リルルリア編――洗礼式①
洗礼式当日。
朝食を済ませたアリスは、真新しい洗礼式用の白い藤色のワンピースを纏う。
ワンピースに合わせて、ブーツも髪のリボンも白い色で統一する。
「おぉ!! 可愛いぞアリス!」
「えぇ、よく似合っているわ」
「まるで、雪の精霊様のようよ」
「本当に、綺麗だよ」
「似合うね。可愛い」
「アリス、お姫様みたいだな!」
着替えを済ませたアリスは、リビングへ。
途端にべた褒めされたアリスはぽっと頬を赤らめ、照れたようにスカートを揺らす。
洗礼を受ける神殿が建つのは、四の幹だ。
五の幹から家族そろって四の幹に向かう道すがら、知り合いでもないのに沢山の人がアリスに「おめでとう!」と声をかけてくれる。
それに戸惑いながら愛想笑いを浮かべたアリスはフェルティナに問う。
「ママ、どうして皆におめでとうって言われるの?」
「それはね。洗礼を受けると言うことは、この世界で生きていくための準備が整ったと言う意味を持つからよ」
「仲間になるって意味合い?」
「うーん。それに近いかしらね?」
よくわからず首をかしげていたアリスにゼスが、分かりやすく教えてくれる。
曰く、十二歳で洗礼を受ければ魔法が使えるようになる。それは大人として認められたと言う事。
種族によって成人は違うものの人族の多いこの国では、十二歳で成人と認められる。
成人すれば、冒険者登録も認められため、周囲が祝福を送ってくれたらしい。
「そっか! 私も大人なんだー」
ゼスの思いとは裏腹に、アリスは嬉しそうな顔で笑う。
アリスの成長の速さを少し寂しく思いながらその思いを隠しゼスは、お祝いだからと笑って見せた。
ゼスの手を握る手は大人と言うには、まだまだ小さすぎる。
もう少しだけこのぬくもりを感じていられますようにとゼスは心から願った。
父の想いを知らぬままアリスは元気に歩く。
そうして、四の幹の神殿へとたどり着いた。
木の気配が強いこの街で、唯一石造りで作られた神殿は白く清廉な気配を漂わせていた。
十五段の階段を登り神殿の入口に着いたアリスは、大浦天主堂のようだと思った。
ぽっかりと口を開けたような入口は、何物も拒まない証として扉がない。
それを見たアリスは、本当に本の通りなんだと感激していた。
「入ろうか」
「うん」
ゼスに促され、アリスはワクワクとした気持ちで神殿へ足を踏み入れた。
一切隔てる物がない祈りの間は、上部がドロップ・アーチ形になっている。
五、六人は同時に座れる光沢ある椅子が沢山が均一に並ぶ。
そして、誰もが見える位置——祈りの間の中央にその神像は立っていた。
アリスの胸に、懐かしさと感謝の念が混み上げる。
神像であるこのルールシュカは、動くことは無い。
けれど、彼女の慈愛に満ちた瞳と微笑みは、この世界に送り出された時と同じだった。
「ようこそ、お越しくださいました。本日、洗礼の案内を担当をさせていただきます。助祭のアナです」
「これはご丁寧に……。よろしくお願いします」
「それでは、ご案内させていただきます」
アナの案内を受け、インシェス家の面々は廊下を進んでいく。
洗礼用の部屋は、祈りの間とは違う部屋にあるらしい。
今日洗礼を受ける子供は、全部で十二人。
アリスは五番目に呼ばれる。
スキルの表示が、あるため室内に呼ばれるのは一人ずつ。
家族の立ち合いは許されるが、神殿の者であろうとも他者の立ち合いはできない。
洗礼の間に入ったら、女神ルールシュカが与えた水晶に手を触れさせる。
そうして、しばらく待つと一枚の板——スキルボードが水晶から現れるので、それを受け取り終了となるそうだ。
「分からなかった部分はありますか?」
優しい雰囲気を醸し出すアナの質問にアリスは「大丈夫です」と答える。
アリスの眼を見つめた彼女は一つ頷き、ある部屋の前で立ち止まった。
「こちらが、待機場所となります。他にも洗礼を受けに来られた方がいらっしゃいますので、お静かにお待ちください」
「わかった」
「では、また後ほど」
アナの背中を見送ったジェイクが、部屋の扉を開く。
白とこげ茶で統一された部屋は、祈りの間にも置かれた椅子が整然と並んでいた。
その一つに腰かけたアリスは、自分より前に来ていた人たちを観察する。
アリスたちの左前に腰かけているのは、親子三人の人族。
優しそうなお母さんの隣で、ソワソワとしている白い服の男の子が洗礼を受けるのだろう。
二組目は、猫耳を持つ獣人。
母親は黒い耳、父親は三毛猫のような耳をしている。
そして、可愛らしいフリルをあしらった白い衣装を着た黒耳の女の子が、今日の主役のようだ。
三組目は……と視線をさまよわせてみるも、既に二組は案内された後だったらしくこの部屋にはいなかった。
そのことを残念に思いながら、買ってもらった魔法の鞄から本を取り出した。
ふと、扉が開く音を聞いたアリスが視線をそちらへ向ける。
扉から金髪に整った顔立ちの男の子が入ってきた。
おぉ~。イケメン! でも、うちのお兄ちゃんたちの方がカッコイイもんね! と、アリスは心の中で自慢する。
後ろに座っていた猫耳の女の子が、アリスの座る席の側に移動した。
何事かと猫耳の彼女をみれば、入ってきた男の子を見ては耳をピコピコ、尻尾をフリフリ動かし頬を染めていた。
「なるほど……イケメンはどこに行ても、イケメンか」
自分には関係ないと言わんばかりに観察したアリスは、おばさんの如き口ぶりで独り言を零す。
三人目の男の子が呼ばれ、部屋を出ていく。
アリスが呼ばれるまで、まだまだ時間がありそうだと暇つぶしを探す。
買ってもらった魔法の鞄に入れた本を読もうかと一瞬考え、興味本位で金髪碧眼の男の子を観察しようと思い立った。
身長はアリスの頭二つ分高い。
人族っぽい。着ている服は、簡素なつくりに見えるけど、布はかなり高そう。
光沢あるし、多分あれはシルクじゃないかな? うーん……あの顔どこかで……と、思い出そうと記憶を漁る。
じーっと男の子を見ていたアリスは、部屋を見回していた彼と視線がバッチリと合ってしまった。
眼を合わせること数秒、男の子がふわりと笑った。
王子様スマイルに似た笑みを見たアリスは、ぶるっと背筋に寒気が走る。
嘘の笑顔は、気持ち悪い! と、途端に思ってしまったアリスは堪らず目を瞑り、ゼスにぎゅーっとしがみ付いた。
なんで? 嘘なんて思ったんだろう……私、あの子と会うのは初めてなのに……気持ち悪い。心臓が痛い。汗、止まらない。
これまで真魔の森を出たことがないアリスは、初めて見た金髪碧眼の男の子に戸惑う。
どうして? と、何度も自分に問いかけたアリスは、自分の中の記憶を探るべく思考の渦にのまれていった。
「アリス? 行かないの?」
フィンの声にハッとしたアリスが顔をあげれば、目の前に麗しいフィンの顔があった。
白金の髪はおじいちゃん譲り。優しく細められたアイスグリーン瞳は、心配げに見つめている。
顔の作りも清逸で、とてもイケメンだとアリスは思う。
「アリス? 洗礼受けに行こうね?」
再び声をかけられアリスは思考を断ち切ると、差し出されたフィンの手を握りる。
扉を出るとアナが、優し気な瞳で迎えてくれた。
歩くこと五分。
焦げ茶色に、銀の細工が入れられた豪華な両開きの扉に着いた。
「こちらが洗礼の間になります。洗礼をされる際は、決してお嬢様に触れられませんようお願いします」
「わかった」
アナに家族を代表してジェイクが答える。
前の家族が入っているのだと教えられたアリスは、洗礼を受ける扉の前で入っている家族が出てくるのを待った。




