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狭い世界の小さな住人

作者: 南 翔

語り手が何者か想像しながら読んで見てください。

 空は曇り、物悲しげな風景があたりを包み込んでいる。いや、俺もその一部なので客観的に表すのはおかしいのかもしれないが。

 俺は、あるじから離れ同属たちとともに地面を満たしに満たし、くすんだ彩りにしている。主から離れたのは、まあ役に立たなくなったからなのかもしれない。

 ……仲間の尊厳のためにも、表現を変えたほうがいいだろう。どういえばぴたりと当てはまるのか……仕事、そう、一仕事終えた。そういえば格好良く聞こえないだろうか?

 風の噂で、俺達のように仕事をするどころか、生まれてくることすらできないものもいると聞いた。まったく世も末だ。

「なあ、わが兄弟よ」

 誰にともなく声をかけるが、返事は一つも返ってくることはない。仕方がないといえば仕方がない。だが、それもかまわず届かぬ独り言を紡ぎ続ける。

「我らはどうなるのだろうな」

 知っている。これから己がどのような末路をたどり、どのように朽ちていくのか。恐れがないわけではないが、やはり、どんな理由にせよ朽ちるとは寂しいものだなと独り言つ。

 主から離れ、皆と別れなければならないと聞かされたとき、どれだけ慄いたことか。まるで生まれたときのように、そんなのは嫌だと、主に泣き出しそうな声で縋るものたちは大勢いた。もちろん、俺もそうだ。

 だが、今ではどうだろう。

 生まれず育たず育まず、伸びず成さずして現れぬのが幸福か。

 生まれ育ちひかり、光に惹かれ義を成し、そして朽ちてゆくのが悲哀か。

 俺達の場合、たとえ朽ちてゆこうとも後者が幸いであることは明白だ。

 なにせ腐敗にすら後につながる意味を持つのだ、我らは。

 どうだ、この世の者どもよ。

 我らの命短しけれど、残し遺すもの多きけれ。

 洒落たことを口にしてはみるが、やはり堅苦しくていけない。それに、俺達は言葉を持たない。考える頭脳すら、もとより持たぬ身だ。

 もしあったとしても、こう動けんと何を考えていようが無駄というもの。

 ただ、時と風と雲の流れるままに。お前達は、一体どこへ連れて行ってくれるんだ。

 そよ風が吹く。ふわり、と仲間の一人が去っていく。

「行くのか」届かぬ声で訊ねる。

「行くよ」

「行くんだな」聞こえぬ声で見送る。

「行ってくる」

 そんな答えが聞こえたような気がした。あくまで気がしただけであって、決して彼はそう言ったわけではない。けれども。

 なんとなく。

 そんな気がしただけだった。

 あたりは、静かな無音が降り注ぐ。静寂ではない。そんな物悲しくなどない。

 心地いい無音。俺自身に響いてくるような、寂寥感など微塵もない、おとなしい無音。

 だが、その無音を荒らすものが現れた。

 狸である。

 この時期になると、さまざまな動物が姿を見せるようだ。去年の今頃もそうだったと主から聞かされた。主から離れてから、昔のような騒がしさはどこかに置き忘れてしまったようだ。

 狸は地に鼻を擦りつけ、昆虫や茸を嗅ぎ当てては食べ、嗅ぎ当てては食べを繰り返している。わが主の衣替えの時期には食料が無くなるため、今の内に食べて溜めておくらしい。

 しかし、衣替えの時期ももう終わるというのに、まだこのような土地にいて大丈夫なのだろうか。まだ奥地はある。早く仲間に追いつくようにと、全く無駄な祈りをする。狸はおもに群れて活動すると聞いた。本当ではなかったとしても、少なくとも仲間はいるはずだ。なにせ我々も何度も遭遇しているのだから。

 鼻を擦りつけながら、狸はどこかへと去っていった。同時に、空からタンポポの上部の毛だけを取り除き、振りまいたようなものが降りてくる。

 はて、初めて出会う者だ。

「だれだ?」

 どうやら俺達と同様、話せないようだ。名を尋ねたかったのだが、諦めるほかないらしい。

 しかしなんだ、なんとも幻想的な景色じゃないか。

 ひゅーら、ひゅーらと、ゆったりと絶え間なく寄ってくる綿毛のような者たち。面倒なので以後綿毛と呼ぼう。

 それにしても多すぎではないか。このままでは埋め尽くされてしまう。

 ……それでも、いいのかもしれない。

 初めに告げたとおり、我らは役目を終え、最後の務めとしてこうして地に這っているのだ。上部に新たな層ができようと問題ではあるまい。

 なあ、そうだろう? 兄弟。主。

 我らより前に主に仕えていたものたちもこうして朽ちていったと聞く。その気持ちを考えたことは、どうやら一度もなかったらしい。

 今でこそこうだが、しばらく前では光を受けることが務めだった。光を受けるために主に手を借り、光へと近づいて光に当たることが役目であった。

 我らとは別の主や同類達も同じく、全く素晴らしく壮観な眺めだった。

 だがそれも過去。くすみ、艶やかではなくなってしまった。しかし、不思議と悲しくはない。話によれば、これもまた主やいずれ生まれる同類のためになるのだという。

 風に運ばれ別の地に旅立った仲間もいる。

 だが俺は、ここで最期を迎えたかった。もしまた強い風が吹けば情け容赦なくその夢は潰えることになるが、俺達はどこへ行こうといつでも繋がっている。

 悲しみなど、どこにもないのだ。

 素晴らしき世界、素晴らしき友、素晴らしき主。

 それらに出会えたこと全てに感謝し、眠りに就く前の子守唄と洒落込もうではないか。

 おお、そういえばまだ自己紹介がまだだった。寒気の中降り積もる白き胞子たちよ。俺の名は、同類も含めオチバと呼ばれているそうだ。きみたちには名前があるか?


仰々しい言葉遣い1枚の落ち葉の最期の独り言でした。


どの仲間とも言葉は交わせないものの、自然で大役を担う木、その養分の吸収に尽力する葉。それが枯れ、次の季節のための養分となり、また葉が咲きます。

なんとも力強い。


ジャンルはファンタジーで良いんでしょうか…

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― 新着の感想 ―
[一言] 上手です。としか、いいようがない。面白かったか、といわれると面白くはなかったが、欠点をあげろといわれても見つからない。
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