リルルリア編――洗礼式の服
リルルリアの街に入った二日目。
アリスとアンジェシカ、フェルティナは買い物のため六の幹へ来ていた。
ジェイクをはじめとした男性陣は、冒険者ギルドにこれまでの素材などを売ったり、装備を見たりするため五の幹に留まっている。
宿屋を出て一五分。
六の枝に到着するとアンジェシカの誘導で、一つの洋裁店に入った。
柔らかな笑みを浮かべて迎えてくれたのは、人族のふくよかな叔母様。
赤茶の髪を綺麗に纏め上げ、ピンと伸びた背筋は、光沢のある生地を使ったワンピースをおしゃれに見せている。
「久しぶりね。ニコラ」
「あらあら、まぁまぁ、ジェシカじゃないの! 本当に久しぶりだこと、元気にしていた?」
「えぇ、元気よ。ニコラあなた、また少しふくよかになったんじゃない?」
「ふふふ。毎日ご飯が美味しくてつい食べちゃうのよ!」
楽し気に会話するアンジェシカと店主を他所に、アリスは初めての洋裁店をちょろちょろとみて回る。
フリフリのドレスを見つけたアリスは、可愛い! 刺繍も細かい! これ全部手作りなんだよね? 凄い!! と、一人感動に打ちひしがれる。
アリスをアンジェシカが呼ぶ。
「アリス。いらっしゃい」
「おばあちゃん。何?」
「あらあら、あなたがアリスね。私はニコラよ。よろしくね? それにしても美人ね~」
美人と言われたアリスは、もじもじと手遊びする。
その様子に大人三人が、楽しそうな声で笑う。
「そうそう。ここに来た目的なのだけど。アリスに洗礼用の服を頼みたいのよ」
「洗礼って言ったら一二歳からでしょう? まだ早いわよ!」
「ふふふ。これでもアリスはあと数日で一二歳なの。エルフは、人に比べて成長が遅いから……」
「あぁ、そうだったわね。つい忘れてたわ!」
ニコラはそう言って快活に笑うと蔦のようなものを取り出した。
「それは、何?」
「これで貴方の身体を図るのよ! さぁ、奥に行きましょうか!」
蔦の使い道にアリスはキョトンとする。
だが、次の瞬間ニコラに抱っこされ奥の部屋へと連れていかれた。
カーテンで仕切られた部屋を見回したアリスは、どうやら採寸する部屋なのだろうと納得する。
「さぁ、お洋服を脱いで下着姿になりましょうね」
にっこりと笑ったニコラにアリスは着ていたワンピースを脱がされる。
言ってくれれば自分で脱いだのに……と、羞恥心で顔を赤くしながらアリスは悶えた。
一〇分後。
無事に採寸を終えたアリスの前には、ニコラオススメの洋服がずらりと並んでいた。
だが、どれもこれも白に近い物ばかりで、アリスは首をかしげる。
「あぁ、そう言えばアリスには説明してなかったわね。神殿で行われる洗礼式には、男の子も女の子も白っぽいお洋服を着るのよ」
「そうなんだ!」
「さて、アリスちゃんはどれがいいからしらね~」
「ニコラ、最近の流行りはどのあたりなの?」
「そうね~。最近だと、ここらあたりかしら?」
そう言ったニコラは最近主流となっているティアードワンピースをいくつかマリアの前に置いた。
七分袖のそれは、胸の下に切り替えが付いていて、スカート部分はフレアになっている。
スカートの長さはひざ下五センチ。
白に近い淡い色合いの生地の上に、白い糸で複雑に編まれたレースを透ける白い生地に縫い付け重ねてある。
しかも、下の生地の裾にもレースが縫い付けられている分長くなっていて、とてもおしゃれだ。
「可愛い!」
手を叩き喜ぶアリスをフェルティナは、落ち着かせるため抱き上げる。
「さぁ、アリス。どれがいいかしらね?」
アンジェシカに問われ、アリスは悶々と考える。
黄色もいいけど……ピンクも捨てがたい。あぁでも、水色も可愛いし……。そんなに着る機会もないから、どれか一つにしないと。どれがいいかな? どうしよう、決まらない!
考えれば考えるほど決まらないアリスは、無言でワンピースを見つめる。
そんなアリスにくすっと笑ったフェルティナが、薄い藤色のワンピースを手に持ち見せた。
「これはどう? アリスの瞳の色によく似ているし。ママは、きっと似合うと思うわ」
「似合うかな?」
「えぇ、絶対に似合うわ!」
力強く頷いたフェルティナの言葉を信じることにした。
「じゃぁ、それにする!」
「普段着もいくつか買っていきましょうね」
洗礼用の衣装が決まった途端、二人が楽し気に洋服を選び出す。
「これはどうかしら?」と、服を見せながら聞かれたアリスは、アンジェシカが選んだ服に瞳を輝かせた。
だが、時間が経つにつれアリスの瞳は、徐々に死んでいくことになる。
アリスを溺愛気味に可愛がる二人が、暴走しだしたのだ。
店に置いてある似合いそうな服を手に取るたび、二人はいい笑顔で身体にあてては「着てみて?」と言う。
そこへニコラまで加わり、アリスは大人三人の着せ替え人形と化したのであった。
「……つ、つかれた」
「あはは、大丈夫だった?」
「大丈夫かい? アリス」
宿に戻っても未だ興奮気味二人から逃げるように、フィンとクレイの部屋に避難していた。
部屋に入るなりベットに突っ伏したアリスを見て、二人は何があったのか悟る。
「大丈夫じゃないー。にぃたちどうして教えてくれなかったの?」
恨めし気な瞳を二人に向けながら愚痴をこぼしたアリスは、二人が「だってな~」と言い訳しながら苦笑いを浮かべると再びベットに顔を埋めた。
兄たちにあたっても仕方ないことはアリスも理解している。
だが、あたらずにはいられないのだ。
ぶつぶつと愚痴を零すアリスの頭をフィンとクレイが優しく撫でて慰める。
撫でる度、徐々に荒んだ心が癒されていく。
そうして、夕食までの時間アリスは、思う存分兄二人に甘えた。
その日の夕食は、昨日以上に残念なものだった。
シチューに水を加え、具材を足したまでは良い。
だが、味付けが薄すぎる。
こんなものをお客に、出しちゃいけないよ。
そう思ったアリスは、じーっとグレイスを見つめ意を決して話しかけた。
「あの、グレイスしゃん」
噛んだ! と理解した途端、アリスの可愛らしい顔が売れたリンゴのように真っ赤に染まる。
だが、お酒の入ったグレイスはアリスが噛んだことに気付かず「おう、どうした?」と返す。
気にされていない事に気付いたアリスは気を取り直して、食事の味付けについて話を切り出した。
「あの、これ……美味しくないです」
「……え?」
アリスの小さな指がほぼ味のしないスープを示す。
「せめて、完成したら一度味見した方がいいです。それに、サラダも……そのまま食べるぐらいなら美味しく食べるためのソースを入れた方がいいです。後、パンですけど……子供には硬すぎて食べにくいです。これじゃ、お客さん減っちゃう」
失礼なことは重々承知でアリスは、ダメだしする。
ジェイクの友人であるグレイスのために、アリスなりに一生懸命考えて訴えた。
眉間にしわを寄せたグレイスがアリスをジッと見つめる。
そんなグレイスの肩を叩き、ジェイクがあるものを手渡した。
「なんだこれは?」
「アリスが作ったクレープだ。まぁ、食べてみればいい」
そう告げるとジェイクは、思わせぶりな笑顔を浮かべた。
オズオズと言った様子でグレイスは、クレープを包んだ紙を剥いでいく。
そして、ぱくっと一口食べ咀嚼した。




