二つの出会い
陛下からの命令及びおっさんの策略によって『アルカディア学園』に通うことになった俺だが学校に通うなんてことは初めてで何をすればいいのか全く分からなかった。とりあえず帝国では不吉の象徴として扱われている黒髪を何とかしようと髪の色を変える薬品を序列2位のアシュトンに貰いに行ったが、貰った薬品を髪にかけた効果が出た結果虹色になった。黒じゃなければいいとは言ったがいくら何でも虹色に変えるのはないだろう。一発殴ってしまったがこれは不可抗力だと判断した俺は間違ってないと思う。
色々と持ち出してきたアシュトンを拳で鎮めなんとか無難な茶髪に変えた俺はとうとうこれから騎士学校の校舎の中に入ることになるが色々と不安になって来る。
なんだろう、この戦場に出る時とは違った意味での緊張というか不安というのは。こんなものに騎士になった連中は全員超えて来たのだと思うとそれだけで尊敬してしまいそうだ。人が多すぎて気が休まりそうにないし何なら今からでも他の誰かにこの任務を変わってほしい。
とはいえ既に任務は始まっている以上今更何を言ったところで遅いのだろう。覚悟を決め胸を張りながら校舎に向かおう。
「道に落ちた桜の掃除って大変そうだな……」
「箒でもとれそうにないですものね」
風が吹き雪のように降ってきた桜の花びらを見ながら一人感想を口にすると隣から返事が返ってきた。突然他人の声が聞こえたことに若干動揺しながら声のした方向を見る。
そこには背が俺の肩辺りまでしかない非常に小柄な少女がいた。髪が逆立ちやすい俺からしたら羨ましくなる癖のないストレートな金色の髪をサイドテールにし、エメラルドのような綺麗な色をした猫のような大きな目の美少女だ。
正直言って美醜の判断をよく分かっていない俺でもわかるくらいの美少女だ、まるで精巧な絵画が現実に出てきたようだと思った。そんならしくもないことを考えるくらいには現実逃避していたのだろう。
「どうかしましたか?」
「あ、ああいや、なんでもない。独り言に反応が返ってきて驚いただけだ」
「すみません、つい私と同じ感想を言ってた人がいたのでつい……」
そう言いながら日輪のように明るく笑う少女だがこちらは表情を取り繕うことに必死でばれてないか不安で仕方がなかった。
なぜなら彼女こそが俺が護衛するべき少女であるこの国の第三皇女なのだから。
事前に彼女が髪や目の色、髪型を変えていたということを知らなかったら気付かなかった。それほどまでに今の彼女は普段とは別人だった。普段と言っても遠目から見たことがあるだけで話したこともそもそもないが。もっとも見た目はともかく性格の方は話に聞いてた通りで変わっていないようだが。
もっとも第三皇女である彼女はなぜか社交界にも滅多に出てこない事で有名でその容姿を詳しく知っている人間は本当に数少ないという話だが、念のためということだろうか。本来新雪のような白髪は完璧に隠されている。
「私はナーシア・エルケイドといいます。しがない辺境男爵の末娘です」
「レオン・アルカナハート、騎士になるために来た。帝都に来るのは初めてで何をどうすればいいかも分かっていないから迷惑かけるかもしれんがよろしく頼む」
ナーシア、それが彼女が今名乗っている偽名か。本名アナスタシアだからナーシアというのは安直だと思ったが容姿がここまで違えば名前なんてそこまで凝る必要もないかと内心納得する。
ちなみに俺は本名を名乗っているのは円卓序列4位の俺の名前はほとんど知られていないからである。ぶっちゃけると普段仮面をかぶっているのに本名を名乗るのはどうかと思ったのだ、せっかくの仮面ならどうせならミステリアスな方が受けるだろうと『黒騎士』を名乗ったらそれが通り名になった。俺の素顔を知らない人間はみんな黒騎士と呼ぶし、知っている人間も知らない奴がいる時は黒騎士と呼ぶ。
円卓として仕事をしているときにアシュトンに出会い、「髪を染めればいいのに」と言われた頃にはもう黒騎士で有名になっており今更仮面を脱ぐのはどうかと思い今もずるずると被り続けてる。まぁ兜の一種だと思えばあれもそこまで変ではないだろう。頭全体隠せてるし防具としても優秀だし。
「私は主候補として入学したんですが……レオンさんは騎士になりに来たんですね。もし私にパートナーが見付からなかったらこれも何かの縁、騎士になってください」
「あー、お貴族様のお嬢さんにそんな風に誘われるのは初めてでなんて買えしたらいいか分からないが、もしそうなったらお嬢さんに尽くすとするとしよう。騎士ってのはそういうものらしいからな」
「ふふ、ではその時にお願いすることを今から考えておかないといけませんね!」
「あんまりそんな気軽に誘わないでほしいけどな。男ってのは勘違いしやすい生き物なんだ」
「気軽に見えるならそれこそ勘違いですよ?私だって誰だって誘う訳ではないですから」
やめてほしい、そんな風に上目遣いでこちらを見るのはやめてくれ。素顔をじっくり見られるなんて経験は決して多いわけではないので思わず顔を逸らしてしまう。その反応にくすくす笑う皇女様、なんでこの人はこんなに距離が近いんだと頭を抱えたくなる。護衛する立場からすると周りに人が多ければ多い程守るのが大変になる。そしてこの人は今までの会話からも分かるように皇帝陛下と同じく人たらしだ、自然と人が寄ってくるタイプの人間だ。
「どうかしましたか?さっきから赤くなったり顔をしかめたりしてますけど」
「これからの生活とか唐突に心配になっただけだ。ただ、本当に気を付けた方がいいと思うぞ。今会話した感想だけど距離感近すぎて勘違いする男が続出しそうだ」
「そうですか……。これでも気を付けてるんですが……」
気を付けてこれなのか。これからの任務が大変そうで泣きたくなる。ただでさえ学園生活なんて今までしたことのない環境が待ってる上に護衛対象がこれだ。何があったっておかしくない以上気が休まる時がなさそうだ。
まぁ気が休まらない状況なんてものはそれこそ数え切れないほど経験してきた以上そこはいいとしよう。それに陛下が心配して俺を送り込んだ理由は分かった。信頼にこたえるためにも一切の油断なく傷つけないよう気張るとしよう。
決意を新たにしたところで校舎側から鐘の音が聞こえてきた。もうそろそろ入学式の時間という事か、隣にいる皇女様も少々慌てている。
「あっ、それじゃあ私の教室はこちらなので!また会いましょうね!!」
「そっちも気を付けてな。急いで転んだりするなよ」
「そんなドジしませんよ!」
そう言って笑いながら走っていく彼女は途中で躓きそうになりながらも主君候補の集まる校舎に向かった。だから言わんこっちゃないと考えると同時にふと疑問に思う。
「……あの躓き方、わざとだな」
違和感のある動作を思い出しながら俺も自分が集まる校舎に向かっていった。なんであんな意味のないことをやっていたんだろうと少し不安に思いながら。
※
「諸君はこれから主、騎士候補としてそれぞれ成長しなければならない。覚えておいてほしいことは入学したことはゴールではなくスタートラインだということだ。常に精進し心身ともに鍛え上げていくのでそのつもりでいて欲しい」
騎士候補と主候補、それぞれの新入生が席を埋めた講堂の前方に存在するステージで長く白い口髭を蓄えた老人が生徒全員に語りかけていた。腰が曲がっていてもおかしくない年齢でありながら真っ直ぐ立っているこの老人こそ『アルカディア学園』の学園長である。
ちなみにこの学園では主クラスと騎士クラスで別れている。護衛であるなら俺も護衛対象である皇女殿下と同じ主クラスにいた方がいいと考えたものだが視線を向けると騎士の方で正解だったと理解する。気品があるというか貫禄があるというか生まれながらの貴族は俺とは違った存在なんだと分かる。
俺自身『円卓』として貴族としての立場も貰っているがあまり役に立たないというか完全にお飾りだ。他の連中はパーティーやらに参加して顔合わせしたりする奴もいるんだが俺にはその手の誘いは全くなかった。まぁ顔隠してる性別以外正体不明の奴を呼ぶなんて奇特な奴はそうそういないだろうが。それでもいくつかの貴族が誘う手紙を出してくれていたが、そもそも孤児だった俺がパーティーなんてものに参加しても場違いなだけだろうと思っていたので結局参加することはなかった。そしてその判断は正しかったんだと考える。主クラスの連中きらきらしてて怖いわ。陛下ほどじゃないけど立場って凄いものだと感心する。
ともあれ大切なのはこれからだ。主クラスにいる時の皇女殿下は学園長が何とかするとの話を事前に聞いていたが出来る限り一緒にいた方がいいのもまた事実だ。
「この後歓迎会及び交流会があるがあまり気を緩めすぎないように。主候補は自分の専属騎士を探すことを、騎士候補は主君をそれぞれ見出せるように期待している」
今学園長が言った通り主候補は専属騎士を作ることを推奨している。専属騎士と言うのは主候補を補佐し共にこの学園で過ごすことになる、文字通りの専属だ。主候補生は騎士候補生と比べて数が少なくこの専属騎士と言うのは一種のステータスになっているらしい。また専属騎士になれさえすればその立場は卒業後もその立場が続くことも多く狙っている者が多いと聞く。俺達『円卓』も皇帝陛下の専属騎士と言ってもいいだろう。
『円卓』である俺にとって本来専属騎士の立場を狙う理由はない。だが重要なのはだ、専属騎士は主候補生と生活を共にし授業なども一緒に受けることがほとんどだという点だ。常に一緒にいることが出来さえすれば護衛の難易度が一気に下がる。なので俺は是が非でも皇女様の専属の立場をもぎ取らなければならないのだ。主候補生だけで受けることになる授業などは任せるしかないがそれ以外は俺の管轄になる以上何とかしなければならない。
「――――という訳で儂からの話は以上。会場であるホールに移動するように。羽目の外し過ぎには気を付けるように」
どうすればいいかを考えていたらいつの間にか話が終わってしまっていた。どうしよう、何も考え付かなかったんだが。流石に今日一日で専属騎士が決まるなんてことはないだろうが期日が決められている以上安心している余裕もない。いざとなったら皇女様を口説くしかないだろうか。でも口説くとかどうすればいいのか分からない。そもそも人と会話する経験自体があまりない俺は本当にこの任務に適任なのかと改めて考えてしまう。
以前同年代(相手が知ってるかは知らない)の序列5位にナンパ行こうぜ!と誘われたが一度だけでも行った方がよかっただろうか。ただアイツに「お前モテたいっていう癖に行動がない」とか言われたが、仮面男がナンパしに行っても怖がられるだけだと思ったのは間違いじゃないと思う。
とりあえず口説き文句を考えながら列の流れに逆らわずについていく。考え事していると時間が過ぎるのが早く感じまたもや気付かないうちにホールにつく。ただしこれだけ一生懸命に考えてもいい口説き文句は思い浮かばない。女性を口説ける連中と言うのはどういう思考回路をしているのか非常に気になる。
「女性を口説きたいんだがどういう風に話しかければいいと思う?」
「……いや、それ以前にお前だれ?僕と同じ新入生なのはわかるけどなんでいきなり口説き文句なんて聞いてくるのさ?」
「女の子にモテそうな人のよさそうな顔してたからつい」
「ついで話しかけてくるの?初対面の人間にそれって君、それはどうかと思うぞ」
何故と聞かれ思わず素直に答えてしまったが初手で間違えてしまった感が凄い。目の前の赤髪の少年は呆れながらも「まぁいいや」と軽く流してくれて助かった。こういう人間こそがモテるのだろうかと頭の中にメモしておく。
パーティー会場は広くこの為に用意したのかと驚く量の料理が並べられていた。とはいえそれに口を付けているのはごく一部の人間だけでほとんどの騎士クラスの人間は主候補生に話しかけに行く。ここで印象を残せればそれだけで専属に近づけるのだからそうする奴も多いだろう。だが同じようにしていても印象は残せず他との違いを見せなければいけないのが辛い所だろう。中にはなぜかマジックショーをしている奴もいる。確かに印象には残るだろうがそれは騎士としてではないんじゃないかとも思う。
「僕はマイルズ、マイルズ・スワン」
「レオン・アルカナハートだ。レオンでいい」
「こっちもマイルズでいい。それで口説き文句だったね、誰か狙いがいるのかい?」
急に話しかけてきた俺に対してマイルズは手に持った料理の乗った皿に手を付けながら問いかけて来た。嘘をつく理由もないので騎士候補生に囲まれている皇女殿下の方に顔を向ける。
数秒後の彼女の光景を目に映しながら話をしているので魔力の制御と消費が辛いが耐えられないこともない。急に誰かが襲いかかったりする恐れもある上に距離も近くにいないのでやめるわけにはいかない。今は何とでもなっているが流石にこれを常時やるのはきついものがある以上出来るだけ早くお近づきにならないといけない。
「はあ~、今囲まれてるあの子か。確かに容姿も性格もよさそうだし人気だね。あまり位の高い貴族様相手だと気が休まりそうにないけど彼女だったらその心配もなさそうだし」
「一応入学式前に話す機会があってな。いい人だってのも分かったからぜひお願いしたいと思ったんだが」
「なるほどね、でもそれなら他の人よりアドバンテージはあるかな。初対面だったら引かれる言葉も交流が少しでもあれば受け取り方も違うものだ。初対面の口説き方とそうじゃない女性の口説き方は違うものさ」
「ほうほうなるほどなるほど」
「僕が思うに彼女は外見を褒められて嬉しいタイプじゃない。今も聞こえてくる周りの声に対する反応もあまり芳しくないようだし」
非常に勉強になる、やはり経験がある人間がいると助かるな。これからも何かあったら相談してみるのもいいかもしれない。
確かにマイルズの言う通り皇女様は容姿を褒める言葉に対してそんなに嬉しそうな様子を見せない。まぁ本来とは髪の色も髪型も、瞳の色すら違うのだから今の容姿を褒められてもあんまり嬉しくないという感じなのだろう。俺も今の染めている髪の毛を見て「いい茶髪ですね」とか言われたら微妙な気分になるし。
しかしだとするならどういう風に話しかけるのが正解なのだろうか。
「初対面ってわけじゃないんだ。とにかく話しかけた方がいい。他と違って一対一で話した経験がある以上集まってる連中よりも印象に残るだろうさ」
「ふーむ、そう言うものだろうか」
「そういうものさ。性別に関係なくガツガツ行った方がいい人間とそうじゃない人間がいる。彼女は後者だと思う。なら無理に話を進めるんじゃなくまずは距離感を詰めるべきだ。別に街中でナンパしてその後のことまで進めたいってわけじゃないし」
ナンパのその後というのはよく分からない。レストランで食事でもするということだろうか。だがとりあえず話しかけた方がいいというのは分かった。今の俺は他の連中より彼女にほんの少しだけだが近いというのも予想できた以上動かないわけにはいかない。何事も行動あるべし。
「よし、それじゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい。戻ってきたらどうなったかくらいは教えてくれ。友人の初めてのナンパの感想とか面白そうだ」
「……これはナンパになるのかな」
というかしれっと言ってくれたがいつのまにか友人になってる。マジか、初めての友達がこんなこと出来るなんて驚きだ。『円卓』連中は友人と言うか同僚なので除外、部隊の連中も部下だから除外、そうしていくとこれまたびっくりするほど交友関係が狭い。友人なんて今まで一人もいなかったから新鮮だ。
とは言え初めての友人に気をかけすぎるわけにはいかない。俺は任務でこの学園に来ているのだから気を抜いていい時間は存在しない。再び皇女様を視界に入れ数秒後を目に映すと周りの人混みをかき分けて外に向かう姿が見えた。
多くの人間に囲まれ疲れたのか一人になろうとしているところ悪いがそうはいかない。護衛対象を一人にするとか絶対に許されないだろう。
助言をくれた初めての友人マイルズと離れ人混みの中に姿を隠し、そのまま誰にも見られないように気配を隠しながら皇女様の向かう場所に先回りする。
歓迎会が行われているホールから少し離れた人のいない裏庭ともいえる場所に彼女はどうやら向かっているらしい。幸運なことにその場には大きな木が存在したので木の上から見守らせてもらう。ストーカーと言われてもおかしくない行動をしている自覚はあるが勘弁してほしい。やりたくないことをやるのも仕事の一環なのだから。
「さて、人がいないっていうのは護衛がしやすくていいが……」
こんな所に一体何の用があるのだろうか。未来を見るのは常時使用すると頭が痛くなるのでもう使わない。木の上で痛みの残る頭を軽くマッサージして待っていると見てた通り皇女様は来た。彼女はツカツカと迷いのない様子で木の下まで来ると顔を下に向けて体を震わせ始めた。
もしかしたら皇女様は騎士候補生に囲まれて怖かったのだろうか。だとしたらちょっと強引でも連れだしていた方がよかったかもしれない。彼女は俺と違い箱入り娘で高貴な生まれ、ああも囲まれたのは初めての経験だろう。俺も敵以外であんなに囲まれたことがないのでよく分からないが。
これは後でなんとかフォローしておいた方がいいかもしれない、そう考えていた時皇女様は下に向けた顔を上げ
「あーーーーーーーーーーーーーーもう!!!物凄い面倒なんだけどアイツらの相手!!!アンタらのプロフィールだとか知るか!!専属とかめんどくさい制度作って嫌がらせか!!!というか「自分を選べ」って押し付けてくる感が凄いのよ面倒以外の言葉が思い浮かばないし猫を被るのもめんどくさい!!!お父様やお母様、お兄様達がいないから羽を伸ばせると思ったのに大間違いだったわ!!!」
大声で叫び始めた。
えっ