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リルルリア編――森の羊亭③

 グレイスたちの興奮が収まるのを待ち、アリスは次に取り掛かる。


「次は、マヨネーズを作ります。これはね。サラダとかサンドイッチ、お肉にも合うソースなんだよ!」

「そうか! じゃぁ、早速教えてくれ」

「楽しみです!」

「うん。とりあえずグレイスさんとユースさんに教えるから、三人はフィンにぃを手伝ってあげて?」


 すごすごとフィンの元へ向かう三人にごめんねと心の中で謝り、アリスは二人に作り方を教える

 マヨネーズ作りの最大の鬼門は、何と言っても木製のホイッパーみたいなもので混ぜ続けることだ。

 男性であれば、できるだろうがアリスには無理だった。


 それを超絶楽にしたのがアンジェリカ作の魔道具である。

 ボタン一つで三十分近く混ぜ続けてくれる上、調理時間も短縮してくれると言う優れものだ。


「まずは、この魔道具にコカトリスの卵を一個入れてね。魔道具がない場合は手作業になるから、ユースさんは手作業で作ってみてね」

「おう」

「はい」


 返事をするなり、スパンと二つのコカトリスの卵の上部が切られる。

 瞬く間に起こった現象は、アリスを驚かせるには十分だった。


 ガチャガチャとボールの中を木製ホイッパーが回り続ける。

 段々とユースの腕が赤くなり、息遣いが上がってきた。


「えっと、次はオリーブオイルをすこーしだけ入れて混ぜてね。グレイスさんは、ボタンを押して」


 アリスに言われるがままグレイスは指を伸ばし、スイッチを押す。すると、ウィーンと何とも言えない音が鳴り、物の数秒で止まった。

  

「これで終わりか?」

「ううん。次は、塩と胡椒とオリーブオイルを入れて、ボタン押して。ユースさんしんどかったら、グレイスさんに変わって貰ってね?」


 ボタンを押したグレイスが、ユースと交代する。

 木製のホイッパーを盛ったグレイスは、その重さに驚いた。

 オリーブオイルで伸ばされたはずの卵は、もったりとしてかなり重く混ぜ難い。


 混ぜ始めて十分が経ち。

 アリスの元にある魔道具で作ったマヨネーズが、最終段階を迎えた。

 未だ混ぜ続ける手作業組は、ひぃひぃと言いながらオリーブオイルを入れては混ぜるを繰り返していた。

 

 そうして更に、二十分。

 そろそろ牛コツもいい頃だろうと野菜を切っていたうちの一人を呼び、薄い赤に染まった水を切るように告げる。

 本当は何度も繰り返し捨てるのだが、時間がないので割愛。

 

「お水きり終わったら、またお水を入れて今度は煮だして欲しいの」

「わかりました。火加減は……」

「強火で大丈夫です!」

「はい」


 アリスともう一人が話している間に、手作業組の作業が終わる。


「聞いていた通り、大分白くなったぞ」

「お、いい感じだね。じゃぁ最終仕上げだよ。レモネのしぼり汁を入れて、もう一度混ぜて!!」

「ぐっ、わかった」

「……はぃ」


 がっくりと項垂れた二人は、また交代でマヨネーズを混ぜた。

 漸く出来上がったマヨネーズを冷蔵庫に保管して貰う。

 

「次は、フレッシュチーズを作るの」

「お、おぅ」


 ミルクを鍋いっぱいに入れ、強火にかける。

 ふつふつと鍋肌に気泡が浮き出したら火を止め、レモネの汁をどばーッと入れた。

 混ざるように少しだけ木ベラで、グルグルしてあとは冷めるのを待つ。


「あらめの布が欲しいの!」

「少し待ってろ」

 

 そう言ったグレイスはキッチンから出ていく。五分ほどして戻った彼の手には、丁寧に織られた麻布が握られていた。


「アリス、野菜切り終えたよ」

「ありがとう!」


 フィンに声をかけられたアリスは、こんもりと積まれた野菜たちの中からサラダ用のルッコラとクレソン、レッタとオニロ、角切りのトーマを選ぶ。

 それをフィンに運んでくれるよう頼み。グレイスとユースに、一掴みずつボールに入れたら軽く混ぜ合わせるよう伝えた。

 

 そうこうしている間に、ミルクがホエイとチーズに分かれた。

 お酢じゃないため少し柔らかい気もするけど……仕方ないよね。そう思ったアリスは、今ある材料で作れるものを作ろうと思い直した。


「グレイスさん。水場でこの鍋の中身を掬って、麻布にひっくり返して!」

「おう!」


 何とか元気を取り戻したグレイスは、プルプルしている腕で鍋を抱えるとユースと共にフレッシュチーズを取り出し始めた。


「アリス様、骨のスープがグラグラしておりますが、大丈夫でしょうか?」

「あ! 忘れてた!!」


 牛コツスープを任せていた男性に声をかけられ、アリスは慌ててスープのもとへ向かう。

 良い感じに骨と肉、血管が分離しているのを確認したアリスは、再び男性に骨を取り出し水で洗浄ように告げた。

 フィンと男性三人が、骨の処理を請け負ってくれる。


「アリス嬢できたぞ」


 グレイスに呼ばれ、アリスはとてとてとキッチン内を走る。

 麻布に包まれていたチーズは、まだまだバラバラで今度はそれを纏める作業に移る。

 ラップというものがないこの世界で、フレッシュチーズを綺麗に纏める方法は魔法だ。


「フィンにぃ、パパ呼んできて欲しいの!」

「父さんを?」

「うん。少し熱い温度でこれを温めて欲しくて……」


 チーズが入った麻布をフィンに見せるため持ち上げる。

 すると横から、ユースが「温めましょうか?」と言ってくれた。


 後から聞いたのだが、この世界で暮らす人たちは皆少なからず魔力を持っているため生活魔法で、温めや温風など日常でつかっているそうだ。


「お願いします。八十度……うーんと。あ! このチーズが柔らかくなるまで温めて貰っていいですか?」

「わかりました」


 温度と言う概念がないためどう伝えようか悩んだ末、チーズが柔らかくなったらと言ってしまったアリスは不安そうな顔でボールの中のチーズを見つめた。

 徐々に熱が伝わりチーズから湯気が上がり始める。

 じっと見つめられていたユースは、ゆっくりゆっくり熱を上げていく。


「それで大丈夫です! 火傷するので、木べらで捏ねて下さいね」

「フィンにぃは、別のボールに水を入れて塩を持ってきて」

「分かった」


 緊張した面持ちのユースはアリスの声に魔法を止める。

 ふぅーと長く息を吐き出し、緊張を解いたところで木べらを使いチーズを捏ねはじめた。

 アリスを下ろしたフィンがボールに入れた水と塩を運んでくる。

 そして、再びアリスを抱きあげる。

 小さな指先が、チーズをちょんと触った。


「これならいける。これを十個分に分けて、丸めてください。丸め終わったらこのボールにチーズを入れて」

「おう。手伝うぜ」 

「はい」


 作業すること数分、ぷかぷかと白い十個の塊がボールの中に浮かんだ。

 チーズはそのまま冷蔵庫へ。

 本来なら一晩寝かせて塩味をしっかりつけたいところだが、夕飯に使うのでその時間まで入れておく。


 残るは牛コツスープのみとなり、アリスは二度目の処理が終わった鍋のあるコンロへ歩く。

 ぐつぐつと煮だされている鍋をのぞき込み、頃合いを見てニンシク、ガージョ、ネルギの追加を伝えた。

 

「この状態で、あと二時間茹でたら骨と野菜を取り出して、麻布でスープだけを取り出してね」

「わかった」


 とりあえず二時間という時間が出来たアリスは、キッチンの一角にある椅子にフィンと共に座った。

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