い! 使ったことないのもあるけど……説明書もあるみたいだし、使ってみたい! 夢の台所だよ~。って、それよりもだ。炊飯器があるってことは、米もあるってことよね? もしかして!!」
至れり尽くせりなキッチンにアリスは、喜びの声をあげる。
全てを見たわけじゃないけど、米の存在が気になってしかない彼女はすぐさま箱庭へ移動するため入口へ駆けた。
とたとたと短い脚で走り、急いで扉を閉める。
そして、間を置かず再び詠唱した。
「開け・箱庭」
再び扉が現れる。こちらは木ではなく、大きな葉を模した扉だった。
ためらいなく扉を開いたアリスは、そのまま呆然と固まった。
何故なら、扉を開けた途端、黄金に輝く稲穂があったからだ。
「………お米だ!」
たっぷりと間を開けて叫んだアリスは、堪らず稲穂を指先で折った。
すると稲穂が光を発し、瞬く間に白米、糠、殻、藁と別れての掌へに現れる。
「ちょ、えぇ!! 流石にやりすぎだよ」
と、口では言いながらアリスの顔は、ニマニマとにやけている。
それもそのはず、元日本人のアリスにとって米は至上の産物だ。それが、手折るだけで米になるとなれば……にやけるしかないのである。
米に気を取られにやけ顔のままあたりを見回したアリスは、またも固まった。
北海道の大地に居るかの如く、見渡す限りの平原には畑が広がっている。
遠目に見えるところどころ色が違うのは育てられた野菜の違いだろう。
「いやいや、凄いけど、凄いけどさ。……距離的に、無理ありすぎない?」
アリスが意識を戻したとたん呟けば、再び小鳥が舞い降りた。
『追伸
言い忘れてたけど、台所も箱庭もアリスちゃんが望むように勝手に動くから! あぁ、そうそう。台所に居ながら箱庭の材料が欲しいと言えば出てくるわ。
それから新しい作物も、種とか持ち込んだら勝手に育つよ!』
「……やっぱ、見てるよね?」
またまたタイミングよく届いたメールを呼んだアリスは、どう考えてもルールシュカが見てるとしか思えなかった。
アリスの頭の中で、日本に居た頃読んだ漫画の一ページが再生される。
内容は忘れてしまったが、異世界へ送り込まれた主人公を女神様とか神様が見守っているシーンだ。
ま、いいか。見守って貰ってるって思えばありがたいし!
それに、貰ったものはありがたく使おう。
大分気持ちが軽くなったアリスは、箱庭を後にする。
早速、ご飯を作りたいところだけど……
新しい物は直ぐに使いたい派のアリスは、スキルを使おうとして窓を見る。
既に日が暮れ、夕飯の時間が近い。
「時間的に厳しいから今度にしよう」と、呟きベットに座る。
そうしてアリスは、貰ったキッチンで何を作るか考え始めた。
かなりの時間が経ち、ジェイクたちの部屋に居たフェルティナとゼスが部屋へ戻った。
これまでにないほど真剣な両親の顔を見たアリスは、首を傾げる。
アリスの前に屈んだゼスが、アリスと瞳を合わせる。
そして、アリスの横にはフェルティナが座った。
「アリス、聞いて欲しいんだ」
「パパ、何?」
「今日、アリスは洗礼を受けて、自分のスキルを見ただろう?」
「うん」
「父さん……えぇっとおじいちゃんに確認してもらったんだけど、この数千年精霊王の加護を持った人は存在しなかったんだ」
「え?」
ちょ、えぇ! 聞いてない聞いてないよ。ルールシュカ!!
「まぁ、アリスが驚くのも無理はないね。僕たちもとても驚いたから……それでね。アリスが大人……えーっとエルフの成人を迎えるまで街に行くときは、僕らの誰かが付きそうことになったんだ」
「うん?」
「アリス。よくわかってないって顔をしているわね」
エルフの成人と言えば二〇歳だ。
アリスの見た目は人族だが、身体の成長速度はエルフと同じだ。
それゆえ、アリスはエルフの成人で考えられている。
そして、エルフ族は子供が成人するまで決して、一人で行動させることはない。
何故なら、昔エルフ族の子供を攫い奴隷として売り払っていた者たちが居たからだ。
「だって、パパとママが私の成人まで、一緒にいてくれるのは当たり前の事でしょう?」
「はは、そうか。そうだね。僕はてっきり、今日洗礼を受けたからアリスが大人だと思ってしまったと勘違いしていた」
あぁ、なるほどとアリスは納得した。
一方のゼスは、洗礼式に行く前にアリスと交わした言葉を気にしていた。けれど、娘の言葉を聞きそれが杞憂だと分かった。
「アリスが嫌だと言ったらどうしようかと悩んでいたけど、これなら問題ないね」
「えぇ、そうね。アリス、貴方が頂いた加護はとても強力なものなの。他人に知られればもしかしたら隷属させようとする者がいるかもしれない。だから、決して人に知られてはいけないの。わかる?」
「うん。わかる」
「他にも、あるけど。とりあえずスキルや加護は、家族以外には秘匿すると約束して?」
「約束する」
はっきりとした返事に両親の顔に笑みが戻る。そんな両親につられアリスも笑いそうになったところで、ぐぅ~と可愛らしい音が鳴った。
「あぁ、もうこんな時間か。アリスご飯を食べに行こう」
「うん」
元気よく返事をしたアリスは、両親と手をつなぎ部屋を抜け出した。
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