強引な皇女
この任務を受ける前、自分が警護する皇女殿下について色々と調べてみた。城で世話をしていたメイド達に聞いてみたり、皇帝陛下にまで話を聞いたりなど。分かったことなど本当に少なかったが。
容姿は雪を思わせる白髪をストレートに伸ばし、小さい顔に猫を思わせる大きなサファイアのような蒼い目。身長は俺の肩辺りまでしかない小柄さで触れただけで壊れそうと言われていた。皇帝陛下が言うには「虫も怖がる女の子らしい女の子、この世全ての可愛さの具現」とかなんとか言っていたが……。
「アイツら全員専属にして後悔するまでこき使いたいわ。私に、この私にあんな視線を向けてきて。ここが学校じゃなかったら絶対にただじゃ置かなかったわ……。運がよかったわねあの愚物共……!!」
すみません怖いんですけど、大きな目を開いたまま俺が上にいる木をゴスゴス殴ってきてるんですけど。虫も怖がるって虫「を」怖がるんじゃなくて虫「が」怖がるってことなの!?皇帝陛下ちょっと話が違うんじゃないですか!!
「ふぅ……。ただまぁ身分を隠してきてる以上我慢するしかないんだけど、それでも当分あの連中を相手にするのは面倒ね。誰か一人をさっさと選んだ方がいいかしら」
木を殴るのをやめて顎に手をあて考え事を始める皇女様。その言葉に内心の驚愕を落ち着けこれからどう動くべきかを頭の中で考える。
皇女様の性格には驚いたがそもそも彼女は第四とは言え皇女としての教育を受けているのだ。むしろよく隠していると褒めるべきなのだろう。だが今確認できた彼女の性格上動くなら出来るだけ早い方がいいだろう。彼女に対して不埒なことを考えている人間がいるかもしれないと考えていた故に元からできるだけ早く接触するつもりだったがこの調子ではさっさと専属騎士を選んでしまいそうだ。
……仕事とはいえ学園生活を謳歌するはずだったのに余裕がなくなってきたぞ。どうしよう、この件誰にも相談できないし自分で抱えるしかないじゃないか。
「あー、誰か都合のいい奴はいないかしらー。滅茶苦茶こき使うのに…………」
この皇女様専属をこき使う気満々だぞ。そりゃまぁ今まで皇族として世話されてきた以上それは仕方ないかもしれないがもう少しこう躊躇いというものはないのだろうか。陛下達から得た情報との剥離が激しくて頭が痛くなってきそうである。痛い。
痛い、物理的に痛い。しかしその痛みも当然だろう、なぜかさっきから頭に木の実が当たってくるのだから。何が起こってるのか察しながらさっきから耳を傾けていた方に視線を落とす。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
見てる、滅茶苦茶見てる。服が汚れるのも気にせず木の根元に寝転がり視線が木の上を向いたからだろう。木の上の桜に紛れていた俺に視線を向けながら手元に落ちてる木の実を集め投げつけようとしていた皇女殿下がそこにはいた。こちらを見る目が獲物を発見した肉食獣のようで怖い。微塵も瞳を動かさずこちらを睨んできてる。口元が弧を描いて可愛らしいと表現していい表情しているところが余計に恐ろしい。
「降りてきなさい」
「アッハイ」
この有無を言わせない強制力を持った声を出せるところは陛下との血筋を感じるなぁと思いつつ素直に降りる。降りなかったらどうなるかは考えないようにしよう。木の枝から皇女様に当たらないように飛び降りる。飛び降りた後は彼女の下からの目線に耐え切れず姿勢を正しながらすばやく座る。
「お前、今までの私の言葉聞いてたわね?嘘はいいから正直に答えなさい」
「み、見てました」
東方の島国に伝わるという正座を裏庭の草の上でしながら皇女様の質問に答える。やましいことなど何もしてないはずなのに顔を上げて皇女様の表情を見ることも出来ない。容姿はあまり似てないのに陛下との血の繋がりをこんな所で感じるなんて思わなかった。
もしかして陛下の血が一番濃いのはこの人なんじゃないかと思いつつ皇女殿下はどんどん質問を浴びせてくる。
「なんでこんな所にいるのかしら。私は抜け出してきたけど貴方も?でも偶然同じ所に来るなんて考えにくいわよね、そこのところどう思う?」
「どう答えても怪しがるんだろ……」
「逆に言うけど怪しまない理由が一つでもある?」
ないですね、俺が同じ立場だったら同じように疑う。どこで自分が皇女なのかばれるか分からない以上注意を払って当然だ。しかしこれからどうするべきかと今日何度目か分からない問いを自分自身に投げかける。
当たり前だが彼女は俺を怪しむだろう。ここで専属騎士にしてくれと頼み込んでも承諾してくれるとは思えない。そんなこと言ったら悪くて刺客、良くてストーカー扱いだろう。皇女様にそんなことしたとばれたら拘束されて送り返されてしまう。俺は十二騎士だが普段から顔を隠して活動しているため俺がそうだと言っても誰も信じないし下手すれば不敬罪が追加される。最終的には1位のおっさんがなんとかしてくれるだろうがそうなったらもう二度と仮面なんて被れないし2位を始めとした他の円卓連中に笑われることは確定だ。
「というかよく見たら朝話した奴だし。いきなり知り合いに見られるとかついてないわね」
「……一人語と言うんだったら部屋にすべきだったんじゃないっすかね」
「次からはそうするわ」
反省してるのか全く分からないような顔で言われても困るんだけど。朝の優し気な視線はどこに行ったのかと思うほどに強気な光を宿した目でこちらを見下ろしてくる姿はそれだけでこちらが悪かったのではないかと思わせる力強さを感じさせた。
「しかし気を付けてたつもりだけど、私が気配を感じないってやるわねお前。私、気配を隠したメイドとかにも気付けるんだけど。相当影が薄いのかしら。見た目はそこそこ目立ちそうなのに」
「騎士見習いが気配隠すのが上手くてもいいだろ」
「まぁね。むしろ影を薄くする方法を教えてほしいくらいだわ」
「……確かに、あの会場から逃げようと考えるのも分かるくらいには凄かったからな。砂糖に群がる蟻のようだった」
「あんな風に囲んで来て本当に専属になる気はあるのかって、何かの罠じゃないかって思ったわよ私は」
不満を顔に滲ませながら意味が分からないと言い捨てる皇女様。と言っても群がっていた彼等にも仕方ない面もあるだろう。専属騎士と言ってもこの学園に来る前から既にその席を埋めてくる主候補も少なくない。そんな中専属のあてがないと思われる見た目美少女がいたら誰だって狙うだろう。それだけ専属騎士と言うのは憧れの職でもあるのだ。円卓ほどじゃないがな!!
とはいえ彼らに専属騎士の立場を任せるわけにはいかない。彼女が男爵家の娘だったら勝手にすればいいと思うが生憎皇女という立場である彼女の専属騎士となれば社会的地位も高くなる。なにより一番必要である戦闘力という点で不安が残るし、そこをクリアできたとしても信用できるかどうかはまた別の話になる。だからこそ俺が送り込まれてきた訳だし。
「ああいうのが面倒ならさっさと決めたらどうだ。そうすれば面倒事もなくなるだろ」
「ちょうどいい、面倒事を押し付けられるのがいればすぐにでもそうするけど……」
おい、なぜそこではっとした表情で俺を見る。じろじろ見られるのは慣れているが(普段付ける仮面が不審すぎるから)ここまで近いとなると困る。何言えばいいのか分からなくなる。素顔で接する人間なんて両手の指で数えれる程度しかいないため焦りそうになる。相手が何を考えてるか分からない、そこが人間関係を構築する上で一番面倒な点だと思う。戦闘だったら斬ればいいだけだから尚更だ。
「お前、私の専属騎士になりなさい」
「…………なんですと?」
「聞こえなかったのかしら、私の騎士になれと言っているのだけど」
どうしたものかと今後の事を考え憂鬱になりながら打開策を練っていたところ皇女様から信じられない発言があった。大丈夫なのかこの人、怪しい人間に言う言葉じゃない。
正気かどうか疑いながら彼女の顔をまじまじと見ると溜息をつきながら俺の疑問に対して答えを皇女様は口にしだした。
「私はこれでも結構上の立場なのよ。今は身分を隠しながらこの学園に入学したけど、お父様が何の護衛もつけずに私を送り込むはずないわ。どうせ今もどこかで私のことを監視してるはずよ。始めはお前がそうかと思ったけど、こんなに簡単に見つかるわけないしあり得ないわね」
確かに正しい、俺がその護衛であることを除けば。まぁ俺の知らない誰かを保険として裏方に用意してるかもしれないが。おっさんはそういうところの采配も上手いので信用している。そもそも俺は見つかり関わることを前提にしているのだから仕方ない。隠れる訓練なんてほぼしたことないし。
しかしお披露目以外パーティーにも出ないという話だったが随分と頭が回る。世間知らずのお嬢様と言う印象が強かったのだがそれは皇女様に対して失礼だったようだ。彼女は間違いなく皇帝陛下の血を継いだ人間の一人だ。
「だからと言って俺を専属にするのはどうかと思うんだが……。俺が言うのもなんだが相当怪しいだろうそれ」
「怪しいからこそ手元に置くんでしょ。目の届かない所に危険物を置いておくとかそちらの方が心配になるけど近くならまだ対処のしようだってある。違うかしら?」
一理ある。一理ある上に俺の任務のことをを考えてもこれ以上ない展開ではある。ただなぁ、確かにそうすれば楽ではあるし陛下の命令を守ることになるんだが……。
「あー、ナーシアさん。信じてもらえないだろうが俺はただ単にあのパーティーがめんどくさくて抜け出してきたんだよ。木の上に居たのも誰かに見つかると後で何言われるか分からないからだし。そもそも俺はアンタより早くここにいたんだからあまり怪しまれても……」
「確かにそうね。私もただここで会っただけならそれでよかったのだけど」
そこで一旦言葉を区切り自分の口元に指を当て「うーん」と考える様子を見せる皇女様。こういった何気ない仕草からも高貴さを感じるというのは彼女の中の血がうむのか今までの教育から生み出されるのか、恐らくは両方なのだろう。
「お父様たち家族にも知られないようにしてた私の性格ばれちゃったし、礼儀は最低限しっかりしてそうだし、何より抱え込んだ方がいいって私の勘が叫んでるのよねぇ。口は悪そうだけどそこは後々教育していくとして」
経験も少ないはずなのにどうしてこうも……。女の勘は恐ろしいと言っていた同僚であり姉ぶる年上女性代表序列6位の顔が思い浮かぶ。序列としては上の俺だが、恐ろしいのは勘だけじゃないと6位の戦闘を思い出し若干うんざりする。
「で、どうする?望むなら卒業した後もそれなりの待遇で雇うわよ」
「……ちょっと驚きだな、卒業後も保証してくれるなんて。口だけかもしれないのが残念だが」
「木の実ぶつけられて怒ってるのかしら?そこは謝っておくから許しなさいよ。あと反故なんてしないわよ、私の品位が下がるじゃない。私の本名をかけてもいいわ」
「貴族様のお言葉、か」
皇帝陛下の血筋じゃなかったら俺は絶対に信じないだろう。俺にとって後続を始めとした貴族とは幼い頃のトラウマの象徴だ。生まれ故郷で血に濡れながら生きてきたのはその場を治めていた貴族の影響もあるのだから。今でこそ彼らの多くを下に見れる立場についたがそれでも恐れがないとは言えない。
それでも陛下の血を引いているというだけで信じれる気がするのだから俺にとって主君と言う存在がどれほど大きいかが分かる。
「あー、わかった。了承しましたよ姫さん。俺の剣はアンタに預けます。卒業後のことは卒業した後にでも考えてくれればいいっす」
「それは遅すぎる気がするけど……話が早い奴は嫌いじゃないわ。だけどその呼び方は何よ」
「貴族の娘さんなんでしょう。だったら姫さんで。名前で呼ぶなんて畏れ多い事は俺にはできませんよ」
「……それでそっちが仕事しやすいならいいけど。さぁてそれじゃあさっさと戻りましょうか。戻りながら専属騎士にするまでのバックストーリー考えておくわよ」
「あー、そこら辺は任せます。俺にはそういうの考えるだけの脳みその容量はないし、敬語も苦手でしてね」
「頭の悪さは聞いてればわかるわ」
陛下、心優しい娘という評判は嘘だったのですか。このお姫様、思ったより口が悪くて俺の心に傷をつけていくんですけど。敬語、もう少し勉強しようかな……。
※
「私の部屋に来なさい」
「えっ」
諸々の報告や片づけが終わったころ俺は主(仮)に呼び出されました。嫌な予感しかしないんですけど。