閑話――師匠とビル
あの日、紫の瞳の女の子と知り合ってからビルの日常は変わった。
ぼろぼろだった家は、数時間で新品になった。
病気で臥せっていた母は、何故か起き上がり今では元気に仕事へ行っている。
食べる物すらなかった生活は、日々収穫できる野菜のおかげでかなり潤い。
栄養失調気味だった身体は、かなり大きく頑丈に成長した。
すべてはアリスのおかげだと、ビルは思っている。
だからこそ、いつかアリスが困った時には必ず助けようと心に決めた。
「ビル! どうした。もう終わりか?」
「ま、だまだ、行けます!」
痛みと疲労で、身体はとうに限界を超えていた。
何度も何度も打ちのめされ、地べたへ沈められる。
それでもいつかのためにと、ビルは立ち上がる。
「いい面構えじゃないか。いくぞ!」
「今度こそ、一本取る!」
木刀を構えたビルが、アンソニーへ突っ込む。
正面に向かって飛び込んだビルの木刀をアンソニーが軽く躱して、左からビルの横腹を狙う。
と、それを読んだビルがアンソニーの肩を蹴りバク転。
そのまま勢いに任せ、上からアンソニーの手首を狙って木刀を振り下ろす。
カン、と甲高い音が鳴り二本の木刀が打ち合う。
「なるほど、今のは悪くない。だが、甘い!」
腕力でそのまま振り払われた木刀の勢いに負け、ビルは投げ飛ばされた。
ハッと身体を起こしたビルは、隣で微笑むアンソニーの顔をを見て「また負けた—」と再び大の字で地面へ転がった。
「最後の返しは良かったよ」
「チェ、今日はいけると思ったのに。師匠強すぎ! 俺、強くなってるのかな?」
「ふはは、流石に二年程度でビルに一本取られたら、僕が師匠に殺されるよ」
「師匠の師匠はすげー強いんだろ?」
「あぁ、とても強い人だよ。僕ですら一本も与えられないぐらいにね」
「そっかー。俺ももっと強くなる! 絶対に!」
この二年間、ビルはビルなりに冒険者になるべく修行をしていた。
ビルの毎日は、午前中は薬草の採取。
午後からは、師匠との剣術稽古だ。
ある日突然アンソニーに声を掛けられ、剣術を教えて貰えるようになった。
何故アンソニーがビルの師匠になってくれたのか、ビルにはわからない。
だが、ビルはこの機会を逃すまいと必死に剣術を学んでいた。
「いつか、絶対会いに行くんだ。そして、困ってたら助けてやるんだ」
「そうか」
「うん! 俺の恩人だから、絶対だ!」
宣言したビルの横で、立ち上がったアンソニーは「じゃぁ、続きだ」と言うとビルを見てやりと笑う。
それに頷いたビルが立ち上がり、再び間合いを取って向かい合った二人は、いつかのために今日も剣術を磨くのだった――。




