リルルリア編――洗礼式②
猫耳の一家が扉をくぐり出てくる。
嬉しそうに父親に話す女の子の様子にきっといいスキルがあったのだろう。
そう思いながら女の子一家を見送っていると、アナがアリスを促した。
「さぁ、どうぞ」
「は、い」
ついにあの膨大なスキルがバレてしまう……と、緊張しているアリスは、くっと唾液を飲み込み一歩を踏み入れた。
その部屋は、ただポツンと水晶が置かれた台座のある白い空間だった。
ルールシュカ様に認めてもらうと聞いていたアリスは、拍子抜けする。
「さぁ、アリス。洗礼を受けよう」
アナによって扉が占められるのと同時にジェイクが、アリスを促した。
一歩ずつゆっくりと水晶へ近づき、手を当てる。
そして、水晶がキラキラと光り始めた次の瞬間——。
「やっほ~。アリスちゃん。久しぶり~」
「……ぇ?」
「あれ? ここは感動の再会でハグする場面じゃないの?」
「あ、うん。ソウダネ」
ルールシュカの声が聞こえたかと思えば、目の前にルールシュカの変わらぬ姿が……。
何となく、そうなるんじゃないかと思っていたアリスだが、本当にそうなると心の中には困惑しか浮かばない。
「ところで、私の世界を楽しんでくれてる?」
「はい。かなり」
「それは良かったわ」
お互いに笑顔で会話を交わす。
以前と変わらないルールシュカの笑顔にアリスの心も沸き立つ。
「そうだ。困ってることはない?」
「特にない……って言いたいけど、米とか調味料が……」
「あー、うん。元日本人には辛いよね……」
基本、小麦を水で練ったパン。塩味の足りない薄いスープを思い出したアリスは、ついその事を伝えてしまう。
するとルールシュカは、いいことを思いついたと言わんばかりの笑顔を浮かべる。
「そうだ! スキルをプレゼントしてあげるわ」
「え? いや、いやいやいやいや。ダメだって! これ以上増えたら……既に人外なのに……」
お願いだからこれ以上、私を人外にしないで!! と続くはずだった言葉は発せられることなくアリスの中で消えた。
軽く浮かんだルールシュカは、アリスの額に口づけを落す。
その瞬間、アリスは自分の中で、春の芽吹きのような若葉が芽生える感覚を覚えた。
あぁ、失敗した。
そう落胆するアリスは、がっくりと項垂れた。
「はい、これで完了。これからは、きっと美味しいごはんが食べれるよ」
「……」
良い笑顔を向けたルールシュカに対し、アリスはジト目を向ける。
こんなにポンポンとスキルやら加護やら渡して大丈夫なのかと、アリスが眼で問いかければ、ルールシュカは「アリスだけよ」と平然とした様子で返した。
美味しいごはんが食べれるのは嬉しいし、お礼を言うべきよね? と、考えを改めた。
「……ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして! そうそう聖魔法は、死者を蘇生させることはできないけど、ポーションで治らない病気とか欠損であれば簡単に治せるものよ。もし、困っている人が居たら使ってあげて」
「そうなんですね。ありがとうございます」
「やば……時間だわ。アリスちゃん、良かったらメールで色々日常とか聞かせてね! どうしても会いたくなったら神殿に来るのよ。いつでも待ってるから。あ、美味しいお菓子もついでに待ってるわ!」
行きつぐ暇もなく言い終えるとルールシュカの姿が消える。
神様にも色々あるんだな、なんて思ったアリスは己のスキルの多さにため息を吐いた。
「お、アリスのスキルが出てきたようだ」
「楽しみだな。アリスの事だからきっと、凄いスキルがあるよ!」
期待に満ちたゼスとクレイの声を聞き、アリスは元の空間に戻ったことを知った。
水晶からゆっくりと木の板——スキルボードが出てきた。
カチカチと音が鳴り、文字を刻むそれをアリスはタイプライターみたいだと思った。
書き込みが終わり、スキルボードがアリスの前に勝手に移動する。
それに手を伸ばし受け取れば、水晶の光が消えた。
受け取った木の板をアリスはおそるおそる見た。
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名前: アリス・インシェス《相川 翼》
職業: ????《転生者》
年齢: 一二 歳《一六》
性別: 女
称号: ルールシュカの愛し子 / 精霊王の愛し子
スキル: (火魔法) (水魔法) (風魔法) (地魔法)
(時・空間魔法) 生活魔法 (錬金) (鍛冶) 《全言語理解》
鑑定 裁縫 宝飾 料理
特殊スキル: 《神の裁縫箱》 《神の宝飾台》
《聖魔法《前世で獲得》》 《ストレージ∞》 《魔力使用∞》
《メール》
new《神の台所》 new《神の箱庭》
加護: ルールシュカの加護(大)《リニョローラの加護(大)》
精霊王の加護(大)
()内は、灰色表示。
《》内は、青色表示。本人以外には見えない。
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あぁ、やっぱり人外だよね……。何度見ても人外だわ~。はぁ、突っ込まれたらどうしよう? もうすっとぼけるしかない……か。
よし、決めた。私は知らなかった。何も、何も知らなかった!
アリスは必死に自分に言い聞かせる。
暗示をかければきっと乗り越えられると、アリスはそう思い込んだのだ。
「こ、これは……」
スキルボードを覗き込んだジェイクは、その言葉をつぶやくと難しい顔をした。
「あらあらまぁまぁ」
嬉しそうに笑たアンジェシカは、アリスの頭を幾度となく撫で続ける。
「ルールシュカ様の加護と精霊王の加護だなんて……!!」
ぷるぷると震えたフェルティナは、今にもアリスを拝みそうな勢いだ。
「精霊魔法だって!! 凄いよアリス!」
フィンは変わらずアリスを褒めてくれた。興奮しているけれど、きっと大丈夫。
「全属性持ちか……流石アリスだね」
魔法狂いのゼスは嬉しそうに微笑んだ。
「でも、剣も弓は無理か―! 一緒に斬りたかったぜ!」
唯一クレイだけが、残念そうな声音を出した。
コンコンと扉が叩かれ、どこかへ向かっていた全員がハッと我に返った。
直ぐにフィンが扉へ赴き、開ける。
そこには、次の人を案内してきたアナが。
人を待たせてしまった事に申し訳ない気持ちになったアリスは、家族を促しそそくさとと洗礼の間を抜け出した。
廊下に出て、宿屋へ帰ろうとする。
だが、そんな彼女の腕を見知らぬ手が掴んだ。
「ま、待って!」
手の主がアリスに声をかけると同時に、再び背筋に悪寒が走り抜けた。
ビクッと大きく揺れた肩を見た彼は「ごめん。少し話したいと思っただけなんだ」と告げる。
答えに窮していたアリスを庇うように、クレイが彼との間に入り込む。
「おい。お前、いきなりうちの可愛い妹に手出すんじゃねー」
「手を離してくれるかな?」
「……す、すみません」
「いくよ。アリス」
「うん」
クレイの剣幕に謝るのが最善だと考えたベルディンは、素直に謝った。
そうして頭を下げている間に、彼女は家族と共に廊下の先へと進んでいく。
嫌なことはあったもののアリスは、無事に森の羊亭に戻ってきた。
スキルの使い方については、帰り際ゼスに聞いておいた。
スキルと一言で言っても様々なようだ。
例えば魔法の場合。使いたい魔法のイメージをしっかり行った後、詠唱することで発動する。
鑑定は、鑑定と詠唱すれば見えるらしい。
特殊スキルは本人以外には見えないそうで、使い方も本人次第だそうだ。
宿の部屋に入ったアリスは、ソワソワとあたりを見回した。
そして、部屋の中にゼスとフェルティナが居ないのをいいことに早速スキルを使ってみる。
「神の台所!」
あれ? 使えない。なんで?
あたふたしていたアリスの元に、青い色に黄色いくちばしを持つ可愛い小鳥が舞い降りる。
小鳥は肩に触れた途端、小さな窓枠へと変わり彼女が見えやすい位置へと移動する。
『アリスへ
伝え忘れがあったからメールしたわ。
神のキッチン、神の箱庭に行く場合は ”開け・台所”、”開け・箱庭” と唱えるのよ。
メールを使う場合は手紙を書いて、メールと言ってくれればこの窓が開くわ。
そこに手紙を入れてくれれば私の元へ届くから! じゃぁ、この世界を楽しんで幸せになってね!
ルールシュカより』
タイミングが良すぎるメールの到着にアリスはハッと思い立つ。
まさか、ルールシュカに見られていた?? もしそうだったら……やばい、恥ずか死ぬ!!
ぽふんと音を立てベットへ突っ伏した彼女は、恥ずかしさに悶えたのだった。




