葉月。~The First August~
ーあの日 あの空の下 あの笑顔で笑う君に
私は恋をしたんだー
絶対に一目惚れなんてしないと思ってた。
だって一目惚れは相手の事を知らずに恋をするって事でしょ?
なのに私、音川虹葉
は中1になった雨上がりの夏の空の下、
君に恋をしていたんだ。
葉月。~The First August ~
あの日はすごく久々に、真っ黒な雲が空を包んでいた。
今か今かと雨が降りそうな中、
吹奏楽部の活動で同じ学校の野球部の試合を
応援していたんだ。
クラリネット で。
私はクラリネット が大好きだ。
あの、木特有の音と透き通ってずっと心に残る深い音色。この世を幸せで満たしてしまうんじゃないかと思うようなメロディー。
けどね、優しい優しい音色だからこそ、音は小さかった。自分の音が目立たない。大きな音で吹けば、優しさは崩れる。
だから、野球の応援には不向きなんだよ。
そう思いながらも、このアップテンポな曲にのめり込んで一生懸命演奏している自分がいた。
野球の試合は序盤相手チームに点を奪われていた。うちの学校の野球部は強豪チームでコーチが凄く厳しいと、いつかどこかで聞いたような気がする。
そんなコーチがベンチで声を張り上げながら、指示を出したり叫んでりしているのが
ここまで聞こえる。皆んな必死だ。選手は顔をしかめながらも、互いに声を掛け合い、「っしゃーーー!」
と全員でカツを入れたりしていた。
そして私達吹部もアップテンポな「炎と森のカーニバル」を演奏し、精一杯応援していた。みんな必死だ。なのにやっぱり点は取れない。すると突然雨が降ってきた。
なんでこんな時に、と思っているとまさかの背番号10のキャプテンが失点。「あぁーあ」という声がどこからともなく聞こえてくる。
段々と私の心に棘がはえてくる。
あぁ、もう!なんでみんな「あーあ」しか言わないの⁉︎アタオカか⁉︎だったらお前がこのプレッシャーの中あそこ立って打ってみろ!
あのキャプテンだって頑張ってんだよ⁉︎
その時だ。私の後ろでトランペットを吹いていた美歌ちゃん(通称みーちゃん)が私の背中にそっと手を触れてきた。あ、なんか落ち着く。そして耳元でそっと言ったんだ。
「虹葉は今このチームに勝ってほしいなって 思っているんだね。」
??それは当然だよ?みーちゃんは勝ってほしくないの?そう聞き返そうとした。
でも私はとっさに口を噤んだ。彼女の目は、強い雨にうたれるグラウンドを見つめながらも、私に伝えていたんだ。“ここにいる人達はみんな勝ってほしくて、失点したことに腹を立てているんだ”
って。その途端に気がついた。
応援する立場の人がうじうじしてる場合
じゃないじゃない。みーちゃんに笑い返して、私は部員83人全員に言った。
「みんな!あの曲を演奏しようよ!」
みんなはパッと笑顔になって私の意見に賛成してくれた。そしてトランペットのファンファーレから始まる。
みんなの心は一つになる。
勝ってほしい。頑張ってほしい。
そんな思いが炎のように湧き上がってくる。
曲の中盤、クライマックスでクラリネットのソロがくるんだ。
私は大きく息を吸い込み、どうか頑張って
と強く願いながら、私のできる最大限の音と気持ちを雨に負けないように響かせた。
するとキャプテンと目があった…ような気がした。そして曲のエンディングの時背番号10番は叫んだんだ。
「俺らは勝ーーーーーーつっっっっ!」
って、私に負けないくらい響かせながら。
雨にうたれていて、なんだか泣いているように見えた。なーんて私が呑気に考えていた時だ。
チームのみんなは、徐々に調子を取り戻していき、点を重ねていった。そして9回裏。
ついに背番号10番がホームランを決め、それはサヨナラホームランとなった。
チームは胴上げをして盛り上がっている。
私達も、ハイタッチしながら喜びを分かち合っていた。
その後、みーちゃんと話しながら楽器をしまい終えて、トイレに行くことにした。人混みをプールのようにかき分けながら、トイレに着いた時、私は思わずフェンスから身体を乗り出した。いつのまにか雨が止み、7色の虹がキラキラしながら空にかかっているのを見た。
わぁぁ!!
「「綺麗!」」
誰かと声がハモった。
低くて、芯があって、どこか優しさを感じる声だった。驚いて声のした方を振り向くと、そこにいたのは、汗と雨でびちゃびちゃになった背番号10のキャプテンだった。
お互い目がまん丸!
「さっきの!!」
と、彼が言った。
「あれ?私を知ってるの?」
「さっきソロやってたよね?カスタネットだっけ?すごく元気と勇気をもらったんだ。
本当にありがとな!」
うそ、嬉しい…
あの音が聞こえていただなんて!
「うん!伝わっててよかった!でもね、カスタネットじゃなくて、クラリネット だよ」
そして2人で明るい笑い声を響かせた。
「俺、近藤凌空。よろしくな。」
「うん!私は音川虹葉。」
「あ、そーだ。これあげる。お礼な!」
彼は私の頭にキャップをかぶせてくれた。
そこには、「We are forever 」
ー俺らは永遠ーと書いてあった。
そして明るく白い歯を見せて微笑む彼は、虹の真ん中に立っていて。私には近藤君が太陽の下、眩しい輝きを放っているように見えて目を開けていられなかった。きっとこれが私の一目惚れで初恋。
きっとここから私の中学校生活はきらめき始める。そう思った矢先、私は転校が決まったんだ。
これを読んで下さりありがとうございます。
今後連載を続けていくので読んで頂けたら光栄です。
最後に。空を見上げてみて下さい。あなたの空は何色ですか?空は虹色です。あなたの色を見つけてみて。
今聞こえる音はどんな音ですか。その音はあなたの未来を作るかもしれません。
今、この出会いと音とこの世界の色に感謝して、また本の世界でお会いしましょう。