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公爵家に戻れと言われてもお断りいたします

作者: 橙矢雛都


書き上げるまでだいぶかかりました。

ようやく投稿です。





しまった、と思った時にはもう遅かった。


その日は、低ランクの冒険者として、いつもの薬草採取に励んでいた。冒険者としての報酬は少ないとはいえ、私や私のいる孤児院のみんなにとってはありがたい額だった。

生活のほとんどを自分達で行うような所だ。贅沢を言わなければこれぐらいの報酬で充分だったのだ。


そんな「ほんのちょっと楽になればいいな」くらいの気持ちで常時依頼の薬草採取を行っていた今日。

何百分の一ぐらいの確率で遭遇する魔物、オークと遭遇してしまった。しかも5体。

女1人で出くわしたら生きては帰れない。()()()()

だけど私は普通じゃない自覚がある。ここはあまり人の来ない、薬草採取の穴場。

だから思いっきり油断しまくっていた。



「瞬、殺……?」



人がいた。ていうか見られた!?

あまり私と、歳の変わらなさそうな男の人。服装からして騎士団の人だと思う。

……何故ここに、騎士団が?


ここは辺境の地だ。ど田舎だ。

孤児院の一番近く(それでも町1つ分は距離のある)に、伯爵だったか子爵だったかの貴族がいたと思うけど、ハッキリ言って無名に近い。貴族でも貧乏の可能性大。

だから騎士団なんて雇えないし、いるはずがない。のに。



「あ、あの…」

「君!」

「うぇ!?」



沈黙を打破しようと、思いきって話しかけたらいきなり大声を出してきたからびっくりした。びっくりしすぎて変な声出た。

その人は勢いよく私のところまで来ると、肩をがっしりと掴んで顔を覗きこんでくる。

予想外の行動に、私はただただ目をぱちくりとさせていた。



『何なのかしら、この人間! 私のリルフィに軽々しく触れてくれちゃって!』

『フィーラのではないけど、その他は同意見だよ』

『さっきも見られちゃったしねぇ。…軽く殴って気絶でもさせて記憶飛ばす?』

『生温いな! 半殺しだ!』

「(ちょっと! 物騒だよみんな!)」



私にだけ聞こえる、4つの声。なんだか物騒な会話だな。

彼らは()()()()()私に姿を見せてくれるようになった。

なんと、彼らは精霊なのだ。しかも四大精霊。この4属性なくしては魔法が成立しないとまで言われている。


どうやら私はこの四大精霊の庇護下にあるようだ。

だからぶっちゃけ、1人でどこに行こうが何をしようが、私に危険が降りかかることはほぼほぼない。

四大精霊の庇護下に加えて、元公爵令嬢なだけあって魔力も膨大。風の精霊シルフと、土の精霊ノームによって、鍛えられたからドラゴンを相手にしても勝てる。…気がする。



「怪我はない? 大丈夫?」

「……え?」

「あぁ、顔にも血が付いて… ちょっとごめんね」



そう言うとその人は持っていたハンカチで、私の顔に付いたオークの返り血を優しく拭ってくれる。

心配されると思ってなかったし、優しくされるとも思ってなかった。

私は孤児院にいる人たち以外は、そう簡単には信用なんてしない。特に貴族なんか大嫌い。

私を捨てた、貴族である父なんか。いや、私はもう貴族ではないから()父か。



「無茶しちゃダメだよ。女の子が1人でなんて、危ないからね」

「……」

「町まで送ってくよ。着く頃には日も沈み始めるかな」


『けっこういい人っぽいわねぇ。場合によっては記憶を飛ばすのは止めてあげようかしら』

『ネールは優しいなぁ。でもそうだね、好感は持てる。今のところ』

『ふん、どうだか。アースもネールもあまっちょろい』

『サーラは短気なだけよね』

『フィーラは黙ってろ!』



うん、みんな盛り上がってる。みんなが言うならこの人は大丈夫、ってことなのかな。

一歩前を歩く彼を見る。顔立ちも良く、背筋もピンとしていて騎士らしく、かっこよかった。

そうは思うけど、私は王都の人たちを信用しない。でも疑問には思う。



「騎士様が、何故、このような場所に?」

「指令、というか命令なんだ。人を探していてね」

「人を…?」

「国中に騎士が派遣されている。それこそ滅多に人が行かないような場所にまでね。いるとは思えないんだけどなぁ、こんな所になんて」

「どんな人を、探しているのですか?」

「詳しくは言えないんだけど… 12年前に失踪した、シルヴィア・オーストという名の女性を探しているんだ。あぁ、でも当時は5歳だったから今は17歳か」



シルヴィア・オースト

その名前はよーく覚えがある。忘れてしまいたい名前だが、どうにも記憶にこびりついていて忘れられない。

オースト公爵家のご令嬢だった人。現公爵の前妻の一人娘。

前妻が病で亡くなり、後妻におさまった女と、異母妹であるその娘の策略によって、わずか5歳で家を追われ、平民となった不幸な人だ。


…何故そんなに詳しいかって?

何故も何もない。()()その元公爵令嬢のシルヴィア・オースト本人だからだ。

シルヴィアのその後のことなら、体験談としていくらでも話せる。

けれど話すつもりも、名乗り出るつもりもない。今の私はシルヴィアではなく、孤児院育ちの平民リルフィだからだ。



「12年も経って、何故今さら探すのですか?」

「上の話では、無事を確認したいんだそうだ。希望は薄いだろうけど」

「…オーストって、公爵家の名前ですよね? 公爵家に何かあったのでしょうか?」



詳しくは言えないと言っていたけど、出来る限り聞き出したい。

私の今後に関わってくる事柄だ。情報源が目の前にあるのだから利用しない手はない。



「……まぁ、いずれここにも情報が回ってくるだろうから話すけど、現オースト公爵と夫人、娘の3人が断罪されるんだ。日取りも決まっている」



断罪。

あぁ、そうか、そういうことか。

納得してしまった。だから王家は私を探しているんだ。

唯一の、公爵家の血を継ぐ人間である私を。



「大丈夫?」

「え?」

「顔色悪いよ。疲れた? 少し休もうか」

「………」

「えぇと…」

「リルフィ、です」

「僕はラーティ。ラーティ・ロトレイ。リルフィって呼んでいい?」

「いいですけど…」

「僕のことはラティって呼んでね」



呼べるか! と一瞬思ってしまった。

ロトレイって、あのロトレイ辺境伯の名前と同じじゃない!

私は今は平民。いくら信用しないとはいえ、平民が貴族を愛称で呼ぶのはどうなんだろう。

本人が許可してるならいいのかな? いやぁ、でも呼びづらい。



「リルフィはもしかして魔法が使えるの?」

「……どうして?」

「さっき、オークたちを瞬殺してたでしょ? その時に魔力が動くのも感じたから」

「……」

「あ、そうするとさっきのオークたちを回収していかなくてよかった? 討伐したということでいい値の報酬があると思うけど」



それは私も考えた。でもそれはD~Cランクの依頼に相当する。

私は底辺のEランクだから、ダメなわけじゃないけど目立ちたくないので断念することにしたのだ。

私は、冒険者として有名になりたいわけじゃないし、お金持ちになりたいわけでもない。

あとちょっとのお金が必要だからやっているだけだ。自分で売るよりギルドを仲介した方がちょっと高値で買ってくれるし。

勉強のためと、ある程度の知識と体験をしておきたいから冒険者登録をしたのだ。

正直、勉強だけなら精霊たちに教えてもらえるけれど、それだけでは目立ってしまう。冒険者という立場は隠れ蓑だったりする。



「すみません、私、魔法が使えるというのはあまり知られたくないので」

「そうなの?」

「はい。私はただ、静かに暮らしたいんです。今もお世話になっている孤児院の方にも迷惑はかけたくないですし」

「孤児院…」



私は貴族の生活なんて欲しくない。

私に貴族の親なんていないし、兄弟もいない。

家族は、孤児院にいるみんなだ。

12年もほったらかしておいて、今更なんなんだ。


私を、探さないでほしい。



「うーん、じゃあ誰にも言わない方がいいね」

「……黙ってて、くれるんですか?」

「リルフィはそうしてほしいんでしょ?」

「……」

「あ、町が見えてきたよ!」



この人、本当に貴族?

貴族なのに、こういう人いるんだ。

彼が本心で言っているということは精霊たちの反応ですぐ分かった。真剣な顔で、彼の言葉に耳を傾け、その姿を見つめているからだ。

あの簡単に私に近づく人は認めない火の精霊、サーラも静観している。あのサーラが、珍しい。



『どういう意味だ、リルフィ』



おっと、心の声のはずだったのに聞こえていたようだ。

顔は見えてないけどきっとジト目だと思う。



「ついでだし、ギルドまで一緒に行くよ」

「任務中じゃ…?」

「うん。…ていってもほぼほぼ無理だよね。12年も前に行方が分からなくなった人の捜索とか。けどまぁ、僕なりに考えたんだけど、ちょっと気になるんだよね。シルヴィア様のこと」

「何が…?」

「……元々あった情報と事実が微妙に一致しないんだ。もし別の事実があるのなら調べるべきだと思ってね。団長に許可取って単独調査中なんだ」



部外者な私にそう易々と教えてくれるわけがない。

内緒だと言うように彼は右手人差し指を口元に持っていく。

当時の私は、精霊たちに言われるがままに、その場を離れるので必死だった。

精霊たちがついていたと言っても、所詮5歳の少女だ。出来ることなんて限られてくる。

見つけられてしまうのだろうか。私は、どうなるのだろうか。大人たちは身勝手だ。



「僕はね、自分が気になるだけでたとえシルヴィア様を見つけても、あの方をどうこうしようなんて考えてないんだ。上はたぶん、連れて帰ってこいって言うんだろうけど、12年も離れてる時点でそんな気ないだろうし。今の生活があるだろうし。どうするかはシルヴィア様の自由だと思う。

それでも上が食い下がってきたら僕が貰う。公爵家に戻してなんかあげない。……あ、もちろん、シルヴィア様がフリーで上が無理矢理した場合のみだよ」



最後のは冗談だろうか。笑いながら言うものだから冗談に聞こえない。

よく知らない、しかも今どうなっているか分からない女性を、自分が貰う、なんてどうして言えるのだろう。何を考えているのだろう。

悪い人ではない、そう思うけどいまいちラーティ・ロトレイという人物が見えてこない。

深く知りたいわけじゃない。ただちょっと気になるだけだ。



「ここで、いいです。すぐそこですから」

「そっか! 今日はこれからどうするの? 孤児院に戻るの?」

「いえ、今泊まりで出稼ぎ中なので。宿に行って、明日も常時依頼を受けます」



嘘は、言っていない。

正確には、孤児院を運営するシスターに暇を出されたのだ。私がいると下の子たちが頼りきっちゃうからしばらく出かけててほしいと。

なんだそりゃと思ったけど、私を含め、いずれはみんな自立する身。18歳で成人するこの国で、もうすぐ18歳になる私がいたら確かにみんなの成長に繋がらない。

孤児院は出るけど、王都には絶対に行かない。精霊たちもいるから気ままに旅をするのもいいかもしれない。




「僕はもう、明日には王都に戻るつもりだから寂しいね。せっかく知り合えたのに」

「……新手の口説き文句みたい」

「ははっ… 確かに。でもこんなこと言ったのリルフィが初めてだけどね」

「えっ?」

「じゃあね、リルフィ。またいつか」



私が何かを言う間もなく、ラーティ様は去っていった。

私はといえば、ラーティ様の返しにしばらくその場でポカンとしていた。予想外の返しで上手く頭が追いつかない。

ラーティ様みたいな人は初めてだった。言い寄ってくる人はたまにいても、大体はあしらえてしまう。もっとしつこい場合は、私の手が出る前に精霊たちの手が出るからそれはそれで困ったものだが。


けど、またいつかなんてあるのだろうか。

彼はシルヴィアを探してこんな田舎にまで来た。そういう理由もなくここに来るわけがない。

ここは、王都から遠く離れた地。

この田舎で過ごした時間の方が長い私にとって、王都というのはもはや「外」であり、縁遠い場所だ。行くとしても冒険者としての仕事のついでとかだと思う。あくまでもついで。



『貴族のわりにはいい人だったわね、リルフィ』

「…ネールはそう思うの?」

『リルフィは違うの?』

「………分かんない」

『あらあら』



ラーティ様と別れて、最初に声をかけてきたのはネールだった。

おっとりした口調のネールは、姉のような、母親のような見守っている様子。

そして、ほんの少し楽しそう。



『リルフィにしては口数多かったな』

『分かる! 普段孤児院のみんなといてもあんなに喋らないのに!』

『でもリルフィ、大丈夫? あの人だけじゃない、騎士が動いてるってことは王命だよね。今更シルヴィアを探すなんて、どういうつもりなんだろう』

『落ち着きなさい、アース。みんな同じ気持ちよ。私たちのやることは1つ。…そのためにリルフィの傍にいるのだから』



他の人に見えないとはいえ、みんながいてくれて本当によかった。

名乗りでさえしなければ見つかることはほとんどないはず。12年前の時点で、私の顔をハッキリと覚えている人はどのくらいいるのだろう。

騎士団に探させていたって、騎士の人たちがシルヴィアを知っているわけがない。それなのに12年も前の一令嬢の顔を、こんな田舎の人たちが知るわけがない。

それでも、この拭えない、もやもやとした感情は何なんだろう。

不安に思っているわけじゃない。今の私が本気を出せば、そしてみんなの力を借りられれば逃げ出すことくらい可能だと思うから。

不安とはまた違う、不快な感情。



『……ねぇ、リルフィ。もし… もしもの話よ? 元父親と会うことがあったら、リルフィはどうしたい?』



ネールがどういうつもりでその質問をしてきたのかは分からない。

けれど私はその問いに答えることが出来なかった。

私はその人に対して、何の感情も持っていなかったからだ。

親としてはもちろん、人としても。

元々嫌な噂しか聞かなかった人だし、尊敬もなにもない。他人だ。



『心のままでいいと思うよ? 私だったら気のすむまでぶん殴る!』

『俺もフィーラと同じだな。ぶん殴るどころか半殺しでも足りないくらいだ』

『フィーラもサーラも生温いよぉ。宙吊りにして拷問くらいしないと』

『アースはそんな笑顔で何言ってんの!?』



みんなはどう? とか聞いてもいないのに勝手に喋りだした。

みんな、私を気づかって言ってくれてるんだと、分かってはいるけどよけいに何も言えなくなってしまう。

でも、もし本当に会うことがあったら、私がどうこうの前に向こうが私に気づくだろうか。元々興味がなく、知ろうともしなかった娘のことなんて、顔も覚えていないのではないか。

そう思うとほんのちょっとだけ虚しい気がした。シルヴィアとして生まれた私って、一体何だったの?



「……早く納品して、外でご飯食べちゃおう。今日はパーッとやるよ」

『おぉ! 辛気くせぇ話は止めて美味いもん食おうぜ!』

『サーラにしてはいいこと言うわね』

『何がいいかしらぁ。お肉いっちゃう? スイーツもいいわよねぇ』

『リルフィ、僕、野菜食べたいな』



もしもの話は止めた。会うことなんてないんだから。

そうなった時はなった時だ。








~*~



数日後。

格安の宿を拠点としながらギルド通いをして、たまーに孤児院の方に帰ったりして。

薬草採取の常時依頼の報酬はけっこう馬鹿に出来ない。やり方次第で狩りをするより稼げてしまう。

けれど人気があるのはやっぱり狩りの方。それにこんな田舎の冒険者ギルドで薬草採取をしているのは私くらいだ。

今日もやるかとギルドを訪れた私に、専属受付嬢から声がかかる。

彼女は私が冒険者登録をした日に勤めだした、私の同僚みたいな子だった。同じ歳だったし、立場は違うけど仲良くなるのに時間はかからなかった。



「…え、王都へ?」

「はい。実は先日リルフィさんに納品していただいた、カノコ草と、ホーンラビットの角、フローラビットの糞を王都にいる納品先へと送らなければいけないのですが、諸事情で人手が足りないらしく、納品者の方にも来ていただきたいらしいのです。お礼は弾むし、移動方法や宿泊場所も用意するとのことです」

「人手が足りないのに、納品者は……」

「リルフィさん、だけですね…」



なんてこった。他にやる人がいなくて狙い目だからと、やり続けていたのが仇となったか。

薬草採取の常時依頼の依頼者とは前に会ったことがある。

人のよい老夫婦で畑に使う肥料作りや、回復薬(ポーション)作りなどといった常備品の製作も請け負う、中くらいの規模のお店だったと思う。

依頼者の2人の息子夫婦がそれぞれを担当し、製作を行っていたはずで、人は少ないながらも上手くやっていると、そういう会話をしたことがあるのだけど…


製作にはある程度の知識がいる。その点で言えば、私は助っ人として呼ぶのは適材適所だと言えるかもしれない。

彼らはここで自分たちの常時依頼をやっているのが私だけだというのを知っている。実質これは指名依頼となるのではないのか。

でもまぁ、これが顔も合わせたことのない、ただの依頼者と受注者の関係ならば断っていた。



「何があったのか、聞いてますか?」

「ギルド職員には流れてきている情報なんですけど、近々とある貴族の断罪が行われるようです。それらの準備に、本来なら関係のない職の人たちも駆り出されているようで、生産系の職の人たちは製造が止まったり、人手が足りなくててんやわんやしている所が多いようです」

「何それ… 普通、城には人手があるんだから市民にやらせる必要ないじゃない。なんだったら騎士団も使えばいいのに」

「騎士団は全員、人探しをしているのだとか」

「………全員?」

「全員」



途中からプライベートで話すような口調になってしまっているが、私たちが仲がいいのを知っている先輩職員の人たちはスルーしている。

そういえば、ラーティ様が言っていたな。国中に騎士が派遣されているって。

まさか騎士団全員だとは思わなかったけど、そうまでする理由があの公爵家にあるだろうか。

シルヴィアが《精霊の愛し子》であることは知られていないし、《契約者》であることも知らないだろう。

オースト公爵家を潰したくない理由は。私が知らないだけで、何かあるのかもしれない。


正直王都には行きたくないが、仕方がない。

わりと仲のいい人たちからの依頼(おねがい)だし、気を付けてれば問題ないよね?







~*~



「わぁ…… 懐か…しくは全然ないけど」



納品用の馬車に揺られて5日。

私は王都ルヴェイツへとやって来ていた。髪を一纏めにし、目立たぬよう帽子を深くかぶって。

髪色とか、目の色とかでバレたくはない。シルヴィアの時の知り合いなんていないに等しいけど、念のためってやつだ。

馬車は依頼者の所有物なので、そのまま依頼者のいる作業場へと直行した。

それはとてもありがたい。歩くより人目を引かないから。



「リルフィちゃん。来てくれてありがとうね」



お出迎えをしてくれたのか、馬車が止まり、降りたと同時に声をかけられた。

おばあさん、元気そうで良かった。

軽く挨拶を交わし、積み荷をおろす作業に加わる。息子夫婦の姿は見えなかったので、例の準備とやらに駆り出されているのだろう。なんだか申し訳ない気がした。

だからおばあさんの手伝いをしているのは、息子夫婦の子供たち。つまりはお孫さんたちだ。



「ねーちゃん誰だ?」

「こら、手伝いの人が来るってばあちゃん言ってただろ?」

「遠いところありがとうございます。運び終えたら一度休憩なさってください」

「大丈夫ですよ。薬草を干すところまでやってしまいましょう」



そう、そこが一番時間がかかる。

物によっては、乾燥させてから使った方が効能が上がるやつもある。(フレッシュ)のまま使う場合は、それ用の対処もしておかなくてはいけない。

製作の作業自体は簡単なのだ。製作(そこ)にいくまでの工程が面倒だけども。

だから休憩を入れるなら時間のかかるものをやってしまってからがいい。まぁ、フィーラにお願いして乾燥の時間、少し短くしてもらうつもりだけど。


お孫さんたちの手があると言っても、まだまだ足りない。特に作り手としてはまだ知識が不十分だからもある。

私は作り手じゃないにしては十分な薬草についての知識があったし、実は簡易回復薬(ポーション)も自作していたりした。そんなものを買う余裕はないので自分用である。

売る用だと色々とややこしいことになるけど、自分用なら何も問題はない。自己責任。

そしてそれらの知識は、全部精霊たちから教えてもらった。

精霊のことは言えないので、独学ということにしている。



「まぁ、早いわねぇ」

「ばーちゃん!」

「あんたたちもありがとう。リルフィちゃんも休憩してちょうだい。美味しいお茶があるの」

「ありがとうございます」



こことの繋がりは持っていても悪いものではないと判断したからこの依頼を引き受けた。

もう少しで孤児院を出る私にとって、こういった横のつながりは大事なものだ。よほどのことでもない限りは断つつもりはない。

でも、王都に来るのだけはこれで勘弁願いたい。王都にいる人がみんな貴族のようなとは思わないけど、どうにも場所そのものに嫌悪を感じているようだ。

やっぱり私はもう貴族などではない平民だ。戻る気もないが。



「この後は肥料作りだけやっちゃって回復薬(ポーション)は明日にしましょう。明日には乾燥も終わっているだろうし」

『ま、私の力を使えば夕方には作業開始できるけどね!』

「……頑張ります」

「店への納品日も延ばしてもらってるし、あまりゆっくりはしていられないけれどね」



フィーラの声は私にしか聞こえていない。けれど得意気に話すフィーラを見て、思わず笑ってしまった。

少し不思議がられたけれど、何事もなかったように会話を続けてくれた。


別に、彼女らが精霊を知らないわけではない。()()()()()だけで、各種魔法の元素とも言える精霊の存在は、この国、世界では崇められている。

その精霊に認められ、契約をし、力を借りていた人間も過去にいたという。

精霊と契約しているというだけで、その人間は国宝級の存在。

その契約者を貶めるということは精霊に喧嘩を売ることと同義。そんなことをしてしまうよりは、国を挙げて保護し、丁重に扱って精霊の加護を分けてもらおうという考えがある。

だから精霊の契約者は、大切にされる。


通常は、だが。

今世の契約者である私は、通常とは程遠い。

四大精霊全員に気に入られている時点で、いろいろとおかしい。



「あらあら、泥だらけじゃない。どうしたの?」

「畑で遊んでたのー!」

「なんかね、虫じゃないけど、虫みたいなのがいてね」

「追いかけてたらいつの間にかこうなってた!」



アースが子供たちと遊ぶなんて、珍しい。






~*~



その日の夜。

子供たちのご両親が帰ってきた。

もちろん、子供たちは大喜び。帰ってくるのはまだ先だと思っていた依頼者老夫婦は、分かりやすく驚いている。



「準備は終わったんだ。例の公爵家の断罪は予定より早く、明日の昼、中継付きで行われるそうだ。広場に設置されたモニターにも映るようになってるから、なるべく多くの人に見てもらおうとしてるみたい」

「全く、迷惑な話だよ。その公爵家はもちろん、国王様にもさ。人探しに騎士の手を当ててその他の準備には国民を使うんだからさ」

「オースト公爵家って、不思議な魔力に恵まれる家系なんでしょ? だから直系のシルヴィア様を探しているのもその魔力目当て。一番の被害者はシルヴィア様なのに、その身を案じる理由が欲まみれで、呆れて見つからなければいいのにって思っちゃった」

「でも12年前か… シルヴィア様、どこにいらっしゃるのかしら。ご無事だといいけど」



ここにいます。なんて言えない。

戻ってきた両夫婦からの愚痴という名の情報が止まらない。

そうか、私が執拗に探される理由はオースト公爵家の魔力か。今回断罪される3人には、欠片もないものだろう。



『実を言うと、リルフィのご先祖様と契約していたことがあるのよ。私たち』

『ま、それぞれだけどな』

『そうねぇ。誰か1人に複数の精霊がっていうのは前代未聞ね』

『だって気持ちいいだもん、リルフィの魔力。僕好みだぁ』

『ほんとそれ! それに私たちだけじゃないんだよ? 契約したがっている精霊は』

『確か… 雷のとか、氷のとか…?』

『光のと闇のと時のもよぉ。名前欲しがってたわぁ』

『アイツらも!?』



予想していなかった事実だ。つまりはオースト公爵家は、精霊との契約者が生まれやすいということか。

国王やその周りの人たちがどういう考えかは知らないけど、さっき聞いた話からその人たちに対する嫌悪感が溢れて止まらない。

会ったことはないけど、その顔を見たことならある。一見優しそうだが、よく見ると欲深いのが駄々漏れであった。



「リルフィさん、手間かけさせて申し訳なかった」

「いえ、今後のための勉強にもなりますから。もしよければ、今回納品分の薬草で作れる分はお手伝いさせていただいてもいいでしょうか?」

「それはありがたい! 遅れている分を取り戻さなきゃいけないから助かるよ」

「兄貴、肥料の方はまだ余裕あるからそっち手伝うよ」

「悪いな。終わったら肥料作り手伝うから」



仲の良い、兄弟だ。

ここは、温かい家族だ。

羨ましくないと言ったら嘘になる。母様が生きていたら、何かが違っただろうか。

父親(あのひと)と母様は、別に仲は悪くなかったはずだ。政略結婚だったかもしれないが、それなりに愛情が互いにあった。


いつから、道を(たが)えたのだろう。

父親(あのひと)はいつから、母様に不満を持ち、愛人を作ったのだろう。

異母妹は私の1つ下。平民の子だと、みんなに教えてもらった。

彼女は初めて会った時から、いつも私を小馬鹿にしたような態度だった。

ドレスを奪い、髪留めを奪い、父を奪い…

いや、父に関してはもうどうでもいいけど、その他に関しては憤りを感じている。

あの頃の私が所持していたもののほとんどが、母様から貰ったものだ。母様が使っていたものだったり、祖母から受け継いだものだったり。

それらを全て、異母妹(あの女)は奪うか壊すかしたのだ。当時の私は、泣くのを必死で堪えるしかなかったけど、今だったら1発殴りたい気持ちだ。

だからか、あの3人が断罪されることに一切心が動かない。未練も何もないから。


中継、するんだったよね。最後に今の顔くらい、拝んでやろうか。






~*~




「賑やかだなぁ…」

『リルフィ、ほら、フードをちゃんとかぶって! 帽子+フードで顔を完璧に隠して!』

「完璧に隠したら前見えないから」

『まぁ、これだけ人がいれば紛れられるでしょう。さて、あのお馬鹿さんたちの顔を特別に拝んであげましょうかぁ』



回復薬(ポーション)作りは昼までに終わった。

肥料作りは大丈夫だと言われたので、向こうへは明日帰ることに。

せっかくの機会だからと、観光してくると言ってモニターのある広場にやってきた。モニターでかいな。

画面にはすでに国王と宰相。護衛の騎士たち。その他の貴族たちが映っている。

しばらくしてあの3人が、拘束された状態で大広間に姿を現した。



《これより、審問を始めます。まず、オースト公爵、何故ここに自分がいるのか、ご理解なさっていますか?》

《ふん、知りませんな。私は何も悪いことはしていませんので》



審問が開始され、主に公爵に向けて問いかけられる。

12年ぶりに、父親(あのひと)の顔を見た。記憶に残っている姿より、老けたし痩せただろうか。

若干薄汚れているのは、牢にでも入れられていたからだろう。



《悪いこと、してはいないか… では何故、公爵家にシルヴィア嬢がいない?》

《シルヴィアは死んだのです。馬車に乗って出かけたところ、盗賊に襲われまして…》

《その盗賊なのですが、先日、その一員だった者を捕らえることができました。当時のことを吐かせたところ、襲った馬車にシルヴィア嬢どころか小さな女の子は乗っていなかったと言っておりました。かわりに、乗っていたのは男の子だったと…》

《そんなわけがない! シルヴィアは確かにあの馬車に乗っていたのです!》

《たった1人で?》

《…!》



国王からの不意の質問に、あらかじめ考えていたであろう言葉を余裕たっぷりで話すオースト公爵の顔色が、宰相の述べた証言を聞いたとたんに悪くなった。

私も当時のことを思い出す。

父親(あのひと)の言うとおり、あの馬車には乗っていた。襲われもした。全員グルで、自分以外、敵の状態。

みんながいなければ、私はあそこで命を落としていただろう。

男の子だと思われていたのは好都合だった。フィーラの風魔法で髪を肩より短くして、切った髪をサーラの火で隠滅して。

襲われた時はみんなの総攻撃による、盗賊たちの殲滅。御愁傷様ですと思ったのを覚えている。



《現場には子供の死体はおろか、盗賊たちの死体や馬車も残されていませんでした。あったのはここで大量の人が死んだことを決定付ける血の海だけです》

《……じゃあ、シルヴィアは》

《死んだ可能性より、生きている可能性の方が大きいと言えるでしょう。しかし、子供の足です。そう遠くへは行かず、どこか国内で定住していると想定して捜索を続けました。その結果、見つけることができなかった》



3人とも明らかにホッとした顔をした。

それを見て少しイラッとしたけど、そういう反応されることは想定の範囲内だった。

あの人たちにとって私が生きていようが死んでいようがどっちだっていいように思う。

手っ取り早くどうにかするには、何者かに襲わせるのが一番だっただけで。



《ひとまず、シルヴィア嬢のことは後でもいいだろう。ファルフォネ・オースト元公爵夫人のことについて、審問を》

《かしこまりました、陛下》



その名前を聞いた瞬間、無意識に私の体が反応した。

ファルフォネ・オーストは母様の名だ。母様の名前は知っている人が多いのか、広場に集まった人々もざわめきだす。

母様はとある病気で亡くなった。その場面は私も見ていたし、覚えている。

母様の病死に関しては父親(あのひと)は関係ないと思ってたけど、違ったの?

父親(あのひと)が、何かしたというの…?



《ファルフォネ・オースト様は公爵の元奥様ですね?》

《そうです。13年前に、病気で亡くしました》

《その後に、現夫人と娘を迎え入れられたと》

《はい、彼女たちは子爵家の出ですが、私たちは愛し合っていたのです。それに、妻を亡くして傷心中の私を支えてくれた。とても感謝して…》

《子爵家の出? なるほど、脅したか》

《な、なんのことでしょう…》



オースト公爵の言葉を遮って国王が嘲笑った。

途端に勢いをなくし、しどろもどろになるオースト公爵。

きっと、国王側は全部分かっていて審問を続けている。物的証拠もあるが、本人の口から語ってもらおうとしてるのだろう。

これは答え合わせみたいなものだ。



《それはタッセル子爵家のことであろう? あそこに娘はいない。ましてや孫もな。いるのは最近遠縁から引き取ったという後継ぎの男の子だけだ》

《そんな! 私はお父様の娘です!》

《いいや、公爵夫人。そなたと娘は平民の出だろう。調べもついておる》

《何を根拠に…》

《タッセル子爵本人からそう報告があった。公爵に脅されて、平民の女とその娘を、養子とその娘として迎え入れたと。そして公爵家への嫁入りを見送ったと。真っ青になりながら報告してくれた。よほど怯えていたのだろうな》



湯水のごとくわき出てくる事実。

愛し合っていると言っても、さすがに平民出では公爵の相手としてはまずいと思ったんだろう。

たとえ子爵家でもないよりはマシだと考えたのかもしれない。

いや、そもそも脅せる相手が子爵か男爵のどちらかなだけだったのかもしれないけど。



《それに、妻を亡くして傷心中だったと言ったが、本当にそうか?》

《……どういう意味でございましょう?》

《ファルフォネ・オースト。実は火葬する前の彼女の体を、我直属の魔導師数人が調べたところ、不審点が見つかった。それは微量の毒物と(まじな)いの痕跡だ》



どくん、と血の巡りが早くなった。

国王が発したその言葉が意味するのは、母様は病死ではなく、人の手による殺しだということだ。



《どちらも普通に調べただけでは分からないほどの量しか残っていなかった。けれどもそれは()()()()()()()()消化されずに残っていたにすぎん。見つかった量より多くの量が、彼女の体に打ち込まれていたはずだ。…誰がやったか、心当たりはあるか?》

《……シ、シルヴィアだ! あの子がやったんだ! だから私は》

《5歳の女の子がそんなことを母親にするかね? やるなら疎まれていた父親のお前に対してであろう》

《っ! …し、しかし…》

《それに、まだ外に何の繋がりもなかった女の子に、毒物等を入手する術はない。調べを進める中でその形跡があったのは、その当時は()()平民だった現オースト公爵夫人だ》



その言葉に、審問が行われている現場も、広場(ここ)に集まっている人たちも、ざわっと動揺の波が広がった。

周りはこんなにも騒がしいのに。私の周りはまるで時が止まったかのように静かだった。自分の鼓動だけが、やけに大きく聞こえる。



『…ま、あの女があの手この手で入手した毒物を、あの父親(バカ)に流してたってことでしょうね』

『ファルフォネは、なんとなく、分かってた気がするんだよね。毒を盛られていること』

「…! どういう、こと?」



アースの思いがけない言葉に、思わず問いかけてしまう。

幸い、騒がしかったので私の言動を気にするような人はいなかった。



『リルフィには言わなかったけどぉ、貴女のお母様、ファルフォネ・オーストにも私たちの姿は見えていたの。契約はしていなかったけれど、私たちは純粋に彼女の人柄が好きだったわ。だから、約束したの。彼女が亡き後、貴女を守ると』

『毒だと、気づかれないほんのわずかな量を少しずつ、少しずつ摂取させられていった。それが何年も続いた。ファルフォネは、その矛先が娘であるキミに向かないように、気づいてないふりをして何事もないように過ごしていたんだ』

『いつかは、自分の夫を断罪するつもりだったみたいよ。自分の身を犠牲にしてまで準備を進めていたのに、先にファルフォネの身体が限界を迎えてしまった。それが一番悔しかったわ』

『俺達は動けなかった。ファルフォネに頼まれていたからだ。この先、何があっても娘を優先し、守ってほしいってな』

『治癒も拒否して… ほんと、頭堅いんだから』



私は、母様に守られていた。愛されていた。

そしてみんなに、守られていた。


母様の、みんなの気持ちに触れて泣きたくなった。

けれどそんな優しい気持ちを踏みにじったのが、画面の向こうの父親(あのひと)だった。

私は初めて、父親(あのひと)に対して明確な怒りを感じた。

その時、私の中で何かがストンと落ちてきた。

今の今まで感じていた不快感の正体。まさにこれだったんだ。


父親(あのひと)に対する、怒りだ。



《ファルフォネ殿がいなくなれば、自分が公爵家の実権を握れる。そう思ったお前は長い計画を立てた。周りに不審に思われぬよう、時間をかけた計画を》

《証拠は!? 私がやったという証拠はどこにあるというのですか!?》

《確かに。証拠がないとな》



国王はそう言うと、何やら指示を出している。すぐに証人と思わしき人物が連れてこられた。

黒いローブを被った怪しげな人間。男なのか、女なのか、子どもなのか、大人なのかも分からない。



『アイツは…』



サーラが画面越しにその姿を見て何かに気づいたらしい。

よく見るとサーラだけじゃなく、フィーラも、アースも、あの()()()温厚なネールでさえも表情を変えるほどの人間らしい。

驚きの顔から怒りの顔へ変わっていった。



『冗談でしょ…? ゼノンだけじゃなく、ファルフォネにまで手を出してたっていうの…?』

『でもぉ… よくよく考えたら…その可能性は普通にあったわねぇ』

『……』

『…アース、大丈夫か?』

『大丈夫だよ。…たぶんね』



みんなの動揺と怒りが伝わってくる。

ゼノン、というのは()()()闇の精霊の名前だったと記憶している。

アイツは、母様以外にも… みんなの仲間にも何かをしたの?



《こやつは、裏市のさらに奥にいたとある呪術師だ。オースト公爵、こやつを利用していたな?》

《…知りませんな、そのような輩は》

《…オースト公爵、お忘れか。私が終わる時は貴方も終わる時だと。貴方の血判で作られた誓約書もある。この私を裏切ればこの誓約書に仕込んだ呪いが貴方を殺すことになる!》

《なっ…!》

《……だ、そうだ。オースト公爵。本当に知らないのならそのまま否定を続けるとよい》



父親(あのひと)も、自分が利用した人間がそういうことをしているなんて考えつかなかったのかな?

裏市にいるような人に用心を怠ってはいけない。私でも知っていることなのに。

苦虫を噛み潰したような顔をしている父親(あのひと)。逃げ道が無くなった彼はどうするつもりなのか。

そんな様子を見て嘲笑っているのが呪術師。拘束されているのに何故かあまり悲壮感がない。国王と何か取引でもしたか?



《……貴方に手を貸せば、あの娘が手に入ると思ったのに》

《なんだと…?》

《私にとって、ファルフォネ・オーストを呪ったりすることはついでのようなものだった。私が本当に欲しかったのはシルヴィア様だ! それなのに、貴方も余計なことをしてくれたが、ファルフォネも邪魔だった! あの女さえ早くくたばってくれていれば!》

《貴様! 今すぐその口を閉じろ!》



呪術師が衛兵に取り押さえられる。

真に欲したのがシルヴィアだという言葉に、大広間にいる貴族も、モニターを見に来ている人たちにもざわめきが広がっていく。

私もみんなも黙っていた。けれど心の内はサーラ以上の怒りの炎が燃え盛っている。

バレてしまう訳にはいかないので必死に耐えていた。



《ファルフォネか… 非常に聡い女だったが、逆にそれが煩わしかった。死んでくれた時ほど清々したことはない》



父親(あのひと)がそんなことを呟いた。

音声を拾う魔道具が優秀なので、ただの呟きもしっかりと拾い、しっかりとこの広場の人々の耳に届いた。


当然、私の耳にも。

その瞬間、私の中で何かが壊れた。底から溢れてくる()()を止められそうになかった。



「……みんな、ごめんね」



私を中心にして風が吹き荒れ始める。

その風は少しずつ強くなり、原因が私だと気づく人もちらほら出てきた。

こんな所で、魔法なんて使えば周りの人たちに迷惑がかかる。最悪バレてしまう。

視界の端に、昨日と今朝一緒に作業した子供たちとその両親の姿も見えた。せっかくできた繋がり、切れちゃうかな。

けれども、そんなことどうでもいいくらい私は父親(あのひと)が許せなかった。



『謝る必要なんてないわよぉ』

『怒って当然の権利をリルフィは持ってるぞ。むしろ今までよく爆発しなかったな』

『リルフィが怒らなくたって、僕たちがもう限界なんだ』

『私たちの能力(ちから)、全貸しするよ! 思いっきりいっちゃいなさい!』



フィーラのその一言でその場で暴風が巻き起こる。

漏れ出ていた私の風の魔力に、フィーラの魔力が上乗せされてそこはもう災害現場と言って差し支えない。

フードが取れ、帽子も吹き飛ぶ。結んでいた髪紐がほどけ、ずっと隠してきたプラチナブロンドが露になる。


そういや、この世界だとプラチナブロンドの髪色ってあまりないんだっけ。一部の高位貴族の証だとかなんとか聞いたことがある。

だから今まで隠してたのに、きっとバレてしまっただろう。

私がこれからやろうとしてることも自分からばらしに行くのと同じだ。



「何あの子!?」

「プラチナブロンド…!まさかあの子… いや、あの方は!」



そういう驚きの声が蔓延する。

なんかもう、どうでもいい。バレようがバレまいが私には関係ない。

私は風魔法で空を飛んだ。向かうは決まってる。


父親(あのひと)のいる王城だ。






~*~



なんて人だと思った。

こんな人が、あのお方の父親だなんて何かの間違いじゃないのか。

どうして… 煩わしかったといえど家族だろう。自分の奥さんと娘だろう。

貴族社会に、政略結婚というのがあるのは分かっている。恋愛結婚が絶滅危惧種かってくらい少ないのも知っている。

彼も、ファルフォネ様とは政略結婚だったのだろう。

その事には何の驚きもない。父様や兄様たちから聞いた限りでは、オースト公爵夫妻もいうほど仲は悪くなかったと聞いていたのに。

これが事実なら、あの方はどう思うだろうか。

よほどの辺境でない限り、この断罪の場の様子は国民にも伝えられている。


見ているかもしれない。

あの時会った女性も。

一瞬しか見えなかったけど、プラチナブロンドの髪の綺麗な人。

もしかしたら、あの人は―――



「お、おい… なんか揺れてないか?」

「地震!?」

「違う… この振動…… 風だ!」



ガタガタと窓だけじゃなく、建物全体が揺れている。

ここは王城の広間だ。その王城が揺れるほどの風は自然には吹かない。

あるとするならば、魔法。そう、風魔法だ。

音と振動が大きくなっていく。風魔法の発生源が近づいてきている証拠だ。



「…やっぱり、君は()()()だったんだな」



会った瞬間から、もしかしたらそうなんじゃないかと思っていた。

可能性はあった。だって()()()()が彼女の傍にいるのを見たから。水の精霊は僕を見てふわりと笑った。

特別だと、秘密だと言うように、笑ったのだ。


精霊は、その姿が見える人間相手でも、自分の意思で姿を見せないようにすることができるらしい。

だとするならば、彼女の傍には他の精霊もいたのかもしれない。

水の精霊が何故姿を見せてくれたのかは分からないが、試されていたのだと思う。本当に、今思えばだが。

そんなことを考えている間に、広間の入り口の上部分が大きな破壊音と共に崩れ落ちた。



「また、会えたね。…リルフィ」



収まった暴風、砂煙が晴れて見えたその姿。

美しいプラチナブロンドの髪に、怒りの感情を含んだ表情で立つ凛とした姿勢。

僕が幼い頃に1度見た少女の、成長した姿がそこにあった。






~*~



広場からまっすぐに城を目指し、この広間に突っ込んだ。

それはもう、派手に。

だってこそこそしても仕方がないし、そもそもみんなの魔力も相まってここまでの威力になったんだから、派手になったのは私だけのせいじゃない。

そんなことはさておいて、派手に壊したせいでその場にいた人たちの注目は私に集まっている。


狼狽える者、腰を抜かす者、逃げようとする者。

騎士の人たちはさすがの動きをしている。国王だったり貴族をだったり、偉い人を守ろうとするのは騎士ならば当然。

けれど、父親(あのひと)を含むオースト公爵家の3人を守ろうとする騎士は誰1人としていなかった。



「何者だ貴様っ!」

「…あの娘……」

「王! お下がりください!」


「心配しなくても興味ないわよ。貴方になんか」



自分でもびっくりするくらい、低く冷たい声が出た。

その一声でその場はしん、と静まり返る。

誰も話そうとしない、動こうとしない空気の中で唯一動いた騎士がいた。

父親(あのひと)たちの前に出て、端から見れば守ろうとしているように見えるかもしれない。

父親(あのひと)も、義母も、異母妹も、そう思ったのかホッとしたような表情を浮かべている。



「ロトレイ様…!」



異母妹のサリーは頬を赤らめてうっとりとした顔をしている。

久々に見たが、なんだか気持ち悪いな。仮にも血の繋がった妹なんだけどな。

私もサリーもそれぞれの母親似。髪色も私はプラチナブロンド、サリーはピンク。

顔もまぁ、似ていない。別に似たくはないけども。


その騎士はラーティ様だった。

3人の前に立ってはいるが守ろうとしているわけではないようで、その真っ直ぐな目は私を見つめている。



「…今、この場の、この一度だけ… こう呼ぶことをお許しください」



そう言ってラーティ様は膝を突き、頭を下げ、最敬礼の姿勢を私に向ける。

やっぱり口にしなかっただけで、この人は全部分かっていたんだ。



「シルヴィア・オースト様」



ラーティ様がどういう思いで私を探していたのかなんて分からない。

でも、ラーティ様は、貴族だけど私の知る貴族ではなかった。

この人なら、大丈夫なんだと思えた。



「……その名は、その名の人物は、とうの昔に死にました。私はリルフィです。…ラティ」

「……うん、そうだね。リルフィ」



呼んでほしいと言われた呼び方で言うと、彼は微笑みながら私の名を呼び返す。

ラーティ様、もといラティは身体を起こし、私に1歩近づく。

その瞬間にラティの後方から聞こえたのは癇癪混じりの悲鳴に似た声。

誰だなんて確認するまでもない。サリーしかいない。



「ロトレイ様! そんな野蛮な人に近づいてはいけません! それに、その人がお姉様なんてありえない! お姉様は死んだのよ!」

「…………そうね、シルヴィアはあの日死んだわ。貴女のお望み通りにね」

「ひっ…!」



冷えきった目でサリーを見れば、サリーはいとも簡単に威圧されガタガタと震えだした。

意識的に睨んだつもりはないけど、サリーの口から嘘でも「お姉様」と出た瞬間背筋がゾッとし、気持ち悪くなった。

どうやら私は、父親(あのひと)の次にこの異母妹(サリー)が大嫌いらしい。拒否反応がすごい。

しかし弱いな。本当に16歳か? まだ孤児院にいる子供たちの方がしっかりしていて(したた)かな気がする。

甘やかされ、ワガママ放題で育ったのだろう。やってもらって当たり前精神が身に付いていて、貴族令嬢としての嗜みもあったものじゃない。



「鬱陶しかったのでしょう? 煩わしかったのでしょう? よかったじゃない。あなたが本心で姉と呼ぶ人は最初からいなかったのだから。都合のいい時だけ、姉という言葉を使うな。それこそ鬱陶しい」



サリーに関しては殴る気はない、そんな価値さえないと思っているから言葉攻めくらいでちょうどいい。何かしてこようものなら返り討ちにするだけだ。

私がじゃなくて、みんなが。

そう、みんなも一緒になって怒ってくれているからか、この場に来ても思ったより冷静でいられる。


サリーから父親(あのひと)へと視線を移せば、こちらを見ていたらしく目が合った。

そこで少し驚いたのが、その目に戸惑いが浮かんでいたから。憎しみなどの蔑みなどの感情を向けられると思っていたからそんな目を向けられる意味が私には分からない。

それに、ひどく懐かしく感じた。そんな感情はとっくになくなったものだと思っていたのに、きっと理由は、結果はどうあれ過去に家族という時間が僅かながらあったからかもしれない。


だからこそ、よけいに、悔しいし腹が立つ。

最初から最後まで疎ましく思っていたということの方がどれほど楽だったか。

ほんの一瞬でも、一欠片でも、『愛』情というものがあったから

悔しいし、苦しいのだ。


私はゆっくりと、父親(そのひと)の元へと歩を進めた。



「私のこと、知っているのですか?」

「え……」

「先程から、私のことを見ては驚いているようだから、その視線が煩わしいのでできれば止めていただきたい」

「……本当に、シルヴィアなのか?」

「何を言っているのか分かりません。寝言は寝て言ってください。仮に、そうだと私が言ったとして、あなたに何の関係が?」



私の冷たい視線、そして否定的な言葉で返す気力を失っていた。

先程までの勢いはどこへ行ったのだろう。

内心、拍子抜けしてしまった。父親(このひと)への怒りや恨みが無くなったわけではない。でもこの態度は調子が狂う。


なので別の視点から罰を受けてもらおう。

怒っているのは、私だけではないのだから。



「……自分が何をしたか、分かっているのですか?」

「今までのことなら謝る! だからどうかもう1度公爵家に戻っ……がっ!」

「どの口が言うのですか? それと、1つ忠告です。あなたたち3人に対して怒りを向けているのは、私だけではないのでご注意を。あぁ、でも… 回避するのは無理でしょうねぇ」

「な、何を……」



父親(その人)が何かを言いかけたその瞬間。

みんな(精霊たち)の魔力が一瞬にして膨れ上がった。

そしてみんなの魔力が3人に容赦なくぶつかる。火の魔力、水の魔力、風の魔力、土の魔力。4つの魔力がぶつかるので、予想を越える痛みが彼らを襲っているようだった。

痛い、苦しいと、泣き叫ぶ義母と異母妹。父親(あの人)は声こそあげていないものの、その表情は苦痛で歪んでいた。



「あなたっ! 痛い、痛いわ! 助けてぇぇ!」

「お父様ぁ…」



何の、感情も湧かない。心が動こうともしない。

助けようとは微塵も思わなかった。だって、この人たちが私に何をした?

私から恩を返されるようなことをしただろうか。答えは否だ。

自分達が何故このようなことになるのかも、おそらくは分かっていないのだろう。ほんの少しでも反省の色があったならば、何かが違ったかもしれないけど。



『何が痛い、よ! リルフィはもっともっと痛かったんだから!』

『この程度のことで泣くとか、ほんとねぇわ』

『ねぇ、これで終わると思わないでねぇ? まだまだ序の口ってやつなんだからさぁ』

『貴方たちのしてきたこと、私たちは全て分かっています。私たちの大切な人を、そして私たちの愛し子を傷つけたこと、その命尽きるまで悔いなさい!』



みんなが、本来の姿になり、その場にいる全ての人々の前にその姿を現した。

元々混乱していた所に、更に混乱させる要因が。四大精霊なんて、お目にかかれるものではないからね。本来は。

そんなある意味畏怖の対象でもある四大精霊が、私を守るように囲い、敵意をむき出しにしている。

…さぞかし怖いでしょうね。



『ファルフォネとの誓約以前に、私たちはリルフィを主として認めているの。貴方たちが、そして王族貴族たちがファルフォネとシルヴィアの親子に危害を加えた… 私たちが、怒らないとでも思っていたの?』



ネールは不敵な笑みを浮かべると、騎士を含む、その場にいた全員が凍りついた。

その目が全く笑っていなかったからだ。それに私でさえも、ここまで怒っているネールを見たことがなかったので、平静を装っているけど内心は冷や汗がすごい。

そんな中でもラティは私の手を取り、私を背にして父親(あの人)たちとの間の壁となってくれている。


その行動に私はひどく安堵した。

今、この場で… “人”の味方はラティだけだと言っても過言ではないのだから。

手から伝わる温もりが嬉しくて、私は繋がれた手を軽く握り返した。

振り向いたラティと目が合った。



「…ねぇ、あの言葉は、本気なの?」

「え?」

「それとも、私がシルヴィアではないから、無効かしら」



初めて会ったあの日、彼は言った。

上が無理矢理をするようなら僕が貰うと。

そして私も、この人になら貰われてもいいと思い始めていた。


私が、唯一、この場で信用している人。



「やはりシルヴィア嬢は精霊の愛し子であったか。さすがはオースト公爵家の血筋。シルヴィア嬢、そなたに害をなしたこの者たちは処分をいたす。安心して公爵家に戻り、我が国のためにさらなる貢献を。そうだ、王太子と婚約もいいかもしれんな」

「お断りいたします」

「そうすれば王家にも精霊の加護が…… …って、な、何故だ!?」

「何故もなにも… 12年もほっとかれて、むしろ戻ってくるのだとよく思いましたね? ありえません。大体謝罪の1つも出てこないような人たちとは関わりたくありませんので。公爵家は、とり潰しになってもかまいません」

「歴史あるオースト公爵家を無くすというのか!」

「それならば12年前の時点で必死になってほしかったですね。母様も、もしかしたら死ななくてもよかったかもしれないのに。私、貴族が大嫌いなんで。王族なんて以ての外です」



自分はシルヴィアではないと言っておきながら、支離滅裂なことを言っている気がするが、今さらだからもういいやと言葉を吐き出す。

溜まりに溜まっていた言葉(感情)が溢れ出す。

もう溜め込まなくていいのなら今ここで、全てを吐き出していってしまおう。



「母様の死の原因を調べていたのは分かりました。でも、何故母様が死んでからだったのですか? 裏市については管理が厳しいはずなのに、違法な呪術師がいたのはどうしてでしょう? 王家がきちんと調査、管理していれば此度の騒動は起こらなかったはずです。それに、その3人を断罪するにしても遅すぎませんか? 調べるのに12年もかけたと? 違うでしょう。あなた方は知ろうとしなかったのです。シルヴィア・オーストがもうその家にいないなんて思いもしなかったのです。公爵令嬢なのに、社交の場など、表に一切出てきていないことを疑問に思うべきでしたね。そうしたら何かが違っていたかもしれませんが」



要は、対応が何もかも遅いのだ。

母様が死んだことについては仕方のないことだと半分くらいは割り切っている。相手が上手くやったのだ。

問題はその後。オースト公爵家の血筋を重要に思っているのなら、もっと早くに調査員を派遣すべきだったと思う。

父親(あの人)は入婿。義母と異母妹は元平民。

このまま()()()()()が存在していたって、その価値は何もないのだ。

本当に公爵家を意のままにしたかったのなら、私を追放などせずに、言いくるめるなりなんなりして利用すべきだっただろう。


もう、全てが遅いのだけど。



「私からの要求は、そこの3人の処罰。そしてオースト公爵家のとり潰しです。何を言われても、戻ることなど絶対にありえないので」

「そなたは貴族としての責任というものがないのかっ!」

「そんなものは12年前にすでに消え去りました。今は平民として暮らしていますし、その現状に満足しています。貴族になんの執着もないので戻る理由がありません。公爵家ではないかつ、あなた方の干渉があまりない所であれば考えますが、まぁ、無理でしょう。たとえ百歩譲って私がよくてもみんなが許さないでしょうし」



そう言って私は精霊たちを見渡す。

ずっと、ずっと私の傍にいてくれた。大切な存在。

みんなの意見を反故にしてまで聞こうとも思わないし。



「だとしてもならん! オースト公爵家は潰してはいかんのだ!」

「国王が欲しいと思っているのはオースト公爵家ではなく、オースト家の“血筋の恩恵”でしょう。オースト家のその向こう側にいる精霊たち」

「そうだ。それの何が悪いのだ? 分かった、公爵家はとり潰しでかまわん。我が息子の婚約者として王家に入ってもらおう。この国の為になってもらわねばな」



なんかもう、開き直ったなこの王様。

拒否したのにまだ言ってる。あんたの息子だから嫌だとなんで理解しない?

この国の王子様は3人。第3王子はまだ8歳とかそのくらいだった筈だからないとして。

この王様よりはマシだったと思うけど、でも嫌だ。



「…陛下、失礼ながら発言いたします。彼女がここまで拒み、精霊たちからは怒りの感情を向けられているのに無理強いはよくないかと。そういう話の前に、彼女に謝罪をするべきではありませんか?」

「辺境伯の息子だったか。その娘がシルヴィア嬢であると知っていながら何故報告しなかった」

「確信を持ったのはついさっきですので。それに、彼女の気持ちを尊重したまでです」

「そうか、ならば説得をするのだ。この国に残ることを。そして王家とつながりを持つことを」

「…………」



この国の王はこんな人だっただろうか…?

5歳の時なんて、いうほど接点があったわけでもなければ、顔を合わせたことも言葉を交わしたこともない。

孤児院で暮らしはじめてからの、人々の噂の中での国王の印象しかなかった。

正確な噂が流れてくることのない僻地にいたからだと言われればそれまでだが、ただ単純に興味がなかったのもある。

そう、この人にというより、王族に対して期待の欠片も持っていないのだ。


ショックは受けていないけど、それなりの失望感が沸き上がってきた。

精霊を、そして精霊とのつながりを良い方向に持っていこうと思っていたのなら言ってはいけないことを、この国王様は連発しているのだ。

みんなの顔を見なくても分かる。嫌悪感にまみれた拒否の感情も伝わってくる。


別にこの国は嫌いではない。貴族と王族が嫌いなだけで。

平民の人たちはみんな温かい。優しい。たまにおかしなのもいるけどそれはそれだ。

だから国を出ていこうとまでは思っていない。

私に関わってこないのであれば、それで十分なのだ。

ほっといてくれるのなら謝罪だってしてくれなくていいとさえ思う。



「…どれほど、彼女や精霊たちを見ないつもりですか。拒否されているのにそれを無視して… 使い潰すつもりなんでしょうか」

「なんだと!?」

「リルフィを利用しようとする人たちの元へは行かせられません! リルフィは、俺が貰います」



私を、シルヴィアではなくリルフィとして見てくれている。それが何よりも嬉しかった。

シルヴィアでいたくない私にとって、シルヴィアを欲する国王は近寄りたくもない存在になっていた。

ラティの言葉に周りの貴族たちも騒ぎ出す。

「抜け駆けだ!」とか「卑怯だ!」とか… そんな風に騒ぐ貴族たちは、サーラが一睨みしただけでおとなしくなった。

いや、でも… おとなしくなったというよりあれは…



『黙って聞いてればてめぇら全員頭おかしいんじゃねぇの? 抜け駆けだ? リルフィを助けようとも探そうともしなかった奴らが言えることじゃねぇんだよ。それに、てめぇらからは邪念まみれの氣しか感じねぇ。んな奴らのとこに俺の大切な契約者をやれるわけねぇだろうが!』

『ちょっと、俺のじゃなくて俺たちのって言ってくれない?』

『あらあら… フィーラ、そうだけど今はそうじゃないわ。……でも、そうねぇ…』



ネールがラティの顔を覗きこむようにじっと見ている。

その目はまるでラティを見定めているかのよう。ラティもその視線から逸らすことなく、じっと見返した。

ふっとネールの口元が綻んだ。

私には見えた、ラティとネールのささやかなやりとり。

ネールが私以外の人間にそんなことをするなんてという、珍しさも感じたけれど、それ以上にラティが精霊(ネール)に認められたという事実がすごく嬉しかった。



『王族だけは絶対に嫌よねぇ… 正直、貴族も嫌だけどラーティは……ロトレイ家は好ましいわ』

『ネールがそう言うんだったらアンタらがとれる選択肢は2つだ。リルフィを、平民のままかロトレイ家かだ』

『これでも随分と譲歩してあげてるんだけどねぇ~… あ、その人は僕が貰うよぉ』

『加減しなさいよ、アース。決して楽に死なせたりしないんだから』



みんなが言いたいことを言って、そしてアースが不敵な笑みを浮かべたと思ったら、騎士の人が捕らえていた呪術師の男を奪い、魔法で拘束する。

呪術師の男は拘束から逃れようともがくが、男を縛っているのは精霊が使う特殊な魔法。精霊魔法は解明ができていないので破ることはできない。

少ししてその男は抵抗をしなくなった。…と思ったら気を失っていた。



『ラーティ。…リルフィを頼むわね』

「はい。おまかせください」

『王様も、いいわね?』

「………分かり、ました…」



すっごい苦々しい表情だ。

あれだけ言ってきていたことを考えたら、今のこの表情はざまぁみろと思わないでもない。

みんなのおかげでだいぶスッキリできた。

けれど、なんかモヤモヤする。

なんというか… 後1つ、何かを。



「…ねぇ、ラティ。この国にとって無くなったら一番困るものは何?」

「どうしたの急に。うーん… 騎士団や冒険者といった“武力”と“魔法”かな。騎士団や冒険者の人がいなければ何かあった時に対処できないし、魔法はそれで日々の生活を立てている人もいるから」

「どっちか片方が無くなったらどのくらい困る?」

「生活できなくはないけど、そう長くはもたないって感じかな」



なるほど、それはそれは良い罰になりそうだ。

私の質問の意図が理解できたのか、ネールとアースがにんまりと笑う。ちょっと黒さを含んだ笑み。



「この国の王族と貴族、それらに仕える人たちの魔法の使用を禁じるわ。期限は……そうね。たった今から、オースト公爵家が関係することが片付いた日から3ヶ月間とする。大人だろうが、子供だろうが関係ない。…あ、ロトレイ家と平民の人は別よ」



その場にいた全員、そしてモニターで見ている人たち。

何をバカなことをとでもいうように驚いていた。今、咄嗟に決めたことではあるけれど、必要なことだと思うの。

だって、被害者で生存者の私が許してないんだから。

精霊たちはまだ生温いと思っていそうだけれどね。



「ネール、いいよね?」

『えぇ、貴女が決めるべきことだもの。かまわないわ』



たまに、精霊たちは私に対して甘すぎるのではと思うことがある。

叱ってくれたり、諌めてくれたりもするけれど、圧倒的に甘やかしが多い。

悪い気はしてないけど。



『この国の、指定した者たちの魔法の使用を禁止します。精霊、妖精たちの支援禁止は全ての者を対象とする。…水の精霊、ウンディーネの名において』

『同じく、火の精霊、サラマンダーの名において』

『同じく、風の精霊、シルフの名において!』

『同じくぅ~ 土の精霊、ノームの名において』



それらの言葉の後に瞬く光。

大小の差はあるけれど、その光はそこらじゅうにあった。

姿を持たぬ妖精たちの光。瞬きの光は四大精霊の宣言に従うという証明。

たった今、この瞬間からロトレイ家を除く、この国の貴族たちが魔法を使えなくなった。











~*~



「リルフィ」



あの騒動から1ヶ月後。

ロトレイ家の敷地内である庭にいた私に、ラティが声をかける。

すると私の周囲にいた精霊たちがパッと姿を消した。

最近はいつもこう。私とラティを2人きりにしようとしているみたいで。

ラティの父親で、ロトレイ家の現当主でもある伯爵様も、そういうつもりで私をロトレイ家へと迎え入れ、そういうつもりでことあるごとに私たちを2人きりにしようとしていた。

うん、まぁ… 大きくは間違ってないのだけどね?



「何してたの?」

「ただおしゃべりしてただけだったんだけどね…」

「あぁ、なるほど… じゃあ今度は僕と話さない?」

「いいけど…」

「話っていうか、報告かな」



ラティは私の隣に座り、一呼吸おいてから話し始めた。

まず話してくれたのは王都を含む外の様子。私はここに来てから王都どころか、冒険者としての活動を一切(おこな)っていないので、今どうなっているのか聞くしかなかった。

王族や貴族の魔法の使用を禁止したことで、平民の人たちに被害がいっていないか心配していたのだけど、私が想像していたよりも平民の人たちは逞しかった。

むしろ期間限定ではあるけれど、優越感に浸れるいい機会と思っている人が多いのだそう。


魔法禁止の期間は、ほとんどの国民の周知の事実となっている。

なのでオースト公爵家の問題が終わらないかぎりは指定した3ヶ月間は始まらない。

なんでさっさと終わらせないのだろう。下手すれば半年どころか1年以上にもなるよ。魔法禁止期間。



「………バカなの? 王様」

「王様がバカっていうよりは… 失礼だけど、元オースト公爵家のあの3人がバカというか厄介というか…」

「あー… いいわ、大体分かったから」

「嘘に嘘を重ねて尋問の場が大混乱。その場を見たことあるけど、まぁ酷いものだったよ」

「はぁ……」



呆れすぎて大きすぎる溜め息が出た。

溜め息つくと幸せが逃げるって本当かな? だとしたら今どれくらい逃げてしまったかな。

想像ができてしまうだけになんともいえない気持ちになる。王様に対しても若干だが同情する。

嘘って分かってしまうのに、どうしてつくのかな。


ある意味追い出された現状の方が幸せだったと言える。

孤児院暮らしは、裕福ではないけど生きる力が身に付き、人の温かみが感じられたいい場所だったのではないだろうか。

もうその場所に戻れることはない。それは少し残念に思う。

でも、あの騒動から数日後にラティが精霊たちの前で誓いを立ててくれた。

私の傍にいて、私を守るという誓いを。



「自業自得だし、放っておいていいことだと思う。それよりもさ、リルフィ」

「何?」

「僕は君の傍にいて、生涯をかけて守ると誓う。もう二度と悲しませることのないように、君が泣かなくてもいいように」

「…どうしたの? 急に」

「今度は、()()()()()()に誓いたかったんだ。あの時は精霊様方に対しての誓いだったから」



そう言ってラティが私の頬に触れる。

そして、そっと唇が重なる。


抵抗なんてなかった。むしろ嬉しかった。

母様に抱きしめられていたときのような幸せを感じた。

彼は、全力で愛してくれている。



「僕と、結婚してください」



その言葉(プロポーズ)が私の中にストンと落ちてきた。

好ましいと最初に思った時点で、私はきっとラティのことがそういう意味で好きだったんだと思う。だって断るという選択肢が私の中にはないのだから。



「……こんな私だけど、よろしくお願いします」



そう返すと、ラティはまるで花が開いたように笑った。

私もつられて笑う。私の中で幸せが満ち溢れていた。

これから何が起きるか分からない。でもみんながいることと、この人の隣でならきっと大丈夫。

私は、そう思っていた。





《あとがき》

お読みいただきありがとうございました。

気まぐれかつ、息抜きで書き進めていったものでしたがいつの間にかこんなに長く…

そしてちょっとした補足ですが、ラーティの一人称は普段は『僕』で、感情が昂ったときなどには『俺』になります。


またまた気まぐれで連載化するかもしれませんが、その時はもう少ししっかり構想を練りたいと思います。

活動報告にて、少ししっかりとした説明とあとがきをしたいと思います。



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[良い点] ストレスなく読めていい作品でした [気になる点] 連載になったらどういった展開になるのか気にはなります [一言] 細かい設定など感想で言ってる方がいますが、作者が書きたい作品を受け入れて楽…
[気になる点] 入婿が後妻迎えて直系血族絶えたとかいいながら公爵を名乗れるわけない。 侯爵ならともかく公爵は王位継承権のある王族。 入婿による王族家乗っ取りとかそれだけで即死刑。 入婿が直系血族絶えた…
[一言] 主人公がラーティを選んだ理由がとても薄く感じました。王侯貴族と関わりたくないとあれほど言っていたのに絆されるのが速すぎて??っとなってしまいました。 まぁ短編だし主軸はざまぁで恋愛はおまけっ…
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