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リルルリア編――森の羊亭の危機!

 たらふく夕飯を食べた翌日。

 アリスは、ゼスとクレイを伴い朝から明日の洗礼式で着るワンピースを取りに行く予定だった。

 受付に降りるまでは……。


 着替えを済ませ、ゼスとクレイと共に階段を降りる。

 と、そこには、偉そうな小太りの男性と良く似た男の子がグレイス相手に怒鳴っていた。


「どういう事だ!!」

「どういう事と言われましても、うちはもう満杯なんですよ。だから、他の宿を探してくださいとお願いしています」

「なんだと? 私が、誰か貴様も知っているだろう?!」

「例え、貴族様でも空いてないものは、どうにもできません」

「ふざけるな! どうにかするのがお前の仕事だろう!!」


 無理難題を押し付ける小太りの男は、グレイスの厳つい顔を物ともせず怒鳴り散らす。

 こう言う人が貴族だと領民は大変そうだーと、他人事のようにアリスは同情の念を抱いた。


「アリス、行こうぜ」

「うん」

「なんだと! 平民風情が、私にそんな横柄な態度をとって許されると思っているのか?」

「いや、ただ部屋が空いていないと言っているだけですよ……」


 クレイに呼ばれてアリスは、親子の横を通り抜けようとする。

 横柄な物言いを繰り返す男は、横を抜けるアリスの存在に気付かないまま手に持ったステッキを振り上げた。


「あっ」


 アリスの小さな声が漏れる。


 そして、ガツンと大きな音を立て、男が振り回してステッキがアリスの顔面を強打した。

 まだ六歳程度の大きさしかないアリスを、身体ごと吹き飛ばす。


 大きな音を立て、アリスは勢いよく宿の壁にぶつかった。

 痛みのあまり、無意識にもんどり打つ。

 顔をあげようとすれば、顔の左側半分に激痛が走った。

 口の中を切っているのか、動かせない。

 何とか起き上がろうとするが、ぶつかった衝撃で意識がもうろうとしておりそれもできなかった。


「「アリス!!」」

「ぱ、ぱ。に、ぃ」


 焦るゼスとクレイの声を聞きながら、アリスの意識は暗闇にのまれていった。


 彼女の側に膝をついたままクレイが、ケガの状態を確認する。


 顔の左半分にステッキが当たったせいで、酷く腫れている。

 それに、口も切ったのか唇の端から血が流れていた。


 背中は打撲のようだが、ベットに運ぶため抱き上げようとすると「うぅ」と苦しそうに呻く。

 クレイは、アリスの身体を再び横たえると、急いで階段を駆け上がって行った。


 一方のゼスは、愛娘に攻撃され、これまでにないほどキレていた。

 

「貴様、僕の可愛いアリスに怪我を負わせて、無事生きて帰れると思うなよ?」


 地の底から這いあがるような低い声音を出し、ゼスは全身に魔力を纏いステッキを握る貴族の男を睨みつけながら、威圧的な口調で問いかける。


 魔力を纏い威圧を発するゼスに睨まれた男は、自身の足元が凍っていることに気付き「ひっ」と短い悲鳴を上げた。

 尻もちをついた男の隣では息子が、失禁し泡を吹いて意識を無くしている。

  

「お、おい。ゼス??」


 凍るように冷たいロビーを見回したグレイスは、慌てたようにゼスを呼ぶ。

 だが、何度呼ぼうともゼスは呼びかけに答えない。

 怒りの表情で、凍るロビーを一歩また一歩と、恐怖を味合わせるかのようにゆっくり貴族の男へ近づいていった。


 まずい! 俺の店が壊される! だが、魔狂と言われる男を俺は止められない。唯一止められるとすればジェイク……この惨状をみて孫を溺愛するあいつが、大人しくしているとは思えない。どうすればいい。俺の店がっ!!


 貴族の男よりも店の心配が先立つグレイスは、何か方法がないかと焦る。

 だがしかし、考えれば考えるほど店は、木っ端みじんになる未来しか浮かばない。

  

「「アリス!!!」」


 クレイと共に階段を降りてきたジェイクは、ゼスを一瞬横目でみると倒れるアリスの元へ急いで駆け寄った。

 共に来たアンジェシカは、すぐに意識のないアリスを抱き上げ、手に持ったハイポーションを飲まる。


 気管に入らないよう気を付けながら、ちょび、ちょびと口に入れては、瓶を離す。

 時間をかけポーションを飲ませ終えれば、アリスの身体が緑色に発光した。

 じわりじわりと傷がふさがり、赤黒く腫れていた顔が元に戻る。


 アリスを抱きあげたアンジェシカが「良かった」と、安堵の声を出す。

 それを聴いたジェイクは、ほっと息を吐いた。


 それも束の間、ジェイクが殺気を帯び、腰に刺した剣を抜く。


「それで、うちの可愛い孫娘に手を出した愚か者は、どこのどいつだ?」

「ちょ、ジェイクまでかよ!! す、少し待て!! ここ、ここで殺るな!」


 怪物二人のピリピリした威圧に、当の貴族は失神しており答える者はいない。


 何も知らず店に入ってきた客たちは、入口で凍り付いたように動けなくなり瞳を右往左往している。

 そこへ、数人の従者を引きつれた金髪碧眼の幼い男の子が入ってくる。


「……えっと、これは?」


 タイミング悪く入ってきた王子にグレイスは、なんでこんなタイミングで!! と頭を抱えたくなる。

 だが、今はそんな場合じゃないと思考を切り替えた。


「ベルディン殿下……あ、あの今立て込んでおりまして、申し訳ありませんが外でお待ちいただけませんでしょうか?」


 急いで逃がさなければと、グレイスは必死の形相で王子に外へ出るよう促す。

 だが……王子は、動こうとしない。

 ジェイクとゼスの威圧を受けて動けないのだろうと、グレイスは再び王子に話しかける。


「殿下、どうか……どうか外に……」


 動こうとしない王子をグレイスは担ぎ、無理やり外へ出す。

 宿から一〇〇メートルほど離れたところで王子を降ろしたグレイスは、王子に事の詳細を話した。

 剣狂(けんかく)魔狂(まかく)の名を聞いた王子は、顔色を失くしていた。

 黙り込む王子へ宿に近づかないよう伝えたグレイスは、急いで宿へ戻る。


 宿の扉を開いたグレイスは、静まり返るロビーを見て呆気にとられた。

 宿のロビーには、アリスに怪我を負わせた貴族の親子だけが、哀れな姿をさらしていたからだ。


 親子共々、丸裸に向かれ、父親のでっぷりとでた腹にはどす黒い文字で ” 天誅 ” と書かれていた。

 ふさふさだったはずの頭は綺麗に毛が亡く(スキンヘッド)なっていて、顔は倍以上に腫れあがり、顔のパーツがどこにあるのかすらわからない状態だった。


 あの頭は、毛根ごといかれたのか? ゼスめ恐ろしい事を……。入れ墨はジェイクの仕業か? ありゃ、一生消えないだろうな……哀れな。


 ジョナサン男爵親子を見たグレイスは、一人の人間として同情した。

 だが、その考えもロビーにいる客たちへの対応で直ぐに消える。


 しばらくして、王子が呼んだ衛士が宿に到着する。

 衛士に、事情を聴かれたグレイスは、ことのあらましを詳細に伝えた。


 王子の立ち合いの元グレイスの説明を聞いた衛士は、相違がないか確認を取るためちらりと王子へ視線を向ける。

 王子が頷いたことでグレイスの言葉が真実だと認識された。

 衛視たちは問答無用でジョナサン親子のロープを解き、バスタオルを巻かれている。

 その上から、グルグルとロープで縛られた親子は、衛士数人に抱えられ連行された。

 

 親子を見送りながらグレイスは、あの親子の未来が無いことをお思い偲ぶ。

 俺が偲んだところで、何もかわらないだろうと思い直したグレイスはさっさと思考を切り替えた。


「迷惑をかけて、すまなかった」


 通常モードに戻った森の羊亭に戻った王子は、自国の貴族が起こした騒動についてグレイスに頭を下げた。

 王子が直々に謝ると思ていなかったグレイスは、どうしたものかと悩む。


「いや、俺は何もしてないんで……」

「それは、そうだが……。受け取っておいてくれ」

「そうですか。では、遠慮なく」

「あ、グレイスさん!」

 

 子供独特の可愛らしいソプラノボイスの持ち主を、グレイスは振り返る。

 階段には、ケガを負ったはずのアリスがこれまた可愛い笑顔で手を振っていた。


「アリス、もういいのか?」

「うん! おばあちゃんが飲ませてくれたお薬で治ったの。もうどこも痛くないよ」

「そうか、痛い思いをさせちまって悪かったな」

「グレイスさんは何も悪くないから、気にしないでね」


 駆け寄ったアリスは、ぎゅっとグレイスの足に抱き着き、にっこりといつもの笑顔を見せた。

 くそ、可愛いなと思ったグレイスは、アリスの頭をくしゃくしゃと撫でる。


「アリス、そろそろ行くよ」

「うん! じゃぁ、また後でね~」


 ゼスに呼ばれたアリスは、グレイスに向けバイバイと手を振り扉へ駆けていく。

 そんな彼女の背中を、王子は熱のこもった瞳で見つめていた――。

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